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家族になってきた

PM6:30

自宅の最寄駅についた僕は、なんとなく妻に電話をかけてみた。

すぐに出てくれた妻からの第一声は、くぐもったトーンでの

「どーも」

だった。

続いて、その言葉に被せ気味に息子からの

「家からだよ〜」

という声がスマホのスピーカーから聴こえてくる。

当たり前のことを言ってるだけなのに、

その瞬間、

「か、可愛い…」とふにゃふにゃに相好が崩れてしまう。

い、いかん。

これじゃあ、まるっきり親バカそのものじゃないか。

それから、妻が申し訳なさそうに、

「今日、◯◯がハンバーグを食べたいって言ってたから、食材を買ってはきたけど、さっき帰ってきたばかりでまだ全然作れてないの」

と状況報告してくれた。

そうだった。

今日は、昔住んでいた街まで片道1時間くらいかけて彼女が息子を習い事のドラム教室に連れて行ってくれる日だった。

そして、明らかにお疲れ気味な声色だったから、

「今日は作らなくていいよ。僕が宅配ピザを買って帰るから」

と伝えた。

実を言うと僕もまた下手したら家に着く前に事切れるのではと思うくらいクタクタに疲れ果てていたから、単にピザ以外の妙案が全く浮かばなかっただけなんだけど。

でも、妻は素直に有り難ってくれた。

問題は息子だ。

きっとすでにお母さんのハンバーグを食べる口になっていたはずだからね。

でも、しばしの沈黙の後、その息子の口から出てきたのは

「別にいいよ。実はピザ食べたかったし」

という予想外な一言だった。

でも、ああ、これはウソだ、と僕はすぐに気がついた。

うん、僕たちを困らせたくないためのいかにも彼らしい優しいウソ。

で、こんな風に二人とやりとりしている間に少し元気が出てきた僕は、無事に自宅近くの宅配ピザ屋さんに到着し、息子のリクエストのサラミとチーズだけのピザ(いわゆる男前ピザ)と僕と妻用に4種類の味が楽しめるピザ(いわゆる食いしん坊ピザ)をオーダーした。

そして、ピザが出来上がるまでの20分ほどの間、僕はさっきの何気ない電話でのやり取りを振り返りながら、

「ああ、僕らもなんとなく家族ぽくなってきたのかもなあ」

とちょっと感慨深い気持ちになった。

どうしてかというと、今回みたいに家族全員が調子悪かったり元気がなかったりしたときに(息子もおなかの具合が悪かった)、本当にごく自然に何の気なく、お互いがお互いのことを気遣う言動ができるようになったなあ、と思ったからだ。

おそらく3年前ならこんなふうには行かなかっただろう。

うん、あえて何があったかについては詳しく説明はしないけど、今の僕らの絆というか絶妙なチームワークは、この3年の間に容赦なく僕らに降りかかってきた大きな試練をみんなで肩寄せ合いながら力を合わせて乗り越えたからこその賜物だ

って僕は確信してるし、きっと他の二人もそんな僕の意見に賛成してくれるに違いないと思っている。

うん、これはあくまで僕の感想に過ぎないけれど、家族って、実は当たり前の存在なんかじゃ全然ないのかもしれない。

それこそ最初から家族だった人なんて一人もいなくて、むしろ永遠に家族になれないまま単に血の繋がった同居人で居続ける人もたくさんいるような気がしている。

そう、きっと家族というのは、気を失いそうなくらいの途方もない優しさとガッツを僕らがお互いに見せつけ合った挙句にようやく

辿り着ける

理想郷、のようなものだ

というのが少なくとも現時点での僕の家族観だったりする。

一方で、極めて甘口採点かもだけど、

うちは何だかんだ少しは家族に近づきつつあるのかもな

と家に帰って息子が頼んだペパロニとチーズだけの男前ピザを

「やっぱりこれが一番上手いなあ」

とパクつきながら僕は改めてそんなことを考えていたのだった。







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