「10」第30話

【理由】

火曜日。朝からイスは落ち着かない様子だ。おそらく今日、取引があるのだろう。俺とクキは屋敷から離れることができないので、ここから先はトーカ達の仕事だ。
使用人としての仕事をこなして過ごす。ただ、心は上の空だ。

「ボーッとしてるね。トーカ達が気になる?」

俺の様子が変なことに気づいてクキがこっそりと聞きにきた。

「あ、ううん。そっちは全然心配してない」
「そっちは?」

言えない。コトラのことが気になるだなんて。彼を利用して彼の父親を嵌めた人間が今更心配してるだなんておこがましくて。
昨日のコトラとの会話は念の為クキには話してある。これ以上コトラに深入りするなと釘を刺された。
俺のそんな状況をわかっているかのように、今日はコトラからの呼び出しがなかった。


夜、部屋に戻るとトーカからの連絡が入った。

「取引の阻止に成功してイスと黒山羊のメンバーを捕まえたってさ。販売ルートの追跡は軍に引き継いだから、依頼人と一緒にこっちに向かってるって」
「そう。良かった」

ホッと息を吐く。心配はしてなかったけど、無事終わったと聞くとやっぱり安心する。
クキも晴れやかな顔をしてる。

「何で依頼人がこっちに向かってるんだ?」
「依頼人も貴族だからね。今後のトリ家について話をしにくるんだろう」

今後の話………。
コトラはどうなるんだろう?
彼自身は何もしてないとはいえ、家の主が罪を犯したんだ。彼にも何か処分がくだるのだろうか。


「ヒスイさん。クキさん。私はテトラ家が主、フォーラです。この度は私の依頼解決に尽力してくださりありがとうございました」

トーカの命で部屋に待機してると、やってきたのは俺と同い年くらいの少女だった。貴族の家の主?この子が?

「今、こんな子供が?と思いましたね」
「え?いや、その」

思ってることがバレてる⁉︎

「私が名乗るとみなさん同じ顔をされるので慣れました。2年前に両親が亡くなり家督を継ぎましたが、問題は起こっておりませんのでご心配なく」
「あ、え〜っと、ご両親のことはご愁傷様です。すみません、辛いことを話させて」

申し訳ないと思って謝ると驚いた顔をされた。何か変なこと言ったかな?

「ありがとうございます。噂通りの優しいお方ですね」

フワッとした笑いを見せられる。
噂って何のことだろう?

「さて、ここに来たのはトリ家の今後を話すためです。コトラさんを待たせているので一緒に来ていただけますか。ヒスイさんとクキさんにも話し合いに同席してもらいます」
「俺たちも?なぜですか?」
「お屋敷での生活を見てきたお二人がいてくだされば、コトラさんも下手な隠し立てはしないかと思いますので」

利用して父親を捕まえた上に、内通者であることをバラして揺さぶりをかける。潜入捜査としては正しいのかもしれない。しれないけど。これ以上コトラを傷つけることはできない。したくない。

「すみません。俺は行けません」

クキ、トーカ、グライさん、ナズ、ごめん。
せっかくのチャンスを潰すことになるかもしれない。


「行けない?どうしてですか?」

フォーラが真顔で聞いてくる。圧が凄い。さすがこの歳で一家の主人をしているだけのことはある。

「すみません。中途半端なことをしているのはわかっています。でも俺が内通者だってバラして、これ以上コトラ様を傷つけたくないんです」
「父親を捕まえるために潜入して彼の優しさを利用までしたのに、随分と都合のいいことを言うんですね」
「たしかに。コトラ様には言い訳できないくらいのことをしたのはわかっています。でも、あの優しい人を更に傷つけるようなことはしたくないんです」
「………ここでおりるようなら、貴方への協力の件は無しになります。それでも行きませんか」

冷たい目だ。ここで断れば本当に協力の件は無くなるだろう。そうなれば助けてくれたみんなの努力を無駄にすることになる。でも、どうしても………

「はい。覚悟の上です。ただこれは俺の独断なので、他のみんなには関係ありません。責任を負えと言うなら俺だけにしてください」

必死にフォーラを見つめる。氷のような瞳は全く揺れない。冷や汗が背中をつたったその時に………

「だそうですよ。コトラさん」

フォーラが振り返って扉に話しかける。開かれた扉の向こうには、なぜかコトラがいた。


「コトラ様!」

驚いて大声をあげてしまう。なぜここにいるんだ⁉︎

「そんな所に立ってないで、中にお入りなさいな。せっかく熱烈な告白をしていただいたんだから」

先ほどまでの冷たい雰囲気はどこへやら、フォーラは楽しそうにコトラの背中を押して部屋の中に連れてきた。

「ジェイド、すまない。お前が内通者であることは気づいていたんだ。コートを見たがるお前の様子が変だったから、調べたら発信機を見つけてね。父さんが犯罪に関わっているかもとずっと疑っていたので、盗聴されてることを利用してトーカさんと連絡をとったんだよ。だから今回の件は私も協力していたんだ」
「コトラさんが手伝ってくれたから仕事がスムーズだったよ」

トーカがニヤニヤしながら話しかけてくる。あれだ。あれは俺を騙して楽しんだ時の顔だ。あ〜、殴りたい。

「じゃあ何で俺に言ってくれなかったんだよ!」
「それは私がお願いしました。協力者となるために貴方の人となりが知りたかったので。結果は満点ですよ。話に聞いていた通りの誠実で優しい方でした」

フォーラが楽しそうに笑っている。この人、結構性格悪いかも。

「ジェイド、騙してすまなかった」
「いえ、コトラ様は何も悪くないです。俺こそあなたを利用して合わせる顔もないのに……」
「それはもういい。潜入捜査だったとしてもお前の素直さが私には嬉しかった。年下の友達ができたようで楽しかったよ」
「ありがとうございます。あの……コトラ様はこれからどうなさるんですか?」

不安な顔で聞くと優しく頭を撫でられた。
年下の友達というより弟のような扱いだ。

「心配しなくていい。トリ家は無くなるが市民として普通に生活していけることになった。フォーラ様が使用人の新しい仕事先も探してくれることになったから一安心だ」

こんな時でも使用人のことを心配するなんて。やっぱり優しい方だと笑顔になると、コトラからも笑顔で返された。

「あの、コトラ様」
「コトラでいいよ。もう貴族でも何でもないからね」
「じゃあ、私……俺のこともヒスイと呼んでください。俺の本当の名前です」
「ヒスイか。綺麗な名前だね」
「ありがとうございます。……あの、コトラ。またボードゲームをしましょう。必ず会いに行きますから」
「………ありがとう。待っているよ」

今までで一番の笑顔を見せてコトラは頷いてくれた。あの寂しい瞳はもうどこにもなかった。


コトラは使用人達に話をするからとひと足先に部屋を出て行った。
残った俺たちは改めてフォーラに地上に行くための協力をお願いしていた。

「ヒスイさんのことは今回の件でよくわかりました。貴方のためなら喜んで協力しましょう。私の力が必要になればいつでも連絡くださいな」

最後にウインクされる。意外とノリのいい人だ。
無事に協力を得られて両隣のトーカとクキと拳を合わす。どうなることかと思ったが、成功して良かった。

「しかし流石はグライ様ですわ。完璧な人選でした。お礼を言いに行かなければ」

急にフォーラが頬に手を置きうっとりしだした。なんだ?

「グライさんとは昔からの知り合いなんですか?」
「両親が亡くなった時に助けていただいたんです。その時からずっとテトラ家に入ってくださいとプロポーズし続けてるんですけど、なかなか良い返事をいただけなくて。でもその硬派なところも素敵なんですけど」

完全に自分の世界に入ってしまったフォーラを指さして怪訝な顔をすると、苦笑いしているトーカに「いや、ふざけてるんじゃないよ」と言われた。

「グライさんはモテるからね」
「いいね〜。こんな熱烈なアプローチ、一度でいいから受けてみたいね〜」

のんびり会話する2人に挟まれて、俺はフォーラが落ち着くのをひたすら待った。


全てが終わり、俺達はトーカの運転で隠れ家へ戻ろうとしていた。

「しかしヒスイには今後は潜入捜査は任せられんな。ターゲットの家族に深入りし過ぎだ」

トーカから厳しい意見を言われて落ち込む。

「でもヒスイくんの素直さがあったからコトラの協力も得られたんでしょ。結果オーライだよ」
「結果論だろ。相手によっては発信機がバレた時点で計画が終わってたぞ」

トーカとクキが言い争ってるのを聞いて、だんだん肩身が狭くなっていく。

「ごめん。2人とも。あやうくフォーラの協力も無しになるところだったし。そのためにたくさん動いてくれたのに………」

しょんぼりしていると隣に座るクキによしよしと頭を撫でられる。

「それについては一番いい結果になったと思ってるよ。協力者にはヒスイくんの優しさや誠実さを気に入ってもらうのが一番だからね」
「でも……」
「何かを成し遂げたというのも大事だが、土壇場で何を大事にする人かとわかってもらうのが一番いい。そういう協力者は何があっても裏切らない」

トーカが真面目な顔で話してくれた。
今の俺にはまだよくわからないけれど、その言葉を信じて次も頑張れそうな気がした。

「さあ、お腹空いたし早く帰ろう!いとしの我が家へ!」
「隠れ家はお前の家じゃないだろう」

クキの明るい笑い声に包まれて、気づくと俺は車の揺れの中で眠りに落ちていた。

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