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【連続小説】 冒険ダイヤル(8)                    ドーナツのドにネッシーのネ

(前回まで)ふかみは小学生のときに体験した謎解きゲームを回想している。今では音信不通の魁人が計画したものだった。


翌日は土曜日で学校は休みだった。爽やかな快晴で十二月にしては暖かく、絶好のウォーキング日和だ。八人の小学生たちはホームセンター前のベンチに集合した。
「ねえ亮君、これ、どうしても着けていかないとだめ?」
奈々美は恥ずかしそうに、手にしたビニール製の黄色いベストを見つめた。〈鶯町・環境保全〉という文字がでかでかと印刷されている。全員そのベストを着て片手にはビニール袋、片手にはゴミ拾い用トングを持っていた。
亮のお父さんは町内会の清掃ボランティアをしている。謎解きウォークラリーの話をして聞かせたら問答無用でこれらを人数分持っていくように命じられたのだそうで、亮はみんなに文句を言われてうんざりしていた。
「だって、子供だけで歩くならこうしたほうがいいってお父さんが…」
「まあいいじゃん。これ、謎解きカードを拾うのに便利だと思うよ」
大輔は亮の気持ちを軽くしてやるつもりなのか、トングをカチカチ鳴らしておどけた。

駿と魁人はみんなに地図を配った。ふたりが綿密に調べ上げた現地情報が細かく書き込まれ、時刻表があるのがいかにも鉄道ファンという感じだ。昨日の夜までかかって作り上げたという。魁人のどこからそんなに情熱が湧いてくるのか、授業中のぼんやりさ加減を知っているクラスメイトとしては不思議で仕方ない。
「もし途中でどうしても中断しなきゃいけないことが起きたら伝言ダイヤルで伝えて」
駿が野田さんに頼んだ。
「わかった。あんたたちも気をつけてね」

野田さんは毎年学級委員に選ばれる生徒で、とにかく度胸があった。先生に対しても強く意見を言えるほど大人びたところがあり、尊敬の念をこめて彼女だけ仲間からもさん付けで呼ばれている。
駿は自転車を押してみんなを最初の電話ボックスまで案内した。六人が隠したカードをふたりだけで探すハンデを補うためと、何かあったときのために一人は自転車を持って行くべきという野田さんの意見にみんなが賛成したからだ。ふたりは朝のうちにコースを回り、カードを隠し終わっていた。

駿と野田さんは互いの腕時計の時間を正確に合わせた。
「じゃあ少し早いけど始めようか。謎解きウォークラリー開始!」
ふたりに見送られて六人は歩きだした。

鶯町は標高の低い国道と高台の駅の間に挟まれた丘陵地帯で、大半が静かな住宅地だ。十年ほど前は畑が多かったそうだが最近は若い家族向きの新築が増えている。
古代古墳が発掘された場所がいくつかあって、そのあたりは歴史遺産を保存するために整備された公園になっていた。また自然公園と隣接した市民館があり、人口が多い割には緑地帯が残っている。それらの高い樹木は紅葉の季節を過ぎていて少し物寂しかったが、住宅地の生け垣には真っ赤な椿の花が咲いていた。

子供たちは地図を見ながら最初の目的地の酒屋へ向かった。
スタートした地点は地図の右下、南東の端の国道。
そこから緩やかに坂を登って西へ向かうと最初の連絡地点の酒屋があって、さらに緩やかに西へ登るとスーパーがある。
次のコースはスーパーから東へ折り返して坂を登った先の幼稚園まで。
今度は西へ向きを変えて幼稚園から古墳公園へと登る。
魁人と駿が言っていたスイッチバックというのは、こんなふうに急な傾斜を緩やかなルートで登るために、反対の方角へ折り返しながらジグザグに登っていく鉄道線路のことなのだそうだ。

古墳公園からまた東へ方向転換して市民館へのなだらかな上り坂。そこからはごく緩い下り坂を東へ進み、ゴールの小学校に行き着く。
いびつで凹みの浅いMの字を横に倒したような形にマーカーで道順をなぞってあった。
こうしてみるとスタート地点から無理をして北へ急坂を登ればゴールまではそれほど遠くはなかった。
通過地点の目印や、トイレの場所、座る場所、自動販売機までていねいに書いてある。この几帳面な字はおそらく駿のものだろう。

厚手のジャケットを羽織っていた子たちは歩いているうちに汗ばんできて上着を脱いだ。天気予報より暖かくなりそうだ。
すぐに一枚目のカードがみつかった。駐車場のフェンスの網目に赤い折り紙が挟まっている。ひらがなで〈い〉と書かれていた。

植え込みの下などをしゃがんで探していると、翔太は通りかかった白髪のおじさんに「校外活動なの?」と訊かれた。ドキッとしたけれどうなずいてごまかした。
「ゴミ拾いするなんて偉いね。がんばって」とあちこちで大人に声をかけられた。黄色いベストを着ていなかったら物陰を覗き込んで歩く小学生たちはきっと怪しまれたに違いない。亮のお父さんはこれを見越していたのだろうか。

「せっかく道具持ってるんだし、本当にゴミ拾おうかな」
奈々美は空き缶やパンの包装ビニールなどを拾い始めた。やってみるとゴミの多さに驚く。
さらに自動販売機の敷石にもう一枚カードが貼り付けられているのを発見した。
カードは目立つ赤色をしているし、塀やガードレールなど意外にみつかりやすい場所にこれみよがしに置いてあり、簡単にみつけることができて拍子抜けした。しかしいつの間にかみんなゴミ拾いに夢中になって酒屋の前の公衆電話にたどり着くともうほとんど時間切れになっていた。
みつけたカードは〈い〉〈し〉〈あ〉〈ん〉の四文字。全く意味がわからない。

「最初から簡単にわかるわけないか」
野田さんはクールにあきらめて171をダイヤルした。
公衆電話の使い方は魁人にレクチャーされていたが、初めてなので物珍しく、六人は興味津々に受話器のまわりに集まって耳を澄ませた。自動音声の案内に従って、あらかじめ決めておいた駿の家の電話番号を使ってメッセージを録音する。三十秒以内におさめなければならない。

「えー、野田です。い、し、あ、ん、の四枚をみつけました。これだけじゃ全然解けないよ。残りの文字を教えて。ゴミ拾いもちゃんとやってるよ。あんたたちもやりな」

酒屋の隣にお寺があり、境内と小さな公園がつながっている。みんなは古びたお堂の階段に座って休んで次の連絡時間を待った。
「ここに着いたのってぎりぎりだったね。もう少しペースを上げて歩くのがいいかも」亮が言った。
「三人ずつ左右に分かれてそれぞれ道路の片側を探すのはどう?全員で同じところを探すよりいいんじゃないかな」
大輔の提案でグーパーじゃんけんをして二手に分かれることにした。

時間になったのでもう一度171をダイヤルする。今度は深海が受話器を握った。
魁人の能天気な声が聴こえる。
「こちら魁人でーす。全部みつからなくて残念だったね。残りの文字は〈ど〉と〈ね〉。ドーナツのドにネッシーのネ。全部あわせて六文字だよ。がんばって考えて。んじゃまた」
ブツッと切れる。
深海は急いで手帳にメモした。
 〈い・し・あ・ん・ど・ね〉
「全然わかんない」
奈々美は足をぶらぶらしてメモを隣に回した。
「ねんどしあい、粘土試合、とか?」翔太が言った。
「なにそれ?」とみんな笑う。
「待って、わかった。い・ん・ど・あ・し・ね?意味はインドア派…」と言いかけた翔太を野田さんが遮った。
「違う違う!駿がついてるのにそんな言葉使うわけない」
「だよね」「駿ちゃんは言わないね」奈々美と深海も口を揃えた。

ルールにしたがって四枚のカードをお堂の階段脇や灯籠などに隠した。土に埋めたり何かをかぶせたりしてはいけない、風で飛ばされないように固定する、というルールなのでマスキングテープで貼るか重石をのせておく。
それから一同は次の目的地に向かってまた歩き始めた。このあたりは通行人は少ない。今度は手分けしたのが功を奏して六枚のカードがみつかった。
 〈だ・す・ま・か・る・が〉
「これで全部かな?」
「これ、なんだと思う?」
「かすが・だるま…春日だるま?」
「そういうだるまがあるの?」
「なんとなく言ってみただけ。どこかにありそうな気がしない?」
「昔のアニメにガルマっていうキャラクターが出てくるんだけどさ…」
「違う違う」翔太の言葉を野田さんがまたしても遮る。
 
残念ながら有力な答えは出なかったので、スーパーの公衆電話にたどり着くと翔太は悔しそうに171に伝言した。
「もしもし翔太です。みつけたカードは六枚で、だ・す・ま・か・る・が。全然解けないよ、ごめん、ぼくトイレに行ってくるね!我慢してたんだ」と言って電話を切るなり、勢いよくスーパーのトイレに駆けていった。みんなも笑いながらトイレへ向かった。

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