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38 中高年が行く南インド57泊59日(最終回) (トリヴァンドラム→シンガポール→関空)

 だけど帰国の日はやってくる。
 それにコヴァーラムはシーズンオフが近づいていた。もうすぐ雨季だ。海上の空に雲が増え、波が高い日は遊泳禁止の赤い旗が立てられる。
 ビーチの物売り人も減り、フルーツおばちゃんの1皿200ルピーだったカットフルーツ盛り合わせが2皿で100になった。

 puppies の常連たちは国に帰るのだろうか。或いはこれから過ごしやすい季節になるダラムサラ辺りに移るとか。

 わたしも帰りたくないなあ。

 親もマリーさんも死んでひとりぼっちになったら、移り住んでジャパニーズ小料理屋とか、しよかな。って、自分だけ生き残る前提で近い将来のことを考えたりする。

 帰国前夜、最後の夕食はビーチのROCK CAFEでタンドリー・プラウン、海老をマリーさんがご馳走してくれることになった。1kg 1600ルピー。ハーフをタンドリーで焼いてもらう。インドでこんな高価な料理を食べるの、初めて。
 熱々の、スパイシーな、大きな海老。うまいうまいと興奮しすぎてうっかり脚を飲み込んでしまい、それが喉に刺さった。
 しばし地獄の咳き込み。むせ返し。
 下着で泳いだバチが当たったのかも。
 いつかジャパニーズ小料理屋をオープンしても、海老は扱わないことにする。

 そうして帰国の3月9日。夜遅いフライトなので宿のあるじにもう1泊分払って夕方まで部屋を借り、空港へはあるじの副業オートリキシャで送ってもらった。
「次回来る前にメールして。部屋空けとくから」とアドレスを書いてくれたのだが、モノをきちんと整理・保管できないわたしのメモ帳は2023年6月現在、行方不明である。

 深夜、トリヴァンドラム空港を発つ。あとは来た道(空)を戻るだけ。
 さよなら、またね、南インド。

 そして早朝、シンガポールに着いた。ここで関空行きに乗り継ぐのだが、待ち時間が半日ほどある。
 が、チャンギ空港では、4時間以上乗り継ぎ待ちのあるシンガポールエア利用者に無料の市内観光ツアーが用意されている。
 食指は動かないが、待ち時間消化のため朝イチのツアーに申し込み、何組かの欧米人と一緒に専用バスで街に出た。で、予想どおりというかなんというか・・・。
 空港に戻って解散後、たまたま立ち寄ったバタフライ・ガーデンはよかった。シンガポールは空港内がいちばん面白い。涼しいし。

 そんなこんなで午後遅く、関空に向かう機体に乗り込んだ。
 ああ、帰るんやねえ、ほんとに。

 ひとり旅じゃないことの楽しさと煩わしさ、両方知って大人になった(遅すぎ)。酷暑の地で体力を保てるかじつは心配だったけど、意外とイケた。
 マリーさんは初めてのインド、初めてのバックパッカーで、ときどき相方(わたし)に詰られたりして何かと大変だったと思うが、「今度は全然違う地方行くのもええかも」とか言うてるので、まあ良い旅だったのだろう。

 呼ばれたらまた行きたい。
 マリーさんと一緒か、ひとりでか、わからないけど。呼ばれたらね。

理想の老後の一例

(番外編につづく)

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