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週末の非日常が日常を生きるエネルギーに

 窓から入る日差しの明るさに包まれて目を覚ます。
一昨日から、高熱が出て体調を崩していた。昨日は何も出来ずに寝てしまったが、そのおかげで少しだけスッキリしている。土曜日なのでもう少し寝たいところではあるが、体内時計は「学校の先生として働く私」時間でセットされている。ふと、携帯を開く。

 金曜日の夜11時、母からメッセージが来ていた。
「明日、京都に会いに行くから。」


 確かに、昨日の夜、布団の上で電話をした。「逃げ出したい。」、「もう休みたい。」と弱音も吐いた。
 私は、「大丈夫。」と断るつもりで、急いで電話をかけた。母は既に起きていて、私の好きな卵焼きを焼いていた。私を看病するために、昨日の夜に京都に行くことを決めたらしい。そして、朝4時からお弁当を仕込んでいた。 

「風邪を移すから来なくていい。」と言った。わざわざ来てもらうことに対する申し訳ない気持ちでいっぱいだった。でも、「もう決めたから。」と一言。強く言い切った母の声を聴いて、涙が出てきた。溢れて止まらなかった。心から嬉しかった。「大丈夫じゃない。」と言える。「大丈夫じゃない。」と言っても大丈夫と確認できたことが嬉しかった。

 でも、母に京都の家を見られることに抵抗があった。なぜなら、人が生活できるような場所ではなかったからである。洗濯物の山、切れたままのトイレの電球、埃の溜まった部屋。この2ヶ月、自分の「生活」を気遣う時間的余裕も気力も無かった。帰宅して、急いでご飯とお風呂を済ませて、気付いたら朝を迎えている。週末は来週の一週間を乗り切るための準備がある。夜遅くまで、終わりのない仕事を、「明日の自分と子どものために」と必死に取り組んだ。母が今の部屋を見たら、どう思うのかと不安な気持ちがあった。


 母はたくさんの荷物を抱えてやってきた。「めっちゃ汚いよ。」と言って迎えると、「何も期待してないよ。」と言った。母には敵わないと思った。

 「今年初めて取れた桃だよ!」と嬉しそうに見せてきた。実家の庭で取れたスナップエンドウもあった。他にも、エネルギーになりそうなもの、私の好きなものを細い腕にたくさんぶら下げて持って来てくれた。「しっかり食べんさい。」と言いながら、冷蔵庫に詰める母の姿にまた涙が溢れてくる。そして、「ひかりちゃん、よく頑張ってるね。よーやっとるよ。」と言われた。その瞬間、肩の力が抜けて崩れ落ちた。わぁと涙がこぼれた。今までは何の感情も湧かない、ただ、帰って寝るだけの孤独な空間が、水泳の後に包まれるタオルの中のように、安心感のある温かい場所に変わった。

 数時間の滞在だったが、母との時間は学校の先生であることを忘れられる時間となった。色んな話をした。声が枯れるくらい話した。聴いてもらっていると思う必要のない、聴いてくれる誰かがいることが本当に嬉しかった。陽だまりのような母の笑顔。腕の中からずっと見てきた母の笑顔。この笑顔が見たくて生きてきたんだと感じた。

 母が帰った家は静まり返った。でも、母がいたいくつかの痕跡が、明日への私の活力になる。置いて行った作り置き、いつもは買わないフルーツの香り、拭き掃除をしてくれたつるっつるの床、眩しすぎるトイレの電気…。母からのエールがある。もう少し頑張れる気がしてくる。


 家族を始め、自分以外の誰かに対して「弱さ」や「出来ないこと」を見せるのが苦手、換言すると、完璧な自分でありたい私がいる。なぜなら、他者からの評価が下がったり、見放されたり、見損なわれたりすることに恐怖感を抱いているからである。

 でも、弱い自分や出来ない自分をさらけ出してもなお、受け止めてもらえる経験こそが、自分が自分であっていいと思える感覚へとつながる。また、明日へと立ち向かうエネルギーになるのではないかと思った。

 私の母が母でよかった。この経験から得た感情を上手く言葉に出来た気がしないが、言葉がハマる日がいつか来るだろう。さあ、母のおかげで少し充電が出来た。いつまで持つかは分からないが、夏休みまであと一ヶ月。とにかく、笑顔と「今日もお疲れ様。」と自分で自分を労えるように、一日一日を夢中で生きたいものである。

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