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50 なんとなくスリランカ②(ナカオカ・ワンダーランドと子供たち)

【日曜日】 
 今夜は湖畔のホールでキャンディアン・ダンスを観て、明日はコロンボへ戻ろう。キャンディは肌に合わない。仕切り直しだ。
 ところが、コロンボ行きのバス乗り場を探しに行こうと宿を出たら先生に捕まった。昨日の日本語助手(名前覚えてない。日記にも記載がない)も一緒だ。有無を言わさずビリヤード場に連れて行かれた。3人ともヘタクソで全然面白くない。
 が、先生は満足したようで、「じゃあお昼を食べに行きますよ」

 運転手付きの車で乗りつけた LYON は、昨日のレストラン同様そこそこいい店のようだ。が、洋風中華というか、なんか中途半端で、先生がオーダーした品を助手は旨そうに食べているが、どれもイマイチである。ビリヤード場のスナックコーナーで買ってくれたサモサのほうがずっと美味しかった。
「先生、スリランカの料理は召し上がらないんですか」
「ああ全然ダメですね。嫌いです」
 み、みもふたもない・・・・
 そして、
「明日の午後は小学校の日本語クラブがありますからね、あけといてくださいよ」と、またもや一方的に予定を決められたのち、解放された。

 ナカオカ先生は、キャンディ近郊の村の小学校でも日本語教室を開いているらしい。
 どういう経緯でスリランカ暮らしを始められたのかは知らない。まあ尋ねてもおそらく、すっとぼけるか或いはつまらないギャグではぐらかされたと思う。

【月曜日】 
 翌日の午後、いつもの車で助手とともに先生に同行したのは森の中の小さな小学校だった。放課後の課外クラブという位置付けのようで、ひとつの教室にいろんな学年の子が数十人集まり、日本語であいさつをして、折り紙をした。
 わたしはひどく不器用で、折り紙なんか鶴をぎりぎり折れるかどうか、ときどき最後に、あれ?って鶴にならなかったりするのだが、適当にごまかして無事に終わった。子供たちは本当に嬉しそうだった。
 
【火曜日】
 
翌朝、ふたたびバススタンドへ出向いてみたが、どうも行き先がわからない。オフィスも案内板もなく、無秩序にバスが蠢いているだけだ。諦めて宿に戻ると、ロビーにワープロを携えた先生がいた。
「ああ、ちょうどよかった。手紙が書けたので、今から打ってくれますか」
 内容は覚えていないけど、日本大使館への問い合わせか、或いは問い合わせへの返答だったか、何か短い文章だった。
 そうだ、先生にはそもそもこれを頼まれていたのだ。これが終わったんだから、もう自由なはず。風邪っぽいのも治らないし、明日こそコロンボへ移動したい。
 と、先生に言うと
「コロンボなんかいつでも行けます。今日も明日も日本語クラブはありますよ」
 な、なんですって?

 その日の午後に訪ねたのは、昨日とは別の、森の中の小学校だった。
 放課後の日本語クラブ。大教室にみっしり100人ぐらいいた。
「先週おぼえた日本の歌を歌いましょう」
 先生が言うと助手がシンハラ語で伝え、黒板に、ローマ字で歌詞を書いた大きな紙を貼る。
「まず女の先生が歌いますよ」
って、ええっ あたしっ!?
 しょうがないから歌う。ちょうちょ。ひなまつり。めだかのがっこう。
 子供たちも歌う。大合唱。なんだこれ・・・

 楽しかったけど疲れた。
 先生はご満悦の様子で、キャンディに帰ると夕食をご馳走してくれることになった。FLOWER SONG 、チャイニーズ・レストランだった。好きなものを頼みなさいとメニューを渡されたので、適当に何品か注文する。
 と、運ばれてきた料理が旨いのである。どれも。期待していなかったのに。助手はいつもに増して嬉しそうにがんがん食べる。先生が、
「この店がこんな美味しいものを作れるって知りませんでした。いつもはまずい。あなた、料理を選ぶの上手ですね」
と真顔で言った。

【水曜日】
 
次の日の午後も、また違う森の小学校へ連れて行かれた。
 そこではまず応接室のような部屋に通され、ソファに腰掛けていると、飲み物と、大皿に山盛りのバナナとお菓子が運ばれてきた。
 お菓子はバルフィとかラドゥとか、インド甘甘と(わたしが)呼ぶ上等のお菓子だ。バナナと共にきれいに積み上げてあるので、
「ナカオカ先生、これって形式的なものなんですか。それとも、実際にいただいちゃっていいんですか?」
 尋ねてみると、
「欲しかったら食べたらいいんじゃないですか」
 先生はけっこういい加減なことを言うので疑わしいのだが、まあいいか。助手とわたしは遠慮なく冷えた紙パックのジュースを飲み、インド甘甘を食べた。
 先生がぼそっと「あなた、よくそんなもの食べますね」と気味悪そうに呟いた。

 立派なおやつをいただき、教室に案内され、放課後日本語クラブだ。
 また100人近い小学生と礼儀正しく挨拶を交わし、歌をうたい、♪アルプス一万尺で遊び、わいわい、きゃあきゃあ、大盛況のうちに終わりの時間が来た。
 女の子たちに囲まれ、住所交換をした。
 女性の校長先生が校門まで見送ってくれてわたしの手を取り、
「来週も来てくださいね」
と言ってくださった。心が、ひどく痛んだ。来週わたしは来ないから。

 今日もナカオカ先生はご機嫌だ。帰路の車内で「夕食はROYAL GARDEN のビュッフェにしましょう」と算段している。
 気が重い。風邪気味の身体も重い。日本語教室は面白いけれど、ほんとは子供が苦手だ。寒くてどんよりしたキャンディにも馴染めない。明日こそこの町から離れたい。

 西洋料理 ROYAL GARDEN のビュッフェはランチタイムだけだったので、アラカルトで頼むしかなかった。メニュー選びを任され、また大当たりだった。
「あなた本当に料理を選ぶのが上手いですね。クラブ活動も上手いですよ。いっそここに住んだらどうですか」
 先生はいつも真顔で冗談(かどうかもわからない、くだらないこととか)を言う。が、
「私は大使館にもイミグレーションにも顔がききますからね、あなたのビザやら何やら、なんとでもできますよ」
 これは冗談ではなさそうだった。
 いやややや、有り難いことだけど。
 すみません。明日発ちます。
「明日になったら気持ちが変わってるかもしれないですよ」
 かもしれないけど、とりあえずここは寒いからコロンボで、風邪を治してから考えたい。
「先生、こないだからバススタンドで探してもわからないんですけど、コロンボ行きのバスってどこから出てるんですか?」
 先生はむっとした顔でそっぽを向いた。
「さあね。私はそんなこと知りませんよ」
 あ〜〜・・・・。

③へつづく

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