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罪花狂咲 第九話

 翌日の夜。永士と綴の呼び掛けによって、梨恋なしごいキャンプ場でのバーベキューに参加した面々が招集された。人目のある場所でする話ではないので、やり取りは綴の用意した蜻蛉橋かげろうばし市内のレンタルルームで行われることとなった。

 妹を喪って間もない片桐小夜子は、憔悴しょうすいした様子で恋人の七草泉太に肩を寄せ、泉太は険しい表情でその手を握っている。小夜子ほどではないが七草海鈴も顔色が優れず、拠り所を求めるように永士の隣に座っている。倉田隼人は友人の綴の隣でジッとを目を伏せているが、心中は穏やかでないようで、貧乏ゆすりを抑えきれていない。

 事情を知る刑事の小暮は生憎と不参加だ。綴の提案を受け当初は小暮も参加予定だったのだが、事件発生の報を受け急遽そちらへ向かうこととなってしまった。呪いによる連続不審死は、あくまで小暮が空いた時間を使って調査しているもの。刑事としての職務が優先されるのは仕方がないことだ。

 綴としては小暮の不参加は痛い。刑事である小暮と協力関係にあることを事前に伝えてあるが、それでもやはり、現職の刑事がその場にいるのといないのとでは話の説得力が変わってくる。

「本日はご足労いただきありがとうございました。事前にお話ししていた通り、私と灰谷くんは、竜崎さん、美夕さん、姫野さんの三人の死と、廃村で起きた異変との関連性について調べてきました。人の死に関するデリケートな話題でしたからこれまでは二人だけで活動していましたが、真相に迫るにつれ、常識では考えられない奇怪な事実の数々を知ることとなりました。はっきり申し上げて、皆さんの置かれている状況は危機的なものだと言わざるおえません。

 何が起きているのかを知りたい気持ちは皆さん同じかと思います。危機感の共有の意味も込め、これまでに私達が入手した情報を皆さんに公開します。情報の多くは現職の警察官である、小暮至巡査部長から提供された確度の高いものです。内容が内容だけにすぐさま受け入れるのは難しいかもしれませんが、どうか冷静に受け止めてください」

 綴はそう前置きをして、永士と二人で用意したこれまで得た情報をまとめた資料のコピーを全員へ手渡した。

 神妙な面持ちで全員が資料の内容に目を通していく。奇怪な事実という、ともすれば不謹慎と取られかねない前置きがあったにも関わらず、誰も感情的に席を立たなかったのは、連続する関係者の異常死に思うところがあるからに他ならない。誰もが本心では思っているのだ。身の回りで起きていることは絶対に普通ではないと。それでも、それを事実として受け入れられるかどうかはまた別の問題だ。

「……真中さんは、一連の不審死が全て呪いのせいだと仰りたいんですか?」

 読了後の沈黙を破ったのは、険しい表情を崩さない泉太だった。言葉にこそ出していなかったが、到着して以降、泉太が綴に向ける視線はどこか攻撃的だ。

「泉太兄さん、僕と真中さんの意見だよ」
「お前は黙ってろ」

 永士の意見を泉太は有無を言わさず抑え込んだ。泉太は永士を弟のように、悪く言えばまだ子供だと思っている。永士の意思ではなく、綴の主導と考えているようだ。

「呪いを前提に考えた方が今は無難です。私だって始めから呪いありきで調査をしていたわけではありませんが、集まった情報を精査すればするほど、真実は常識の枠から外れていく。呪いの存在を疑わずにはいられません」

「どうかしている。呪いなんてあるはずがないだろう!」

 椅子から立ち上がった泉太が感情的に声を張り上げた。傷心の小夜子や海鈴が、滅多に怒らない泉太の姿にビクリと肩を震わせた。

「一之瀬刑事が残した調査記録に三年前の前例だってあります。これは今に始まった話ではないんです」

「その一之瀬という刑事は行方不明なんだろう? 存在しない人間の残した記録など安易に信じられない。職まで辞して相当追い詰められていたと見える。妄想という可能性も否定できないだろう。佐竹奏子だったか、確かに俺の在学中、一年生が亡くなったという話を聞いた気もするが、そこまで大きな騒ぎとなった覚えもない」

 頑なな泉太だがその言い分にも一理ある。失踪した元警察官が残したものだからといってその情報が正しいとは限らない。公式な捜査記録ではなく、一之瀬のそれはあくまでも個人的な調査。加えて一之瀬は妹を喪ったショックで、警察官の職を辞してまで調査を続けている。言うなればそれは主観の塊。呪いなど存在しないという常識を前提とすれば、一之瀬の調査記録は怪文書以外の何物でもない。

「泉太さんの言い分も理解出来ます。ですが、呪いなんて非科学的な現象を扱う以上、確かな情報なんて存在しないに等しい。大切なのは私達が今起きている現象をどう捉えるかです。このまま何事もなく終わり、一連の悲劇が全てただの偶然だったなら、いかれた女だといくらでも叱責を受けましょう。

 だけど、すでにもう三人も亡くなっている。新たな悲劇が起きる可能性を否定出来ない。今だけでもいい。一度呪いを前提に考えてみてください。呪いを前提とすることで何か見えてくることがあるかもしれない。少なくとも私は、悪戯に時間が過ぎて行くことを静観しているのは嫌です」

「大そうな高説だ。いいだろう、仮に呪いが存在しているとする。だからといって何の問題がある?」

 開き直りとも取れる発言だが泉太の瞳は真剣そのものだ。事実、泉太は調査記録を一番熱心に読み込んでいた。そのうえで泉太は真っ向から綴に反発しているのだ。

「どういう意味ですか?」
「資料によると、呪いは罪悪感に比例し、胸部に損傷を与えるものなんだろう? だったら罪悪感の無い人間には影響がないといえるんじゃないか?」
「確かにその可能性も無いとは言いませんが、三年前の氷見ホタルさんの事例を見るに、呪いは些細な罪悪感にだって反応する可能性がある。予断は危険です」
「ならば話は堂々巡りだ。俺はそもそも一之瀬という刑事の残した記録を信用していないからな」
「泉太さん。どうか冷静になってください。事態は常に最悪の事態を想定しておくべきです」
「あんたは俺の家族や恋人が罪悪感を抱えた悪人だと言いたいのか! 他の奴らはしらんが馬鹿にするのもいい加減にしろ!」

 泉太が激しく激昂。今にも綴に詰め寄ろうという剣幕だ。一瞬怯んだ綴を庇うように、永士は静かに彼女の前に立った。

「……お兄ちゃん。小夜子さんの前で今の言い方は酷いよ」

 一触即発の状況を鎮めたのは大粒の涙を流す小夜子の鳴き声と、その肩を抱く海鈴の指摘だった。

 恋人と妹の姿を見て泉太はふと我に返る。小夜子や海鈴を思っての発言だったが、それ以外は自業自得と言わんばかりの「他の奴らはしらんが」の一言は余計だった。

 亡くなった三人の一人は小夜子の実妹の美夕だ。彼女が優等生の仮面を被り、裏で同級生を恐喝していたことはすでに周知の事実だ。だからこそ泉太も感情任せに本音が漏れてしまったが、少なくとも妹を喪ったばかりの小夜子の前でするべき発言ではなかった。

「……声を荒げて申し訳なかった。だが俺の考えは変わらない。呪いなんてないし、仮にあったとしてももう誰も死なない。全て偶然さ」

 綴とは目を合わさず、泉太は後ろから小夜子の肩に手を置いた。

「帰ろう小夜子。さっきはごめん」

 無言で頷き、小夜子も席から立ち上がった。呪いを前提とした話には、もう小夜子も耐えられそうになかった。

「海鈴も帰るぞ」
「……う、うん」

 泉太に促され海鈴も席を立ち、泉太と永士とを交互に見比べた。

「送ってやるから永士も一緒に来い」
「僕は残るよ。そもそもこの場は僕と真中さんの主催だ」
「探偵ごっこなんて止めておけ。真中さんに何を吹き込まれたかは知らないが、呪いの調査なんて馬鹿げてる」
「僕には泉太兄さんより真中さんの言葉の方が響くけどね。少なくとも真中さんは目を背けずに行動を続けて来たんだから」
「俺の言うことが聞けないのか?」
「僕の行動に泉太兄さんの許可が必要かい? 保護者でも、実の兄弟でもないのに」
「お前……」

 永士にここまで明確に拒絶の意志を示されたのは初めてのことだった。感情のぶつかり合いならばまだ理解が及ぶ。だが、永士の淡々とした語り口はまるで公の場での答弁のようだ。自分の知る永士とのギャップに泉太は動揺を隠しきれなかった。

「僕は僕で好きにやらせてもらう。臆病者はいらない」
「勝手にしろ。行くぞ海鈴」
「でも」

 泉太が小夜子と海鈴の手を引きレンタルルームを後にしていく。去り際に海鈴と永士の目が合う。海鈴は永士を信頼している。彼が呪いが真相だというのならそれだって信じられる。だけど海鈴は自分では何も決められない。だから待っていた。永士が自分だけでも引き留めてくれることを。

 だが、永士は直ぐに海鈴から目線を逸らしてしまった。まるで興味を失ってしまったかのように。

「こんなことになってしまってごめんなさい。私と泉太さんは他人だけど、あなた達は従兄弟だもの。こんな形で仲たがいさせてしまってことは不本意よ」
「気にしないでください。僕はまったく気にしていないので。元々泉太さんのことをそんなに好きじゃなかったので、せいせいしてますよ」

 本来なら強がりと捉えるべきなのだろうが、永士の場合は冗談に聞こえないので、周りとしても反応に困ってしまう。

「それにしても、泉太兄さんはどうしてあそこまで頑ななのか、僕は理解に苦しみます」
「……僕には泉太さんの気持ちが分かるよ。出会ったのは偶然だけど、僕も泉太さんも、バーベキューを企画して皆をあのキャンプ場へ連れて来た者同士だから」

 ずっと無言を貫いていた倉田が、ここに来て重い口を開けた。あの日、あの場所に行くきっかけを作った者として、倉田はずっと責任を感じて来た。そのことが後ろめたくて発言も出来なかった。だからこそ泉太の気持ちも理解出来る。自分があの日あの場所に連れていかなければ、そもそもこんな事態にならなかったのではと。バーベキューだけではなく、廃村探検まで企画していた自分はもっと罪深いと、倉田は自己嫌悪を感じている。

「倉田くん。この場に残ってくれたということは、あなたは私達の話を受け入れてくれたと考えてもいいのかな?」

「うん。まだ全てを受け入れたわけではないけど、僕もあの廃村に立ち入った人間の一人だ。常識では考えられないことが起きていることは実感している。信良が死に、美夕さんが死に、香苗まで死んでしまった。今までは目を逸らしてきたけどもう逃げないよ。真相究明のために僕も協力する。原因を作ってしまった者として僕にはその責任がある」

「ありがとう倉田くん。心強いわ。それと自分を責めては駄目よ。悲劇の元凶は呪いであってあなたのせいではない。こんなことが起きるだなんて誰にも想像出来なかった」
「ありがとう真中。僕に出来ることなら何だって言ってくれ。考え事は得意ではないけど、車があるし運転手ぐらいは務めてみせるよ」
「なら倉田くん。早速明日にでも車を出してもらっていもいいかな? 灰谷くんと三人で行きたい場所があるの」
「もちろんだよ。目的地は?」
「資料に名前があった、度会一冠という元大学教授のお宅よ。小暮さんに確認したところ、度会氏は現在は引っ越しているみたいで、どうも山奥で隠居されているようなの。車じゃないと行くのが大変そうで」
「分かった。詳しい場所はと――」

 綴と倉田は小暮から提供された住所と、スマホで検索した地図を見比べ、明日の打ち合わせを開始した。


第十話

第一話


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