アナログ派の愉しみ/音楽◎チック・コリア演奏『リターン・トゥ・フォーエヴァー』

青春の日に出会った
「永劫回帰」の音楽をいま


高校3年のとき、年下の友人の家で週末を過ごした。かれは事情あって養父母と暮らしてきて屈託を抱えていたらしく、がさつなわたしと親しくなったのも、また、ことさら音楽に入れ込んだのもそうした心境が作用したせいだろう。こちらも大学受験を控えた惑いに駆り立てられ、二階の部屋でえんえん深夜までダベったのち、翌日昼近くに起きてブランチをご馳走になると、もうすっかり話題も尽きてしまった。そんなとき、コレ、聴いてみて、と相手が持ちだしたのが、ジャケットに青海原を飛翔するカモメ(実際はカツオドリ)の写真をあしらったLPだった。

 
チック・コリアの『リターン・トゥ・フォーエヴァー』(1972年)。友人の指先がレコードに針を落とし、スピーカーから音楽が流れたとたん、まわりの空気が一変したのを記憶している。

 
今回、久しぶりにCDを取りだして聴き直してみたところ、当時と同じ印象を受けたのには驚くよりも呆れてしまった。最初がアルバムのタイトル曲。天上から降り注ぐようなリズムに導かれて、電子楽器と女性ヴォーカルが奏でるアンサンブルは、めくるめく白日夢の世界だ。そこには、ジャズという分野につきまとう暗い情念や、ニーチェが説いた「永劫回帰(リターン・トゥ・フォーエヴァー)」の妄想癖は微塵もなく、つねに清潔な笑みがこぼれている。つぎの『クリスタル・サイレンス』もまた、題名が示すとおりどこまでも澄み切った音楽が繰り広げられていくのだ。

 
そして、第三曲目の『ホワット・ゲーム・シャル・ウィ・プレイ・トゥデイ』がやってくる。ここまで明るく透明でありながらも、マイナーコードがガラス細工のような気配を醸していたのが、メジャーコードへ移っていっぺんにまばゆい光が差し込み、あたり一面に色とりどりの草花が咲き乱れるかのよう。フルートに乗って勢いよく女性ヴォーカルがうたいだす歌は、だれでも一度聴いただけで耳に馴染んでしまうだろう。

 
Look around you my people
If you look then you will see
How to love ― life is paradise
All together
What game shall we play today

 
さあ、きょうはなんのゲームをしようか? あのとき、このフレーズがどれほど新鮮に響いたことだろう。それまで人生とは砂を噛むような殺風景なものと受け止め、みんなでゲームを楽しみながら過ごすといった発想など持ちようもなかった。しかし、半世紀が経過したいまとなっては、われわれの生きる社会は幼児の玩具から国際金融や軍事戦略まで、ことごとくゲームによって成り立ち、とっくに仕事と遊びの境界も溶けて、もはやこうした状況を楽しんでやり過ごしていくしかないことを考えると、無邪気にうたわれるこのフレーズは見事に未来を予言していたのだろう。

 
ところで、このブログでチック・コリアのアルバムを取り上げようと考えていた矢先、くだんの年下の友人から突然、勤務中のわたしに近くまで来ていると連絡が入った。かれは大学を卒業後、音楽業界に入ってジャニーズ関連の仕事などをして、その間も交流が続いてきたが、コロナ禍もあってしばらく途絶えていたところ、たまたま近辺のホールへ公演の準備に訪れたとのことだった。おたがいすっかり白髪となって、それぞれ他愛のない近況を報告しあったのち、わたしがかつて教えてもらったレコードについて思い出を書きたいと伝えたら、かれは大笑いして承諾してくれた。その顔立ちには、あの青春の日の面影がありありと見て取れた。わたしも腹の底から大笑いが込み上げてきた。まさしく『リターン・トゥ・フォーエヴァー』!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?