私がヨガを伝える理由
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私がヨガを伝える理由

嘘みたいな本当の話

2017年、私はとある呼吸法のワークショップでとても感動的な体験をしました。

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それまでにも何度か、アージュナチャクラが開いて全身にナーディーが流れ込む体験や、クンダリーニが活性化して背骨がグルグル回る体験、チャクラが開いてぐるぐると回る体験、ナーディーが背骨に沿って右回りで回り始める体験、過去生がフラッシュバックする体験、ヨガの練習が深まるたびに、肉体や物質を超えた世界を体験してきました。これは自慢とかではなくて、「そんなことは昔の本に書いてあるだけのことで本当は無いよ」って思っている人が多くて、ヨガの目的というか意識の向け方がずれてしまうのはもったいないと思うから伝えています。「本物はそんなこと言わないから人に言う人は信じちゃダメ。」とか、そう言う風潮もあるのでこう言う体験を言葉にすることは自分にとって損であると言うこともわかった上で、でもこれは身体が柔らかくなったり、高く跳べるようになったり、目が良くなったり、鼻がよく効くようになったり、時間感覚が良くなったり、そう言う当たり前の変化の一つでしか無いからこそ、言葉にしています。エネルギー的体験は特別なことでも不思議なことでもなくて、ヨガの練習をしていたら普通に起こることなんです。「クンダリーニの覚醒」と呼ぶとそれはとてもあり得ない次元の遠い話に聞こえるのだけれど、私が感動した体験は、本当に目の前のリアルな現実で起こって、そしてそれはそれは想像を超える凄まじいものでした。物凄い大嵐の中、内側だけが静かで、そしてそこ知れぬ自分の底と地球の底が繋がって、地球の底の生命の種が、私の底から音を立てて生まれてくる体験。私は本当に本当に腹の底からの雄叫びをあげながら、立ち尽くし、涙を流し、静かな内側と繋がっていました。

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魔法のような人生

その体験から、私の中でゆっくりとした革命が起こり始めました。そんなに衝撃的に大きな変化が突然起こったというよりは、いつの間にか「私」と捉えている「私」の概念が変わっていることに気がついて納得していくような形で私は私という枠を超えていったように思います。自然と他者のために行う活動が増えていって、私は「私」を捨てたようになっていきました。

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実はそこからちょっと自分のキャパオーバーしていた部分があって、家が燃えて、概念、価値を手放して、ふと気がついたら私は私のやりたいことだけをやっている状態になっていました。そして気がつけば、私は私のやりたいことをやりたいようにやることで、本来の形で一番伸びやかで効果的な形でこの地球に貢献できるようになっている。全てがあの日の体験の延長のように感じるのです。

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特に意図したわけでもないけれど、本当に一番いいように全てが動いてくれている。

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この状態になって初めて、私は安定しました。今まで場を構えて他者を招き入れ、他者のために環境のために活動をしていた頃よりもずっとずっと安定した形で、安心した形でこの世界に貢献していけそうな予感がある。もちろん家が全焼した後、それなりの自由と責任への葛藤というか、悲しみのようなものは一通り体験しました。動けなくなった時期もあったし、声が出なくなった時期もあった。今は本当の解放を得て、「責任」を超えた人間関係を構築し直しているところです。

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本当の安定は変化し続けること

このように私は変化し続けています。別に不動の覚醒を得たわけではない。けれど、あの時のクンダリーニの体験から、本当に自分自身が拡大していて全てを私と捉えている感覚があるそして今はなんというのだろう、私の一部、大きな私として全体とともに動いて生きている感覚がある。ニュルニュルニュルーっと、蠢くように、この天体、全ての命と共に活動している感覚がある。

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以前は概念や思考であったことが、腹のそこでそのようになっているという感じ。必要な知識は下され、目を閉じるとやるべきことや伝えるべきことがメッセージとして降りてきて、私が本来知り得ないようなことまで、クラスの中では生徒さんに伝えることができる。それは私という存在を通して、宇宙が伝えたいことが周りに広がっていく感じ。私は便利な宇宙のパイプになったようなのです。(そんな風になりたいと思ったこともないのに。)

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ヨガを伝える役目が回ってきた

2017年のクンダリーニの体験を経て、私は自分に本当にヨガを伝える役目が来たのだと気がつきました。それまではやはり自分がヨガのゴールに達していなかったから、クンダリーニの覚醒が本当にあるものなのか分からなかったし、エネルギーの活性化とか、バランシングとか、そのレベルでヨガを伝えることしかできなかった。それがどのくらいこの世界に必要なのか確信が持てなかった。何より「分からない」と思うことが多かった。壮大で深いヨガという道を、どう伝えることがベストか、どこがゴールかわからなかったから。私は私の先生のようになることは不可能だと思っていたから。

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あの体験と、それからの変化を得て、これは全ての人に知ってもらいたい、体験してもらいたいと思いました。この世界があるのなら、ヨガの進む道は間違っていない。こちらに向かってくればいいんだ。それは世界の調和に繋がっていて、世界全体の調和につながっていると。ヨガを通して、すべての人が自分の爆発的な力と繋がりながら、尚且つ、内側の静けさと繋がることができる。そしてそれを自分の外側の世界に広げていくことができる。この道を「本当に」伝えることで、人々の心の中に静寂を、世界に調和をもたらすことができる。この体験に向かっていく過程で必ず人は持続可能な世界を目指したくなるし、そのような生き方を始めるだろう。一人一人の小さな選択が変わってくる。そうすればこの地球を破壊する人間の力を削いで、再生に向けて舵を切り直せる。私はそれを伝えたい、その役目が回ってきたと。

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ヨガの先に伝えたいワーク

私がその体験に至ったブレスワーク、ムーブメントワークはそこへの近道だと思います。それは人々の自我を拡大し、個を超えた大いなる調和に向かわせるでしょう。だけれど、やはりそれだけ力のあるワークだから、ストレートにそのワークに行くことは難しいのです。危険も伴います。特に現状の日本に暮らしていてはマインド的にも難しいところがあって、そこに行くまでのクレンジング、純粋になっていくことと、世界の見方をニュートラルに戻していくこと。心の安定感と、アウェアネスを育てていくことが必須です。嵐のような大きなエネルギーに耐えうる安定感と、嵐のようなエネルギーのスピードの中で「気づいて」いられるアウェアネス。それを育てること。それこそが日々のアサナとプラナヤマ なのだと、私は体験を通して存在で理解しました。それには道を知っているガイドの存在が役に立ちます。

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そしてさらに言うと私にとって、それは舞踊を通してやりたいことです。だから私はやがてダンスを通してこの意識状態を伝えていくことをするでしょう。でもやはり、その状態でダンスができるように持っていくためには、先にヨガを通してベースの作り方を伝えていくことが近道なんです。ヨガってやっぱり本当によく考えられたシステムで、練習の仕方、意識の育て方、心の準備ができていくプロセス、全てにおいてとても効率的にできています。私は自分のスワミという最善の先生に、その道への入り方をガイドしてもらったからこそ、ここまでこれたのだと思います。本当にラッキーです。最初の数年とはいえ、先生のガイドがなかったら、私の人生はこうはならなかったでしょう。それくらいヨガとの出会い、始まり方は大切なのです。すべてと言ってもいい。

私はずっとダンスをやっていきたけれど、踊る時の回線を開けるようになったのはヨガに出会ってから。この二つを合わせて、私が踊りを通してやっていることを本当にわかるように伝えられるようになるために今、ヨガを伝えているのだと思います。

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ヨガを通してカラダを耕し、自分の才能を育てていく。

すべての命がクリエーターである世界に戻っていくために。

すべての命がつながっている世界に戻っていくために。

私はヨガを伝えています。

もし、ヨガを通してあなたの命とつながることができたら

私はきっとあなたの命と一緒に広がるでしょう。

私たちの世界が大いなる調和に向かっていきますように。

向かっていることに気がついていられますように。

私は今日もヨガを通して体を耕して、そして私の舞踊を育てています。


あなたの魂が、解放と安心に辿り着きますように。



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