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1年間のマーケ職で考えさせられたメタ認知について

大学生活が終わりそうなので、ここ1年間くらいについてを振り返りながら成長とメタ認知の関係性についてNoteを書くことにしました。

※メタ認知=自身の客観化

自己で完結する判断、すなわち「自己判断」はメタ認知を下げるほど、フラットかつ瞬間的な正答率を引き上げることにつながってきます

意思決定時のメタ認知が強すぎると

「申し訳ない」「怖い」「失敗したら」

このあたりの負の感情がアクションのストッパーになり、成長、もっと言うなら初速が明らかに鈍化するという学びがありました。

自分にできるもの・できないもの、はたまた調べたら分かる・分からないのスコープ(定義)を定めることが重要な一方、結局「知らないものに挑戦する」というフェーズはどこかで発生するものだと思います。

元々自分は感受性が強いタイプなので、人に頼ったり聞くのが非常に苦手です。

「性格を他者と擦り合わせていく」という妥協案を取るのは簡単ですが、中長期的な視点で見たときに自分の枠を出て「人に頼らない」ということが多大な機会損失になるということは、前職や今の仕事で思い知らされています。

だいぶ根性論的な話にもなりますが、なにか動いて怒られる時は早いか遅いか、もしくは起きるか起きないかのセグメントで決定されます。

早い×起きるを取れれば、次の防止策を早めに学び、指導側というかふんぞり返る側に回れるという感覚で行動や判断軸が移行してきているような気がします。笑

一方、対人・対市場に関しては、メタ認知が非常に重要だということも、ここ一年で学んだことでした。

製品や自身のメタ認知を究極的に突き詰めることで、新たな提供価値の発掘・セグメントのどこに価値を発信すべきなのか・どうすれば他のプレイヤーも巻き込みつつ販促できるのか、キーマンはだれでどう相対することが吉かといった、

製品や自分自身の価値の上げ下げ、数多のプレイヤーが錯綜する市場でのポジショニング、 ブランディングの作り方が微量にも見えてきました。

まとめると「判断」という場面的な観点では、メタ認知を下げた決定を下すことが求められる一方、中長期の「スケール」という成長的な観点ではメタ認知を上げて何を取るべきかを決定していく、というのが最適解なのかもしれないというのが1年間での学びでした。

1年前は、「今の限られたリソースや持ち札でどれだけ”当たり”を引けるか」という言ってしまえば短絡的な判断をしており、現時点での正しいと思う判断の積み重ねが成長になるんだろうな、と考えていました。

最近は、正確なメタ認知をしつつ「事業はスケールさせていくもの・セルフイメージは高く持つもの」という認識を同時に持ち、今ある札で1番レバレッジが効くものを選択することが成長を引き起こすのでは、と考えています。

端的に言うと、望んだ目標に対して、考えられる中で1番頭のおかしい・ぶっ飛んでる選択肢を取ることが飛躍的な成長を生み出すという事かなと。

「安定は永遠に続かない」という父親の言葉の本質がようやっと見えてきた気がしています。

「想定を超えるレバレッジを求める」ことが、結果として新たなイノベーションや強い札を引き寄せて、その連続が自身の飛躍に繋がるものなのかも知れません。

大学生活有意義だったな〜という感覚からnoteを執筆してみました。もしかしたら留年してるかもだけど😼

最後まで読んでくれてありがとうございました

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