「10」第40話

【終着点】

「狭い………」

ジンとの話し合いからニヶ月。怪我もすっかり回復した俺は、いよいよ地上を目指していた。………トーカと一緒に箱に詰められて。

「なんで荷物扱いで地上に向かうんだよ」
「仕方ないだろ。テラスタワーには所狭しと監視カメラが仕掛けられてるんだから。生身でなんて行けません」

だからって箱に詰めなくても。

「それにこれはラボが作った一級品だよ。あらゆる機器を欺き中に人がいることを悟らせない。外からは貴族がバカンスを過ごすための旅行荷物だと思われてるだろうね」
「ラボが全力だしたらどんな犯罪でも可能なんじゃないか」
「それは言わないの」

トーカがしぃーっと指を手に当てる。狭い中で不必要に動かれちょっとイラッとした。


トーカの言った通り、俺たちは貴族の荷物として地上を目指している。ラボが用意したくれた箱をフォーラが地上行きの荷物として申請し、軍や教会の警備はロウやベリアが手を回してくれた。万全の体制だ。俺たちは箱の中で大人しく運ばれるのを待てばいい。

「うわっ」

急に変な浮遊感を感じて声が出てしまう。箱には防音設備も施されているが、つい手を口に置いてしまった。

「ああ。上に上がるエレベーターに乗ったね。もうすぐ地上だよ」

トーカは慣れた様子だ。

「トーカは地上に行ったことがあるのか?」
「教会の時に何度かね」

どうりで落ち着いてるはずだ。俺はどんな世界が待ってるのかドキドキしてるのに。

「心配しなくてもそんな恐ろしい所じゃないよ。地下とそう変わらない」

トーカはそう言うけれど、どんどん近づく地上に不安が膨らんでいった。


「お疲れ様でした。もう出て大丈夫ですよ」

フォーラの声がする。箱が開けられて眩しさに目を閉じてしまう。いよいよ地上に着いたのだ。

「………わぁっ」

見上げた空に感嘆の声がもれる。地下とは違う。深い深い青だ。

「以前来た時は感じなかったけど、地上の空はこんなに美しくかったんだねぇ」

トーカも空に見入っている。2人していつまでも箱から出ないので、フォーラに早く出ろと急かされた。


フォーラとはそこで別れサカドの家を目指す。歩いて3時間ほどだと、トーカが地図を片手に教えてくれた。

「あそこだな」

小さな村にその家はあった。
ここにサカドがいる。金貨の袋を持つ手に力が入る。緊張する俺にトーカが優しく「行くぞ」と声をかけてくれる。
決心して扉を叩くと、若い男性の声が聞こえた。


「どちらさまですか?」

出てきたのは20歳くらいの青年だった。優しそうな雰囲気に、どこか疲労が滲んでいる。

「あの、俺、ナズに頼まれて……」

しどろもどろになりながら説明しようとすると、ナズの名前に反応してサカドが俺の肩を掴んできた。

「ナズ!あいつは生きてるのか!どこにいるんだ!」
「あの……」
「ひとまず落ち着いてください」

取り乱しているサカドをトーカが落ち着かせる。肩を掴んでいた手を離し、すまないと謝られた。

「とりあえず中へどうぞ。お茶でも淹れます」


テーブルまで案内されてトーカと並んで座る。家の中は綺麗に整頓されていて、人の住んでいる気配の希薄な空間だった。一人暮らしなのだろうか?その割には家具が多い気がするが、使われていない物も多かった。

「それで、ナズのことで何か用があってきたんですか?」

お茶を持ってきたサカドが向かいに座る。先ほどは生きてるのかと捲し立てたのに、急に聞くのが怖くなったように消極的な態度に変わっている。

「その前に、あなたはヤドという言葉をご存知ですか?」

驚いてトーカを見る。探るというよりはどう話せば良いかを考えているように見えた。

「ヤド………ナズが言っていた世界のために命を落とす者のことか?本当にそんなことがあるのか?」

この人は知っている。だからさっきナズの名前を出した時にあれだけ取り乱したのだ。

「残念ですが本当です。ナズは半年前にヤドとしての役目のために命を捧げました。彼はその直前にナズに会い、あなたへ渡してほしいとある物を預かったのです」

サカドはヤドの話が本当だと知ると落胆した表情を見せたが、預かった物があると聞いて俺に顔を向けた。

「この金貨を渡して欲しいと頼まれたんです」

袋を手渡す。サカドは中を見て不思議そうな顔をした。

「なんでこんな物を………」
「もしかしたら俺を助けるためかもしれないです」

俺の言葉に更にサカドは困惑する。

「俺、人買いに追われてる時にナズがいる車に逃げ込んで助けてもらったんです。でもそれでヤドと関わりを持ってしまった。俺に危険が迫った時のために、俺がヤドに守られてるという形を作ろうとしたのかもしれないです」

ヤドの重要性を知らないサカドには理解しにくい話かもしれない。少し考えて金貨を机に置いた。

「なら、これを俺に渡せば君が危険になるんじゃないか?」
「それは大丈夫です。ナズのおかげで俺にはたくさんの味方ができた。それにナズが最期に託してくれた願いは叶えてあげたい」

サカドは「願いか……」と呟くとまた黙ってしまった。しばらくすると決意したように俺たちを見て話し始めた。

「俺がナズに出会ったのは、ナズが姉の恩人に会いに行く旅の途中だった」

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