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趣味の備忘録・・1995年  C62 3号機を追いかけた記録 ③

C62 3号機ニセコ号を追いかけた記録の続き。今回はラストランとなった
1995年11月3日の記録。

上り列車は銀山駅近辺で撮影。、前日からの雪が少し残っていた。
定刻より多少遅れていたものの、列車は銀山駅を通過。
撮影後、銀山駅の待合室は撮影者の方々でいっぱい。駅員さんも交えてC62の思い出話に花を咲かせていた。
こういう時に交わす会話が楽しかったりするんですよね。

銀山2


下り列車は車であれば塩谷駅で20分程停車するのを利用して「追っかけ」が無理なくできたのだが、交通機関を利用してだとそうはいかない。
何か方法は無いかと調べると、余市からバスを利用すれば小樽駅まで先回りできそうだ。余市駅発車直後を迎え撃ち、小樽行きのバスに飛び乗った。

余市1


先回りに成功し無事に小樽駅でお出迎え。ここでC62と客車は切り離され、C62は単機で小樽築港へ。真ん中にいるDE15が客車を回送する。
天候は見ての通り最悪。どうやらカメラがびしょびしょになるのも構わずに撮っていたらしい。
たくさんの拍手に送られながらC62は小樽駅を去って行った。

小樽1

小樽2


以上、3回に渡るC62の撮影記でしたが、もし3回ともご覧になった方がいたのであれば、こんな駄作にお付き合いいただいた事、心より感謝致します。
この復活運転をしていた1988年~1995年の頃は自分はまだ高校生~大学生。
そんな自分にとってこのC62は客車を牽いて走る「生きた」姿を見た初めての蒸気機関車でした。
この後社会人になってから各地で蒸気機関車の復活運転を見てきましたが、その度に思い出します。あの時自分が追いかけたC62というのは全国的にも最大級のバケモノだったんだと・・
(あれと同じ大きさと言えば、上越線のC61くらいでしょうか)
全国各地で走る蒸気機関車にもそれぞれの良さがあるので比較する事自体が
間違いなのでしょうが、あの時感じた圧倒的な迫力というのは今でも自分の中に強烈に残っております。

そしてあの頃はまだ大学生だったので、現地でお会いした「同業者」は殆どが人生の先輩方。特にSL撮影は経験豊富なベテランさんも多く、列車を待つ間に色々なお話を聞けた事は今でも大切な思い出になっています。
また、お会いした方の中には次の撮影地や近くの駅へ車で送っていただいたり、撮影場所に困っていた時には快く場所を空けていただいたりと、様々な方のご厚意に預かった事は今でも忘れておりません。
当時関わった方がここを見ている可能性は極めて低いでしょうが、この場を借りて改めて感謝申し上げます。

では、C62 3号機ニセコ号を追いかけた記録はこれでおしまい。
お付き合いいただき、ありがとうございました。


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