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42 強制フィッシュバーガー (バングラデシュ:ダッカ)

 前回シレットのことを書いたので、ダッカのエピソードもひとつ。
 そう、なんやかんや言いながらダッカはダッカで楽しかった。路線バスであちこちへ出かけ、雑踏に圧倒され、人に囲まれ、チャイを飲み、魚のカレーを食べた。

 ある日、また雨が降ったり止んだりで遠出が面倒だった。で、宿の並びの、ファッションビル的な建物に入ってみた。
 中の一軒でパンジャビ・ドレスを見ていると、
「アナタ、ニホンジン?」
 カウンターの奥から日本語で話しかけられた。
「ユックリ ミテクダサイ。チャイ、ノミマスカ?」
 店主のアロムさんだった。スタッフが買ってきてくれたチャイをご馳走になりながら話を聞く。埼玉県の某有名メーカーで10年働いてお金を貯め、帰国して3年、2店舗のオーナーになり、今は自宅を兼ねたビルを建てているとのことだった。
 日本語会話まったく問題なし、大変ラク。
 お兄さんと一緒に来日し、お兄さんは埼玉に家庭を持ったのだそう。アロムさんもまた日本で仕事をしたいと言う。
「でもビザが難しいです」
 そうよねえ。
「私が日本へ行くとき、グミコさん保証人になれますか?」
 それには即答できないので、笑ってごまかす。
 そして、深刻な話にならないうちにパンジャビ・ドレスを1着買い、店を出ようとしたのだが、
「これから一緒に昼ごはんを食べましょう。私は久しぶりに日本語を話すのがとても嬉しいですから」
 断る理由が咄嗟に出なかった。むむむ。

 アロムさんは通りでサイクルリキシャを拾い、並んで座った。【4 空腹のち満腹(シレット、パスー、パクセ)】でも書いたけれど、バングラデシュのリキシャのシートは前傾している。座りにくいことこの上なし。どこかに掴まっていないと滑り落ちる。地元の人はチンと腰掛けて平気そうだ。お尻がリキシャシートにかっちり嵌る形なのだろうか。

 ずり落ちないように必死で乗ったリキシャは、一大繁華街で停まった。そして、アロムさんに促されて入った店は、なんでしょう、照明は暗く、昭和の喫茶店の空気を醸していた。レジ横に水槽があり金魚が泳いでいる。

 若いカップルでほぼ満席(でも静か)だったので、すごいイケてるショップなのかもれない。席に着くと、緑色の瓶とグラスが運ばれてきた。何これ。
 アロムさんが瓶の中身を注ぐ。透明。「どうぞ。水です」
 水かいっ。なぜこんな酒瓶のようなボトルに。
 さらに、この店はハンバーガーが人気らいしが、わたしは肉が食べられない。「じゃあ、フィッシュバーガーにしましょう。フィッシュは食べる?コーヒーも飲みましょうか」
 そうして、フィッシュバーガー(キュウリとチップス添え)とコーヒーが運ばれてきた。
 コーヒーは美味しく、バーガーも悪くなかったのだけど、でかいバンズに魚フライがばふっと挟んであるだけで、体中の水分が奪われていくような・・・。全部食べきったかどうか、記憶が飛んでいる。
 
 アロムさんとの会話の内容も覚えていない。たぶん、保証人問題に話題が及ばないよう、ひやひや、そわそわ、上の空だったのだと思う。

 満腹になりすぎて夕飯は食べられないなあとか思いながら、またリキシャに乗って宿まで送ってもらった。

 メールアドレスを交換したけれど、わたしから連絡することはなく、また先方からも音沙汰なく、ほっとしたような心苦しいような、複雑な強制的フィッシュバーガーの味なのであった。

 

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