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伊勢崎町ウィンターブルース


初めて人を好きになった。

好きすぎて8ヶ月間、手を握ることすら出来なかった。

いや、好きの一言すら言えなかった。

当たり前の話、振られてしまった。

でも、その当たり前がどうしても信じられなかった僕は

この世界から消え去りたくなった。

本当にこのままだと

どうにかなりそうだった僕は

気づいたら

横浜は伊勢崎町にある

ハマヘル同好会(実名)という名前の

いわゆるそーゆーお店の

門を叩いていた。

「頼もー!」

とは言わなかった。

当たり前だ。

このとき

生まれて初めて女性の裸を見た。

生まれて初めて女性の肌に触れた。

生まれて初めて女性に愚息(BIG BOY)を触れられた。

でも、残念ながら、全く反応しなかった。

仕方がないから、タイマーが鳴るまで

何もしないまま、初対面の二人は

お互いに生まれたての姿で

ただ他愛のない話に興じた。

何を話したかなんてもちろん全く覚えてない。

でも、彼女が

「男の人なのに肌がもちみたいにツルツルで羨ましいわ」

って言ってくれたことだけはよく覚えている。

そして、そう話す彼女は、確かに、たぶん僕と同い年くらいのはずなのに、こういう仕事柄なのか、ひどく乾燥してカサカサな肌だったことも。

「また来てね」

「うん」

最後に明らかな嘘をついた僕は、少しだけ心がチクッとしながら、店を出た。

もうすっかり暗くなっていた空から

雪がひらひらと舞い落ちてきた。

街に青江美奈の伊勢崎町ブルースが流れる中、

僕は両手をそっと前に差し出して、それをすくおうとした。

しかし、美しい白い雪の結晶の塊は、僕の体温に触れたとたん、すぐに溶けてなくなってしまった。

そう言えば、僕が初めて好きになった人も

ユキ

という名前だった。

「これでようやく吹っ切れるかもしれない」

何となくそう確信した僕は、濡れた手のひらを固く握りしめて、クリスマスで賑わう商店街の喧騒の中へ飛び込んだ。


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