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被爆証言をホフステード6次元モデルで語り継ぐ その②

このブログでは前回に引き続き、私が2023年11月に異文化の専門家に向けて「平和のアドボカシーと教育のための6次元モデルの模索」というテーマで発表した経験と、母が被爆証言が大きな役割を果たしたケースについてお話ししたいと思います。

ブログを通して、世界が直面する危機に異文化理論が貢献できる可能性をお伝えするとともに、より平和で公正な未来について考える「小さな種」になることを願っています。           

トップ写真:「ヒロシマの樹」七宝壁画 (田中稔子作 1998年現代工芸180x90cm)


異文化の専門家に向けて発表(前半)~ストーリーのもつパワー

私は2008年から広島のヒバクシャである母の証言活動を支えてきました。
とはいえ、世界の現実はあまりに大きく複雑です。私のような個人にいったい何ができるのか考えあぐねていました。

そんな中、2023年11月にFriends of Hofstede(以降、「フレンズ」)という専門家のネットワークにお声がけいただき、広島と長崎の被爆の実相と平和学と6次元モデルの関連について発表する機会をいただきました。

発表の前半で私がもっとも伝えたかったこと。

それは「ストーリーの持つパワー」です。

ヒバクシャは国内外で多くの被爆証言をします。しかしすべての人に必ずしも最初から共感的に聞いてもらえる訳ではありません。

核抑止力を強く信じる人。貧困や暴力の蔓延する環境におかれて世界で起きていることに無関心な人。特にアメリカでは「原爆投下は正当化される」という考えを持つ人も多いのも現状です。

特に戦時中日本が非人道的な行いを犯したアジア諸国では特別な配慮が必要です。

私たちが一方的に自分の被害を訴えるために来たのではなく、人類共通の脅威である核兵器について実相を伝えて共に考えたい、というこちらの意図を理解してもらわなければ、相手の心は閉ざされてしまいます。

私が15年間の活動を続ける中で強く感じることは、

「本物のストーリー」は大きなパワーを持っている。
ストーリーによって人は他者の経験を「自分事」として「共感」し、共に課題に立ち向かうパワーになる

ということです。

被爆証言が大きな役割を果たしたケースは枚挙にいとまありません。その中で特に、母と私にとって忘れられない例をひとつ共有したいと思います。

パレスチナの青年の「もうひとつの視点」

2010年、母は外国からの移民の多いニューヨークのクイーンズ地区にある公立高校で証言を行いました。

聴衆の中にパレスチナから移民としてきた少年がいました。彼はイスラエル軍に親戚を殺されるなど辛い幼年時代を送り、アメリカに移住後もイスラエルに対する恨みを募らせて周囲に心を閉ざしていました。

被爆証言を聞いた後、彼は母に質問しました。
このときの少年と母のやりとりが、平和を願って書かれたドキュメンタリー書籍のなかで紹介されています。
(引用内 田中さん=母 田中稔子)

「ぼくにはわからない。原爆を落とされたことであなたはひどいやけどを負い、命を落としかけたんですよ。あなたの元クラスメートが全員殺されたんですよ。どうしてそんなことが許せるんですか」

もっともな質問だろう。田中さんはこの少年に優しく語り掛けるように答えた。

「私も初めはアメリカを憎んだこともあります。でも、憎しみからは憎しみしか生まれない。報復は報復を呼ぶ。この『憎しみの連鎖』から抜け出さなくちゃいけない!と、ある日、ハッと気がついたんです」

「奇跡はつばさに乗って」源和子 講談社

数年後に母はこの少年の教師から手紙を受け取りました。
その手紙には、「少年があの対話をきっかけに周囲も驚くような内面的な変化を遂げ、多様な考え方を受け入れるようになった」と書かれていました。

この出会いは、世界から暴力を減らせるかもしれない、という一筋の光明になりました。それとともに、現在のような厳しい人道状況の中で、このパレスチナ出身の青年が今でも「もうひとつの視点」を持ち続けていることを心から祈っています。

数年後に再会したパレスチナ出身の青年と田中稔子 
出典:「ヒロシマ、顔」NPO法人ANT-Hiroshima 

平和は努力して作り続けなくてはならない

「戦争は一瞬で起きるが、平和は努力して作り続けなくてはならない」

という言葉を平和活動をする人から聞いたことがあります。

母は七宝壁面作家として60年かけて「アートを通じて」戦争の悲惨さを訴えてきました。しかし70歳になるまで自分の被爆の経験自体を話すことはありませんでした。

しかしその気持ちはある出会いを通して変わりました。ピースボートで南米を訪ねた時、現地の人に言われたそうです。

「あなたの口で核兵器の悲惨さを伝えて欲しい。もしあなたが話さなければ、いったい誰が話すのですか」

被爆者の平均年齢は85歳を超え、実際に惨状を見聞きした人の数は確実に減っています。6歳で被爆した母の世代はまさに、「最後の証言者」と呼べるでしょう。

母は85歳になった今、アートと証言を通じて世界の人々にストーリーを語り続けています。私は幸運にも多くの平和を構築するロールモデル達に出会うことができました。

そして異文化理論の世界の端くれとして何かできることはないのか日々模索しています。時に分断する世界に絶望を感じながらも・・・

次回はフレンズでの発表の後半として、6次元モデルとヨハン・ガルトゥングの積極的平和の概念との関連についてお話ししたいと思います。

CQラボ  田代礼子

注:Friends of Hofstedeは世界中から参加する異文化の専門家のネットワーク。故ヘールト・ホフステード博士およびヘルト・ヤン・ホフステード博士の業績に基づき知識の交換やアイデアの共有を行うプラットフォームである。ビジネスに限らず様々な世界の課題をテーマに高度な対話の場を提供している。

 


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