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24 語学オタクの喜び ③ 声に出す(ラオ語、インドネシア語、タミル語)

 ぼそぼそ独学したことばも講座に通ったことばも、旅先で実際に使う状況に至ると緊張しつつも心が躍る。

 ラオスのルアンパバン(当時まだ世界遺産なんかになっていなくて、静かな村だった)からフエサイをめざして、スロウ・ボートでメコン川を遡ったときのこと。朝早くルアンパバンを出た小舟に、乗客はラオ人数人とドイツ人バックパッカー3人、日本人2人。その日はパクベンまで行って1泊するはずだったが、暗くなっても辿り着けず(乾季で川の水が少なかったらしい)、崖に貼りついたような集落に着岸した。

 珍客をにこにこ眺める人々の中、とりあえず急な坂を登って集落の中心に向かってみる。いやどこが中心かわからないけど。と、ドイツ人が、トイレに行きたいと言い出した。そして、食堂と思しき小屋から出てきたお爺さんに、
「トイレット?」
と、声をかけた。お爺さんはきょとんとしている。ドイツ人は切羽詰まった感じで「・・・トイレット?・・・バスルーム?」と必死だ。
 ここで「トイレはどこですか?」を使わずしていつ使う。
 わたしは恐る恐る、
「ほ〜んな〜む じゅ てぃ」
と、言ってみた。するとお爺さんは、ああと納得した顔で、ドイツ人を連れて小屋の隙間から谷へ消えた。通じたようだ。
 戻ってきたドイツ人にはすごく感謝された。よかった。しかし、だ。
 外国人が懸命にジェスチャー混じりでトイレットと訴えたらピンときそうなものだが。
 お爺さんは本当にわからなかったのか、ちょっと意地悪したのか、真相は謎のままである。

 ラオ語はしかし文字学習がネックだ。
 インド系文字はどれもそうだけれど、なかなか覚えられない。話せても書けない。読めても意味がわからない。で、根性無し(わたし)はすぐにやめてしまう。

 その点、インドネシア語は馴染みのあるローマ字表記なのでだいたい読める。文法は比較的シンプルだし発音も大らかだ。インドネシア人の心も(たぶん)大らかだから、外国人(わたし)が単語をぽつぽつ発するだけで快く相手になってくれる。
 バリ舞踊とガムランに溺れていた数年間、毎年ウブドの宿に滞在して夜な夜な鑑賞に行っていた。が、昼間は暇である。すると、宿の娘さんペビ(初めて知り合ったとき5歳)が友だちを連れて部屋へ遊びに来る。
「グミコー、ドラえもんの絵描いてー」
「グミコー、UNOしよー」みたいな感じで。

 で、ペビたちとカードゲームなんかをしていると、彼女らはほぼ単発の単語だけで会話している。勉強になった。わたしもときどき、「早く早く」「違う、緑色」「やったー」などと発してみた。たのしい。
「お茶、飲む?」「あっ、雨」なんて言葉も自然に出てくる。
 ひとりがペビに向かって小声で、
「グミコはインドネシア語話せるの?(ビサ インドネシア?)」
と尋ねると、ペビは表情も変えず、
「ビサ、ハリイニ(今日は話せる)」
と、こともなげに答え、尋ねた彼女もすごい納得顔をしていた。子供って面白い。

 子供といえば南インドのマドゥライで。
 タミルナドゥ州のマドゥライで話されているのは、タミル語。これがまた文字だけでなく発音も難しい。
 が、ちょっとでも話してみたいという野心(なんの野心だ)があり、もそもそ独習していた。
 あるとき公園で少年たちに囲まれた。小学校低学年ぐらい。
「ハロ! ジャパニ?」
「カラテ!」
「ジェット・リー!」
 空手はできないしジェット・リーは日本人ではないが、笑わせてくれるので相手になる。というか、相手をしてもらう。タミル語教えてよ、と単語帳を見せ、声に出してもらうのだ。そしてわたしがリピートする。
 最初はみんな真剣に、
「ワナッカン」「わなっかん」
「ナンドゥリー」「なんどぅりぃ」
など挨拶とか果物とか、単語帳を繰っていたのだが、そのうち勝手に口々に何か言い出した。
「○△*♪」 とりあえずリピート。
「×□▽**」 またリピート。少年たちがけらけら笑う。
 おそらくわたしはタミル語で「う●こ」とか「ちん●」とか言わされていたのであろう。
 大ウケする少年たち・・・。おバカ男子は世界共通なのであった。

 ま、少年たちが好む単語はさておき。
 どんな言語でも、人は冗談を言い合って笑う、或いは人を笑わせる。地球の隅々まで人のいるところに言葉があり、言葉を使って人は笑い、笑って幸せになるのだと思う。
 言葉は笑うためにあるんじゃないか。なんて思ったりもする。

 


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