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たゆたうまちの思い出

地形をこよなく愛する人たちは「スリバチ地形」という言葉を使う。
高台と高台の間に挟まれた窪地で、まるで食器の「スリバチ」形状になっている地形を指す。

平井は、旧中川と荒川に挟まれ、海抜0メートル地帯。

平井という地名の由来は諸説あるが、「平たい・江」で、「江(え)」がなまって、「井(い)」に転じたという説がある。
「川に囲まれ、平井の人は平井から出ない」と住民の間では合言葉のように言われるが、
川と川の間のまちの中が平らな江(入り江のこと)だとすれば、
「平井」というまち全体が、スリバチの底のように思えなくもない。

たゆたうに程よく、居心地のいい”囲まれ具合”がある。

私は結婚を機に平井に住み5年間暮らし、
そのうち約2年は平井駅・北口すぐの「平井の本棚」で店番をしていた。
ちなみに夫は単身の頃から含めると、平井1丁目、4丁目、4丁目....
平井駅へとにじり寄りながら平井の中で引越しを3度し、10年住んでいた。

夫婦とも、平井というまちが好きで離れ難くはあったが
すり鉢の底から平井脱出を試み、京都府に住んで2年が経つ。

平井に住んでいた時分のすり鉢の底から眺めた風景と、すり鉢を外から眺めた風景。2つの風景が継ぎ接ぎのように私の中にある。

私は、どのまちにいても、まちの風景の中に”人の営み”を探すのが好きだ。
住む人の生活感が表れているようなものが、まちの”土着性”を作っている。

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平井で好きだったこと
・棒切れを持ったおじさんが時々歩いている
・冬の青くて薄暗めな駅前イルミネーション
・オリジナルソングを大声で歌いながら帰宅する小学生
・買い物中、隣にいるだけの知らないおばちゃんと何を買うか相談をする
・いつものカフェで、「いつもの」が黙って出てくる
・ラップに包まれて売られる昔ながらのパン
・北口の洋服屋さんの毎年同じ迎春の看板
・修理を頼むと何でも自分でドライバー片手に直そうとやってくる大家さん
・ケーキにお米に昆布と何かとお裾分けしてくれる大家さんの奥さん
・本屋の店番で誰もお客が来ない冬、ポケットに鯛焼きを忍ばせてカイロ代わりにしたこと
・本屋の店番で本を買わずに思い出を話して帰っていく人のこと
・同じ信号のところで、毎日のようにすれ違う人がいたこと
・喫茶店で新聞を広げて、他のお客さんの会話に耳をそば立てながらパフェを食べること
・銭湯のロビーでだいたい猫が表紙のビックコミックオリジナルを読んで待つこと
・4丁目バス停前の、壊れた椅子のこと

とりわけ私は、本屋の店番中に知らない人の思い出話を聞くのが好きだった。
地図の特集をしていた頃は、「昔あのあたりには金魚の池がたくさんあってね」というまちの記憶を聞くことができた。
あるいは「昔は社長をしててね」からはじまる、その人の山あり谷ありな半生を聞く夜もあった。

好きな景色は、いろんな形、色、積み重なって私の前で揺れている。
私の頭の中で、平井のまちを泳いでいるのは、たくさんの思い出だ。

文責:川原さえこ

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