「10」第33話

【赤】

なんでジンがここにいるんだ!
予想外の人物の登場に思考が停止する。俺が追いかけていた男も訳が分からず立ち尽くしていた。

「ヒスイ君、大丈夫!」

1人目を拘束し終わったマイトが駆けつけてきた。俺を庇うように前に出る。

「あれ?軍の人間?」

ジンの言葉に咄嗟に体が反応した。
捕まえるべき男を庇うように前に立ちナイフを構える。マイトに大声で指示をだした。

「マイトさん!この男を保護して下がってください!」
「ヒスイ君?しかし………」
「早く!」

俺の迫力にマイトが素早く男を自分の後ろまで下がらせる。

「ジン。なぜここにいるんだ?」
「久しぶりに会ったのにまた質問かい?君らしいね。でも僕が来た理由はわかってるんじゃないかい?」

俺を通り越して後ろの男を眺める。やっぱりそうか。

「毒なんて危険な物、作るのも流通させるのもダメだよね。僕、悪いヤツは嫌いなんだ」

笑顔のままで瞳が冷たく光る。なんとかしてコイツを諦めさせないと。逃げた所であの機動力からは逃れられない。

「コイツはうちのターゲットだ。うちとは協力関係にあるんだろ。横取りするのは得策とは言えないんじゃないか」
「え〜?なんだか小狡くなっちゃって。可愛かった君のままでいてほしかったな」

わざとらしく口を窄める。どこまでが本気かわからない。

「でも震える手で必死に後ろの2人を守ろうとするのは相変わらずだね。いいね。悪いヤツは嫌いだけど君のことは好きだから、今回は見逃してあげるよ」

説得できたのか?ジンの言葉に気持ちが緩みそうになる。

「その代わり、僕からのプレゼントを受けとってくれないかな」

ジンが後ろに立っていた。首に触れられたと思ったら、次の瞬間また元の位置に戻っていた。

「ちょうどいい袋があるからこれに入れておくね」

ジンの手にはイッカとウノがくれた袋があった。何か小さな玉を入れられる。大切なお守りを取られたことに混乱し、思わずジンに突っ込んで行ってしまった。

「返せ!」
「おっと。ごめんごめん。大切なものだったかな。きちんと返すから大丈夫だよ」

伸ばした腕を掴まれて後ろにまわされる。片腕を拘束された状態で袋の紐を首にかけられた。
マイトが助けに来ようとするのを視線で止める。

「入れたのはただの通信機だから安心して。位置を特定するものではないよ」

耳元で囁かれる。至極楽しそうな声なのが不快だ。

「もし僕に会いたくなったらこの通信機を使ってね。君にならいつでも会いに行くから」

話すだけ話して満足したのか腕の拘束を解かれる。そのまま「じゃあね」と言って大きく跳躍すると、ジンの姿はあっという間に見えなくなった。


マイトと共にミリッサの所へ戻るとすでにトーカが待っていた。残り2人も無事に捕まえたらしく、任務はこれで成功だ。
トーカは俺の様子に気づいて心配してきた。

「どうした?何かあったのか?」
「………ジンが………」
「犯人を追跡中、謎の人物が現れ犯人に危害を加えようとしましたが、ヒスイ殿の働きで無事犯人を逮捕するに至りました!」

戸惑い言葉に悩む俺を見かねて、マイトがわざと大声で報告をした。

「そうか。ヒスイ君、協力感謝する。詳しい話はマイトから聞いて大佐に報告するとしよう。ひとまず体を休められるところに移動しようか」

ミリッサが俺を気遣って移動しようとしてくれたが、俺には気がかりがひとつあった。

「あの……これ、位置を追跡したりはできないって言ってたけど………」

首に下げた袋からジンに渡された玉をだす。小さな赤い玉を見て、トーカが顔を顰めた。


万が一ジンに位置情報を握られていたら危険だと、ラボから赤い玉を調べられる人を呼び寄せることになった。
マイトは報告や事後処理があるのでミリッサと共に一足先に帰ると言うことだ。

「ありがとうございました」
「お礼を言うのはこちらのほうだよ。最後は君に助けられた」

爽やかな笑顔だ。真っ直ぐに俺を見て話してくれる。

「詳しいことはわからないが、君にはしなければならないことがあるんだね。君のことだ。きっと誰かのために大切なことなんだろう。大丈夫。君ならきっとできるよ」

俺を心から信じてくれている目だ。全ては話せなくても、その言葉が嬉しい。

「でも!君はやっぱりまだ子供なんだ。全てを1人で抱え込まずに、周りの大人にも頼ってくれよ」

やっぱりマイトは真面目な人だ。俺は「はい」と返事をしながら笑いが堪えられなかった。


「俺をここまで出張させるとは随分偉くなったもんだな」

赤い玉について調べるために来たのはノーマだった。無理矢理呼び寄せたせいか物凄く機嫌が悪い。そして、心なしか顔色も悪い。

「待たせたな、ヒスイ。これでも思いっきり飛ばしてきたんだが」

ノーマの後ろからアルアが顔を出す。こちらは晴れ晴れとした顔だ。
ん?ちょっと待て。ラボから来たにしては随分早かったよな。
改めてノーマを見る。やはり顔色が悪い。全てを察して非常に申し訳ない気持ちになった。


「特に発信機になっていたり盗聴できるわけでもないみたいだな。本当にただの通信機だ」

ノーマが回復するのを待って赤い玉を調べてもらった。

「逆にこれを使ってジンの居場所を探れたりはできないのか」

トーカが険しい顔で聞く。ノーマが来るまでに何があったのかを説明したのだが、それからずっと機嫌が悪い。

「無理ですね。流石に向こうもそんなヘマはしないでしょう」
「そうか」

本当にただの通信機なら、ジンはなぜこれを俺に渡したんだろう。

「そう言うことなら、もうこの玉に用は無いな。壊すなりラボで解体するなりしよう」
「えっ?」
「どうした?」
「いや………」

壊す。それでいいのかな。ジンは理由があって俺に渡した気がするんだ。それを無視してはいけない気がする。

「ジンとの交渉は幹部が担当してる。わざわざお前が連絡をとる必要はないだろう」
「それはそうだけど………」

うまく言葉にできない。言い淀む俺にトーカがイライラして言葉を続ける。

「あいつは危険なヤツだ。お前もわかってるだろう。たとえ少しでも関わりは持たない方がいい」
「わかってるよ」

わかってるけど………

「相変わらず余計なものばかり背負い込んでるな」

険悪な空気になりかけた俺たちの間に、ズイッとノーマが入り込んできた。

「どうせお前のことだから、そのジンとか言うヤツのことを気にしてるんだろう。どこまでお人好しなんだ」
「う、ごめん………」
「改善する気もないのに謝るな。トーカさん、この馬鹿には何を言っても無駄です。コイツの頑固さはあなたが一番わかってるでしょう。いい加減慣れたらどうですか?」
「え?ああ。すまん」
「俺は喧嘩の仲裁に来たんじゃないんですよ。用が済んだなら帰ります。何にせよその玉は害になるようなものではないので、あとは好きにしてください」

スタスタと去って行くノーマの後ろをアルアが笑いながらついて行く。お礼を言い忘れてたので「ありがとう」と大声で伝えると、片手をあげてノーマは去っていった。

「………なにか気になることがあるのか?」

ノーマに圧倒されて黙っていたトーカがポツリと話しだす。

「わからない………でもジンがこれを渡したことには意味がある気がするんだ」
「………はぁー」

トーカが大きくため息をついてガシガシ頭をかく。仕方ないといった感じだ。

「わかったよ。お前に心配かけられるのはいつものことだ。それはお前が持ってていい」
「いいのか!ありがとう!」
「ただし、何かあれば必ず報告すること。絶対に勝手にジンに会ったりするなよ」
「わかった。必ず報告する」

俺の目が輝いてるのを見て、トーカはやれやれという顔をする。

「ひとまずは大佐のテストの結果だな。早ければ明日にでも連絡が来るだろう。隠れ家に帰って待とうか」

ほら行くぞと歩くトーカについて行く。後ろよりも横に並びたくて小走りで追いつくと、「どうした?」と不思議な顔をされた。

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