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親子の話

親は子どもを宝のように愛してしまうのが問題なのかもしれません。

親は子どもの幸せを願い育てます。

子どもはその親の愛情を受け、感謝の心を持ちます。

それなのに、多くの家庭では親子での争いが絶えません。

武田信玄と言えば、家臣からも領民からも尊敬される歴史上の偉人です。

そんな武田信玄も親を追放し、息子に背かれ処罰します。

院政の頃、天皇家は絶大な権力を握っていましたが、結局は保元・平治の乱といった身内の争いで武家に権力の座を明け渡しました。

源氏も同時に親子で争い、一時期没落します。

北条時政と言えば、圧倒的な権力を握っていた平家政権の中、相当なリスクを覚悟の上で源頼朝を担いだという、時代や人を見る目にたけた武士ですが、そんな人物も息子の義時に追放されました。

現代でも、「毒親」ということばがあるように、親子でのトラブルを抱える家庭がたくさんあります。

毒親とは、子どもを支配しようとする親のこと。

結果、子どもの人生に悪影響を及ぼす「毒」のような親のことを言います。

それぞれの家でいろいろ事情は異なりますが、子どもを愛しているのかもしれませんが、自分の所有物やアクセサリーのように支配し、扱おうとしてしまうところが問題の一つとして挙げられます。

真田家では、関ケ原の際親子で意見が割れます。

両方に分かれることで、家を遺そうとしたといった意見もありますし、それが真実かもしれません。

しかし、私は「父の真田昌幸は息子たちの意見を尊重した」という面が大きかったのではないかと思います。

自分自身は、戦争にも自信があったし、自分が味方したら西軍が負けるはずがないと思っていたかもしれません。

もちろん、息子たちの優秀さも理解していたでしょうし、長男の信之にも味方になってほしかった思いを持ちつつ、その意見を尊重し、自分の意見を通そうとしなかった。

結果、西軍は負け真田昌幸・幸村は死罪の予定でしたが、信之の助命嘆願が叶い命は救われます。

このような家族の絆というのは、一人一人が他人の意見を自分の意見と同様に尊重するところが基盤にあるのかもしれないと、その場面を見ていないのに思ったりします。

親は子どもを教育する役割がありますが、子どもからも学ぶこともたくさんあります。

そのような謙虚な気持ちを持って接することが、子どもにも影響を与え、親に感謝し尊敬しながらも自分を確立していくのではないでしょうか?

お互いを尊敬し、尊重するということは、親子関係では一番難しい事なのかもしれません。


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