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「10 -第ニ部-」 4話

【導く人と閉ざす人】

「私は父上と母上の所で暮らすことになった」

10年前の思い出。
父親に呼び出されたと屋敷を留守にしていたルリは、帰ってくるなりこう言った。

「ご両親と一緒に暮らせることになったんですか!ルリ様、良かったですね」

笑顔で喜ぶソラに、ルリは呆れ顔だ。

「この屋敷は売り払う。もともと私と姉上が子供の間だけ暮らす予定だったからな。お前達には十分な額の退職金を渡すから心配しなくていい」
「え⁉︎連れてってはくれないんですか!」
「………やっぱりわかってなかったか」

ルリがため息をつく。

「向こうの屋敷にはすでに十分な数の使用人がいる。お前達はこっちの屋敷にいる間だけの契約だったんだ」
「そんなぁ。ルリ様と離れるなんてイヤです」

泣きそうなソラにルリは少しだけつられそうになる。顔を振って気持ちを切り替えると、ルリはソラの頬を両手で挟んだ。両頬を押されたソラは変な顔になる。

「私は両親の元で貴族としての心構えをしっかりと学んでくる。勉強も頑張って、必ず世界をより良くできる人間になる。だからお前も自分にできることをしっかり頑張るんだ」
「俺にできることってなんですかぁ?」

情けない顔のソラ。ルリは答えに詰まる。

「う……それは………。そう、諦めないことだ!お前は何をするにもどんくさいし、理解するのも遅い。でも絶対諦めない。必ず最後までやりきる。それは凄いことだ」
「あきらめないこと?」
「そうだ」
「わかりました。何でも諦めずに頑張ります」

両手をギュッと握って答えるソラに、「うん。がんばれよ」と頬から手を離してルリが笑った。


「………懐かしい夢を見たな〜」

軍の寮の一室でソラは目を覚ます。中央滞在中に与えられている部屋だ。

『あのあとアサギに話をしに行ったら、アイツも教会の養成所行きが決まったって話をされたな』

なんで昔の夢を見たかはわかっていた。昨日見た写真。隊員達の会話。ルリが何か事件に巻き込まれているとしか考えられなかった。

『なんとか情報を手に入れられないかなぁ』

仕事に行く準備をしながらソラは考える。

『たまたまお茶を持って行ったから部屋に入れたけど、そんなラッキーは2度はないだろうな。雑用担当の自分が調査に加われるとは思えないし』

どう考えてもルリへ辿り着く道筋が見えてこない。うんうん唸りながらソラは部屋の扉を開けた。


「おはようございます」
「おはよう、ソラくん」
「どうしたんだい。元気が無いじゃないか」

事務室を開けると当たり前のようにシキがいてお茶を飲んでいた。

「いや、ちょっと考え事をしてまして」

言いかけてハッとする。

『そういえば、シキさんは諜報部員だ。この人に聞けばルリ様の情報を手に入れる方法がわかるんじゃないか』

気持ちがこもって熱い視線でシキを見つめる。シキは「なんだい。急に見つめてきて」と後ろにたじろいだ。

「あの……相談したいことがありまして……」

言葉を続けようとして止まってしまう。よく考えれば軍が調査してる重要人物(であるっぽい)ルリと関わりがあると思われれば、自分も調査対象になるのではないだろうか。思案した結果、ソラは重要なところは隠して話をすることにした。

「実は人探しをしてて。幼い頃に別れた友人が、中央にいるかもしれないんです。せっかくなら会いたいなと思うんですけど、探そうにも手がかりがなくて」

我ながら上手く言えたと、ソラは心の中で手を叩きながらシキの返事を待った。

「ああ、それでどうしたらいいか私に聞こうってわけだね。いいよ。相談にのってやろう。今夜8時に迎えに来るから、それまでに仕事を終わらせておきな」

シキはトルクにも「8時だからね」と念を押して部屋を出て行った。

「すみません。私的な事を持ち込んでしまって」
「いいよ。せっかく中央に来たんだ。やりたい事があるならやらないと」

トルクは相変わらずの眠そうな顔で微笑んだ。


その晩、シキは8時ピッタリに事務室にやってきた。トルクの気遣いもありきちんと仕事を終わらせていたソラに、「私服に着替えてこの店に来な」とメモを渡してシキはさっさと事務室を出て行ってしまった。

「お疲れさま。楽しんでおいで〜」
「ありがとうございます。お先に失礼します」

まだ残る気満々のトルクに見送られて、ソラも事務室を後にした。


「ああ、こっちこっち」

指定された店はいわゆる居酒屋だった。ガヤガヤと騒がしい店内に入ると、シキが席から手を振っていた。

「お待たせしました」
「先に適当に頼んでおいたよ。酒は飲めないんだろう。食べれないものはあるかい?」
「いえ、何でも食べます」

酒が飲めないことをシキに言ったかなとソラは思ったが、すぐに料理が運ばれてきたので疑問は飛んでいってしまった。

「どうせ寮と本部の往復しかしてないんだろ。せっかく中央に来たんだからうまい飯くらい食わないと」

「お疲れさま」と乾杯する。地元では見たことのない料理ばかりでどれもおいしく、ソラは話すのも忘れて食べ続けてしまった。

「いい食べっぷりだね。連れてきたかいがあるよ」

カラカラとシキが笑う。

「ありがとうございます。ご飯といってもお店もわからなくて、適当なものばかり食べていたので」
「トルクは仕事魔だから一緒に食べに行こうなんてならないしね」

シキは「どうせ今日も泊まり込んでるよ」と笑うが、ソラはさすがに心配になった。

「さて、腹ごしらえも済んだことだし本題に入ろうか」

ある程度食事が済んだところでシキが切り出した。

「あ………えっと………」

食事のおいしさに浮かれていたが、こんなところでしていい話なのかソラは戸惑う。

「大丈夫。居酒屋での会話なんて周りの誰も聞いてない。みんな自分達の会話に夢中さ」

たしかに周りはワイワイと騒いでて他の人のことなんて気にしていない。

「え〜と。事務室で話した通り、探したい人がいるんです。でもどう探したらいいかわからなくて」
「名前は?何か手掛かりになるようなことは覚えてないのかい?」

『名前……出していいものなのだろうか』

会議室での会話が思い出される。何も知らないふりをして名前を言ってみるのがいいのか。名前くらいは出さねば話が進まない。

「………訳ありかい」
「う……」

全て顔に出てしまっていたのだろう。シキはソラの煮え切らない態度に何かあると察した。

「アンタは素直すぎるよ。よく軍人になろうと思ったね。まあ何か悪さできるタマでもなさそうだし、とりあえず全部話してごらん」

やれやれといった感じのシキに、ソラも隠しても仕方ないと覚悟して全てを話した。

「貴族の坊ちゃんねぇ。まあ権力にあぐらかいてやりたい放題のヤツもいるけど」
「ルリ様はそんな人じゃないです。いつも、世界をより良くしたい。才能のある人が才能を活かせるようにしたいと言っていたんです」
「理想をこじらせて正義を履き違えるヤツもいるけど。まあ、とりあえずはその会議の内容を聞いてみようか」

シキに店を出るように言われる。いつの間に会計を済ませていたのか、ついていくと店員に「ありがとうございました〜」と笑顔で見送られて外に出た。


「あの、会議の内容って、どうやって聞くんですか」

店を出て、路地裏へはいっていく。シキの歩く速度は速くて小走りにならないとついていけない。つんのめりそうになりながらソラは必死で話しかけた。

「居酒屋での会話なんて誰も聞いてない。逆に言えばあんな自分本位な場で周りを伺ってるヤツは、はなから聞き耳をたてるのが目的なのさ」

シキが急に立ち止まり振り返る。ぶつかりそうになりながら、ソラも振り返った。

「そうだろう。マイト軍曹」

物陰から人が出てきた。ソラは「あっ」と驚く。会議の時にお茶を受け取ってくれた人物だ。

「いや〜。やっぱり気づかれてましたか。さすがシキさん」
「ふん。わざとだろう。用があるのはこの小僧かい」

シキが不機嫌な顔でソラを指差す。マイトは笑顔で言葉を続けた。

「はい。会議の時に何かに気づいたようだったので少し気にかけてたんですが、まさかノゼ・ルリの幼馴染とは」
「ルリ様!あの、ルリ様に何かあったんですか!」

自分をつけていた男を警戒するでもなく縋るように聞くソラに、マイトは作り笑顔を崩してしまった。本来の優しい笑顔でソラに語りかける。

「よほど大切な友人なんだね。大丈夫。彼は安全な所にいるよ。少し我々に協力してもらってるだけだ」
「協力?」
「我々……ね。ベリアの飼い犬のお前が動いてるんだ。どうせ、あちらの関係の事なんだろう」
「はい。ですので、これ以上はたとえシキさんでも関わらないことをお勧めします。まあ、言われなくてもそうするでしょうけど」

優しい笑顔がまた作り笑顔に隠され、トゲのある言い方でマイトが釘を刺す。シキはそれ以上は何も言う気がないのか黙ってしまった。

「あの、協力って。ルリ様はどこにいるんですか?俺で力になれるなら手伝いたいし、何より会いたいんです」
「それはどうかなぁ。一応ルリ君に聞いてみるけど、たぶん誰かを巻き込む事は望まないんじゃないかなぁ」
「そんな………」

やっと見えたルリへの道がまた途絶えてしまう。この人を逃したらダメだとなんとか情報を聞き出そうとするが、マイトは「ではこれで」とあっさり立ち去ってしまった。

残されたのは呆然と立ち尽くすソラと、不機嫌に何かを考え込むシキだった。

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