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わたしの好きなものもの・6

第6エピソード
「編み物」

わたしは編み物が好きだ。

編み物が好きだけれど、別段得意というわけではない。かぎ針編みしかできないし、編み図は読めるけれど「パプコーン……てなんだっけ」といちいち調べなければ編み進めることもできないし、この編み方とこの編み方を組み合わせるとこういう模様になるとかそういう原理もわかっていない。そして、あくまでも目的は「編む」ことであり、「作る」ことではないため、要するに、最終的に何かが完成するわけでもない。ただ、冬になると体の内側から猛烈に沸き起こる「編みたい熱」を放出させるためだけに、わたしはせっせと指を動かし、毛糸を手繰り、使い道のないモチーフや、中途半端な大きさの袋状のものを生み出す。

今現在、わたしはまさにこの編み物熱に浮かされている状態だ。しかも珍しく形にしたいという熱も帯びているため、立春も過ぎたこの時期に、モチーフ編みをつなげたベッドカバーという大物に取り組み始めてしまった。もちろん、できあがるころには(できあがれば、だが)毛糸のベッドカバーを使う季節は終わっているだろう。だから完成の目標は来冬だ。きっと夏のあいだは編み物なんてする気にはならないのだろうし、夏のあいだに編み物から遠ざかれば、秋になってベッドカバー作成を再開させられる気もしないのだから、つまり、完成を目指すなら春までが勝負だ。春までにできるだけ編んでしまうしかない。

誰にたのまれたわけでもないし、〆切があるわけでもないのに、わたしは日々何者かに追われているような気分でせっせと同じモチーフを編み続ける。肩が凝る。目がかすむ。自分が何をやっているのかわからなくなる。それでも、わたしは編む手を止められない。編み物をしているあいだだけは、良くも悪くもすべてを忘れられる。得体のしれない不安も、生きていると避けては通ることのできない心配事も、日々の雑事も仕事のことも。見えているのは、かぎ針と毛糸だけ。同じ動きを何度も繰り返して、一本だった毛糸が平面になっていく。ひと目ひと目に思いが編みこまれて、わたしのなかからモヤモヤとしたものが消えていく。編み上がったものが心なしか重く感じられるのはそのせいだろうか。ここは編み目が乱れている。雑念が混ざったのだろう。なんだか色がくすんだようにも見える。

編みこまれた諸々がベッドに浸透して、毎晩悪夢をみることにならなければよいのだけれど。はたしてどんなベッドカバーができあがるのか、今から不安しかない。

とりあえずこの不安も一緒に編みこんでおこう。

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