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冒険ダイヤル 第23話 迷子のおみやげ

歩道橋を渡った駿と絵馬はぶらぶらと看板を探して歩いていた。
途中でソフトクリームが売っている店を見つけたが、人通りが多くて看板を調べるのも勇気が要った。
「ちょっとここに立って、あたしを隠して」
絵馬に命令されて駿は大人しく看板の横に立つ。照りつける太陽のせいで頭頂部がじりじりした。
看板の裏にテープで貼り付けられた紙片を剥がしてふたりはそこに書かれた一文字を同時に読んだ。
「み?」
「み、だな」
特にこれといった感想もないのでそれきり黙ってしまう。
 
変な間があいた後に絵馬は上目遣いになって尋ねた。
「ねえ、お母さんにお土産を買ってっていい?」
そう言い出すのは時間の問題だと思っていた。この商店街は美味しそうなものが多すぎる。
駿は時計を見て「十分以内で」と釘を刺す。
こんなところで誘惑に負けていてはこの先が思いやられる。
 
ラスクのお店に吸い込まれていく絵馬を見送ってガードレールに寄りかかろうとしたが、あまりの暑さに金属が熱を持っていて触っていられないほどだった。
 
店の中は女性客であふれている。外にはそれを待っている連れらしき人たちがぼんやりと立っていた。
みんな一度はガードレールに乗ろうとしてやめているのがおかしかった。
 
待ちぼうけ組のうちのひとりがしゃがみこんだ。
よく見るとまだ小学校高学年くらいの男の子だ。彼はきょろきょろとあたりを見回して、不安そうに通り過ぎる人たちを見上げていた。
そのうちにラスクの店に入っていったが、すぐにまた戻ってきた。さっきよりも固い表情をしている。
 
灼けつくような暑さに、また少しめまいがして駿はペットボトルの水を何度も飲んだ。
絵馬と一緒に店に入ればよかったと後悔し始めたころ、さきほどの小学生がまたうずくまった。

「お待たせ、はい駿ちゃんの分。お金は後でいいよ」
絵馬がラスクの袋を二つ持って帰ってきた。
「頼んでないのに」
「家の人に今日は心配かけてごめんなさいって渡しなさいよ。学校休んできたんだからさ」
言い方は押し付けがましいけれど確かにそのくらいしてもいいかもしれない。絵馬の気遣いに感心した。
だがそれよりも気になっていることがあった。

「エマ、頼みたいことがあるんだけど」
駿はガードレールの側でしゃがんでいる男の子を指してささやいた。
「あの子の様子を見てきてくれないかな」
話を聞くと絵馬はすぐに男の子に近付いていって言葉をかけた。
駿は少し離れたところからそれを見守る。

やがて絵馬が小走りに戻ってきた。
「駿ちゃんの言う通り家の人とはぐれたんだって。携帯電話のバッテリーが切れて連絡できなくて困ってるって。なんだか具合が悪そう。熱中症かもしれない」
「冷房のあるところへ一緒に行こう」
ふたりは男の子を連れて近くの蕎麦屋に入った。

「すみません、冷たい水をもらえますか」
席につくと駿はまず店員にそう頼んで男の子に水を飲ませた。
顔が赤くなっているのは初対面の相手に照れているせいではなさそうだった。目がとろんとしている。
心配した店員が持ってきてくれた氷入りのビニール袋を首の後ろにあてて彼は壁に背中をくっつけてぼんやりしていた。
絵馬よりも背が低くて話し方が幼い。
 
店の前で家族を待っていたがいつまでたっても出てこないので置いていかれたのかと勘違いし、道の先までひとりで進んでしまったのだという。
しばらく歩いても家族に行き合わないのでまた同じ店に戻ってみたがみつからず、そんな時に限って携帯のバッテリーがなくなり、どうしていいかわからなくなった。
混乱しているうちに暑さで気分が悪くなってしまったのだそうだ。

「気分が良くなったらおれのスマホを貸すから家の人に電話しなよ。落ち着くまでここにいればいい」
せっかく入ったのに何も頼まないというのも気が引けるので駿と絵馬は一番安い盛り蕎麦を注文した。
「このお兄さんが奢ってくれるから何か頼んでいいよ、アイスクリームとか」
絵馬が勝手なことを言ったが男の子を安心させたかったのでうなずいておく。
彼はまだ本調子ではないらしく首を横に振り、黙って水だけ飲んでいた。

冷房のきいた店内で休んでいる内に彼は目の焦点が定まってきた。
ところがいざ電話を貸してあげると今度は青くなった。
「お母さんの電話番号がわかんない」
何度かかけたことがあるというが、体調が悪いせいなのか緊張のためか番号が思い出せないという。
「もしかしてこういう時のためにお財布か何かに番号のメモを入れてるかもよ」
絵馬に言われて「そうだった」と肩にかけていたサコッシュバッグの中をあわてて探った。
ICカードの入ったパスケースに携帯番号のメモが挟まっているのを発見した時には「おおおー!」と三人で声をあげてしまった。
 
何度か間違えながらスマホに家族の番号を入力し、ようやく通じたときには男の子は涙ぐんで声が震えていた。
電話の向こうで「もう動かないで!迎えにいくから!」と大声で言う声がテーブルを挟んでこちら側にまで響いてきた。
ひとまずこれで安心できる。 

「電話番号ってあまり覚えてないよね。携帯に全部入ってるし」
「だけどおれは親戚や友達のも全部覚えてる」
駿が言うと男の子はちょっと驚いて尊敬のまなざしを向けた。
「記憶力がいいんだね」
「いや、普通だろ」
そう言ってから駿は自分が携帯電話を持たせてもらったのが他の子に比べて遅かったことを思い出した。だから番号を覚える習慣がついていたのだ。
この子くらいの年齢から日常的に携帯電話を使っていたら番号を覚える気にはなれなかったかもしれない。
 
やがて駿と絵馬が蕎麦をすすっていると、保護者らしき女性がやってきた。お礼に蕎麦代を払うと言われて駿はあわてた。
「ただ一緒に座ってただけなので、お礼なんて別に」
女性が伝票を取ろうとするのを止めようとした駿の手は絵馬につかまれて膝の上に戻された。
「わあ、ありがとうございます。スマホ貸してあげて良かったね、駿ちゃん」
今までこんな笑顔を向けてくれたことがあったかというくらい満面の作り笑いで言われてげっそりした。表情筋の瞬発力が違う。
 
会計をしてもらっている間に男の子はふたりに小声でお礼を言ってから駿の顔をじっと見た。
「お兄さん、シュンていう名前なんだね」
それからサコッシュバッグの中から取り出した物を差し出した。
「さっき外で立ってたとき知らない人が話しかけてきて、シュンっていう人と会ったら渡してって頼まれた。中身は食べていいよって言われたけどちょっと気味悪かったから食べなかった」
それはビニール包装されたハート型のおせんべいだった。四角い海苔が巻いてある。

「あ、これSNSで見たことある」
絵馬が物珍しそうに眼の前にかざすと彼女の顔がほとんど隠れてしまうくらい大きかった。
「これくれた人ってどんな人?」
「普通の男の人だったよ」
もっと尋ねようとしたけれど男の子は手を引かれて出て行ってしまった。
残されたふたりはハートせんべいを前にしてうなった。
「どういう意味だ?」
せんべいのビニール包装にマジックでこんな文字が書かれていたのだ。

〈かいせん〉

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