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忌野清志郎さま

 あなたが旅立ってしまって、もう15年です。あなたの新しい歌が聴けなくなって、もうそんなにも経つのかと、改めて寂しさと驚きの気持ちです。
 わたしがあなたの声を聞いた、一番古くて鮮明な記憶は、中学生のころだったと思います。テレビで流れていたパパの歌です。リビングのテレビから流れる、のほほんとした曲調と歌詞に心奪われました。のんびりとした出だしから、ハイテンポになり、働くパパを讃える歌詞に胸が熱くなりました。
 大人になり、わたしはあなたのライブに行きました。あなたのライブに行く時は、いつも一人でした。誰かとこの思いを分かち合いたいという気持ちはありましたが、ひとりであなたの声を聴くだけでも、わたしは幸せな気持ちでした。「どうして、こんなに心に染みるような声が出せるんだろう」と、いつも思っていました。派手な化粧をして、髪の毛を逆立てて、派手な衣装をまとい、さらにド派手なブーツを履いたあなたは、本当にかっこよかったです。わたしはあなたの歌を聴くだけで元気が出たし、明日も頑張ろうと思えました。
 結婚してからも、あなたへの熱は冷めることなく続きました。ある時は、隣の県まで、泊まりでライブに行きました。ライブの後は、興奮冷めやらぬ心地で、ビジネスホテルでひとり、なかなか寝付けなかったことを思い出します。

 そんなあなたが、わたしにとってのヒーローが、まさかがんを患うなんて思いもしなかった事態でした。歌手にとって、とても大切な咽頭の、がんでした。それでもあなたは乗り越えて、完全復活を遂げました。あの時、わたしは本当にうれしかったです。再びあなたの歌を聴けると思うと、心の底からうれしかったです。
 それなのに、病魔は非情なものですね。あなたのがんは、転移をしてしまいました。わたしは、再び、あなたの復活を心から願いました。あの時、たくさんの人たちが、あなたの復活を心から願っていたと思います。

 2009年5月2日、訃報がわたしの耳にも届きました。わたしの娘がまだ1歳の頃でした。娘の顔を見ながら涙がこぼれました。もうあなたの歌を直に聴くことができないのかと思うと、心が押しつぶされそうでした。わたしにとって、あなたの歌は、とても大きな存在でした。
 その後、息子も生まれ、わたしは二児の母となりました。その頃、子育てと仕事の合間に観る、あなたのライブ映像がわたしの楽しみのひとつでした。

 ある時、少しの間、子どもたちに留守番をさせていたことがありました。家に帰ると、あなたの声が聴こえるのです。リビングのドアを開けると、子どもたちがふたりであなたのライブ映像を観ていました。子どもたちが、アニメでなく、あなたのライブ映像を観ていることに心底驚きました。
「清志郎、かっこいいね。」
帰ってきたわたしの顔を見て、目を輝かせながらそう言った、子どもたちでした。
「本当に、かっこいいよね。」
笑いながら、けれども少し泣きそうになりながら、答えたわたしでした。
 今でも、わたしも子どもたちも、あなたが、そしてあなたの歌が大好きです。つらい時、やる気の出ない時、楽しい時、嬉しい時、悲しい時、モヤモヤする時、どんな時でもあなたの歌はわたしの気持ちを後押ししてくれます。
 わたしは、あなたと同じ時代に生まれたことを幸運に思います。もっとあなたの声を直に聴きたかったけれど、それは叶わない願いです。けれども、あなたはたくさんの歌をこの世界に残してくれました。わたしは、ずっとずっとその歌を大事にしていきます。あなたがずっと伝え続けてくれた「LOVE&PEACE」を忘れずに、わたしはこれからも生きていこうと思います。

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