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夢から覚めたい夢

 昨晩、私は嫌な夢を見た。

 夢の中での私は、やけに寝覚めの良い朝を迎える。ベッドはふわふわで心地よく、もう少し寝てもいいな……と思いながら身体を起こす。
 部屋の模様はいつも通り。何も変わった事がない。だけど、何かがおかしい気がする。なんとなく視界がセピア色な気がして、気分は転じて不穏なものへと変貌する。
 ここでふと「あ、これは夢か」と思い至る。なぜだか突然ふってきたその考えは、次いで別の直感を引き寄せた。

 次に起こることがわかる。

 頭の中に、私の身にこれから起こる事柄が思い浮かぶ。
 これから先に起こることのはずなのに、まるで深い記憶の底から登ってくるようにして、記憶が形作られる。未来を想起する。
 私はこれからすごく嫌な目に合う。
 その予感は不思議と的中する気がした。
 この直後、私の部屋の扉がゆっくりと開かれ、奥から黒い何かがずるりと這い寄ってくる。がま口財布のような、大きな亀裂が入った顔らしき部分をこちらに向け、不揃いな巨眼で私をジロりと私を睨みつける。そして何事か呟くのだ。私が言われたくない何事かを。
 私はそれが嫌で、早く夢から覚めろと念じながらベッドに潜り込む。夢の中で夢を終わらせるためには、もう一度寝れば良い。この時の私はなんとなくそう思った。

 ギィという、扉が開く音がする。
 恐怖は感じていなかった。しかし、ねっとりと絡みついた嫌な気持ちが胸中を満たす。なのに思考は冷静で、ずるずると何かが引きずられる音を耳に残しながら、私はそのまま眠りについた。

 やけに寝覚めの良い朝を迎える。ベッドはふわふわで心地よく、もう少し寝てもいいな……と思いながら身体を起こす。そこで気がつく。
 ここは夢か? 現実か?
 部屋をくるりと見渡す。前の夢では模様はそのままだったのに、パソコンのデスクが別の物へと変わっていることに気がついた。私は木製の机を使っているのに、この時は鉄製の白デスクだった。
 ああ、まだこれは夢だ。視界がまたセピア色に染まっている。そして性懲りもなく、未来を想起する。
 私はまたしてもベッドに潜り込む。あと何回寝れば夢から覚めるのだろうか? そう思いながら、何度も何度も眠りについては、未来を想起し続けた。すると途中から不思議な感覚に陥る。これはひょっとして夢ではなく、現実なのでは? 現実世界で私は何度も眠りにつき、夢から覚めては夢だと思い込み、そしてまたベッドに潜り込んでいるのだ。だとしたら、この空間からどうやって抜け出せば良い? 何かの言葉を聞き遂げれば、この夢らしきものが終わるのだろうか。
 そう考えているうちに、また何かがずるりとやってくる。私はやっぱり何か嫌で、ついベッドに潜り込む。


 めちゃくちゃ嫌な寝覚めだった。
 思えば先先日くらいからベッドメイキングを怠っていた。ベッドは綺麗にしておかなければ寝付きも寝覚めも悪いので、毎日ちゃんとしなきゃいけないのに、すっかり忘れていた。そりゃ嫌な夢も見るか。
 身体を起こして水を飲む。デスクはいつもの木机だし、視界もセピアではない。黒い何かもやってこない。どうやらようやく夢が終わったようだった。
 ベッドの上で軽い柔軟運動をしながら、夢のことについて考える。めちゃくちゃ鮮明な夢だったので、記事にしてやろうかと思いながら反芻する。
 反芻しながら、ふと自分が犯した失態に気がついた。
 この話、オチがないのだ。
 黒い何かが言おうとしていた言葉を聞いておけば、この記事にはちゃんとした終わりが出来たはずだ。怪談での定番では、最後の最後にキャッチーなひとことが添えられて(例えば「明日も、くるよ」とか)終わるのだ。そこで終わるから怖いのだ。
 しかしこの夢の話には、そういうキャッチーさがない。なんか夢から覚めない夢を見て、黒い不思議な何かが私に何かを伝えようとしている……でも結局何も聞いてませーん!だ。オチとしては弱すぎる。
 別にあの黒いなにかの言葉を聞いたとて、突如死ぬことはなかっただろう。私の感覚では「言われたくない一言」だったわけで、しかもそれはびびるほどしょうもない私のコンプレックスに関する言葉である気がしていたのだ。「お前を呪っちゃうよぉん」みたいな怖い言葉ではない。普通に嫌な言葉。例えるなら「お前って胸ねえよな」みたいな。うるせえ馬鹿。内容はもっとクリティカルだったとは思うけど。

 とにもかくにも記事にするにはあまりにもお粗末で、オチが弱すぎる話だったのだが、まぁええかと思いながら記事にした。
 こんな日があってもいい。
 こんな日ばかりでもいいか。

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