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今日は、雨

 朝から雨だ。
 昨日、テレビ局というテレビ局の、天気予報士という天気予報士が、こぞってこの雨を警戒するよう声高に訴えていた。もう昔のように、てるてる坊主の力で雨が止むことも、天気予報外れたーと怒ることもない。しっかり雨だ。

 10日ほど前、久々に爆発的歯痛に見舞われた。まるでそこに大きな心臓があって、ドキドキと激しく鼓動しているみたいだった。痛み止めを飲んで、冷やして、横になる。

 実は、実家の手伝いに帰省していた15日間の最後の数日だったのに、ここで寝込むと徒労に終わった感は否めない。
 疲れが出たんだね、と言われると、疲れてないと言いたいが、否定はできない。母より30近くも若いけれど、還暦を迎えた私にもガタはきてる。でも、実家では最年少だもん、頑張ってしまう。

 そんなわけで、雨の中、予約の歯医者へ向かい、患部の消毒と仮の詰め物を施してもらった。
「次は土曜日に。」

 支払いを済ませ、外に出る。
 ザーザーだ。

 濡れたくないのでとぼとぼ歩いた。風がなくて良かった。家までは5分。わずかに上り坂だが、たわいもない距離だ。

 見ると、前方に傘をさし、車椅子を押している人がいる。あ、傘を落とした。駆け寄るにはまだ距離がある。近づこうと早足になった。


 今回、帰省の帰りは父を伴い、羽田で初めて車椅子を依頼した。係の人がずっと押してくれたが、上りは大変そうだった。
 腰もまっすぐ、スッと立っている父は、どう見ても歩けそうなのだが、数十メートル歩くだけで、両足が痺れてしまうのだ。わずか数十メートルも、たわいもない距離ではない。上りの車椅子も同じだ。

 羽田までの機内で、父と隣り合って座った。いつもなら本を読んで時間を潰すが、珍しく話し込んだ。

「みみこ、いま書いているエッセイね、あれ、毎日書くと良いよ。」

 父は、横顔でそう言った。実は、今年、年頭にあたり、私は毎日エッセイを書くことを決意したのだった。しかし、書くということは、何かしら心が動かないと書けないもので、下手をすると日記で終わってしまう。

 三日坊主炸裂。

 そのことを父に話してはいなかったので、ちょっと驚いた。
 私が、うん、とだけ言うと、

「毎日が難しいなら、1週間に一本でも、なるべく同じ字数にまとめられると良いな。」

とも言った。そして、

「今の調子で。」と。

 あー、背中を押されてしまった、心はニヤリとする。

 前を進む車椅子が、何故か車道の中央付近を進んでいる。少し蛇行しているようにも見える。片手に持った傘と、わずかとは言え上り坂のせいで、思うように進めていないのではと思った。
 駆け寄ろうとした瞬間、
「こんなとこ、危ないじゃん。」
と男性が声をかけたのだ。
 その人は前方からきて、通り過ぎるのかと思ったら、車椅子の持ち手に手をかけて、そう言った。親切な人かと思ったが、たぶん息子さんだ。

 その人は、私の後ろを車椅子を押して歩いているに違いない。私は振り返らなかった。
 お疲れ様です、声には出さないけれど。

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