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走れ走れ俺のヒーロー

教室のドアが蹴り破られる。
黒い覆面に顔を隠し、戦闘服のようなものに身を包んだ集団が教室に傾れ込んでくる。
彼らの中の1人が、俺の隣の席の女の子を人質にとる。
「動くな!大人しくしろ!少しでも動けばこいつが死ぬぞ!」
冷たく光るナイフが、彼女の喉元に突き付けられる。
先生やクラスメート達が恐怖に震えながらも、彼の指示に従い、教室には歪な静寂が漂う。
その瞬間、俺はすぐ隣に立つ女生徒にナイフを突きつけているクソ野郎にハイキックを喰らわし、彼女を救う。
その他の悪者達はその様子に唖然とする。
俺はその隙を見逃さない。
1分も経たない内に残りの奴らをフルボッコにして、俺はこの学校を救う。

「キーンコーンカーンコーン…」

チャイムが鳴った。
授業の終わりだ。
妄想に浸っていた彼は、現実に引き戻される。

彼は時々そのような妄想をする。
妄想の中で彼はヒーローになる。
まるでコミックの世界のヒーロー。
彼は知っている、現実にはそのようなヒーローなどいないことに。
しかし、いやだからこそ、彼はそういった想像を膨らませてしまう。

しかし、ヒーローにはなれなくても、彼は現実でも、できる限り”いい奴”であろうとした。
重たい荷物を持っている人がいると進んで荷物を持ったし、財布が落ちていると迷わずに交番に届けた。人からの頼み事は断らなかったし、とにかく人を助けることに精力的だった。

そんな彼にある日、大きなチャンスが訪れる。本物のヒーローになるチャンスが。

塾からの帰り、夜9時半。季節は秋。もう既に闇に包まれた帰路。突然悲鳴が響き渡る。
彼は何事かと声のした方に目を向ける。
狭い路地の際に、1人の女性が刃物を持った男に襲われていた。
女性は腕を切られており、傷口からは血が滴り落ちている。
刃物を持った男が彼に気づき、それを振り回しながら近寄ってくる。 

彼は悟った、今がその時だと。ヒーローになる時だと。

この男を倒して、彼女の傷口にハンカチを当てて、「大丈夫ですか?」と声をかける。そして警察に表彰され、テレビに映って「当然のことをしたまでです」とか謙虚な事を言ってさらなる称賛を浴びる。完璧だ。

俺ならできる。やってやる。本物のヒーローになってやる。

心の中で意気込む彼。そしてついに行動する。

「おおぉぉーーー!!」

彼は叫びながら、その男に向かっていった。
そして放つ、渾身の右ストレート。 
しかし男は彼の攻撃をかわし、彼の肩口を刃物で切りつけた。

傷口はそこまで深いものではなかったが、彼は自身の右腕に力が入らないのを感じた。
そして、肩から腕にかけて流れ落ちる赤黒い自分の血を見て、心が圧倒的な恐怖に急速に支配されていくのを感じた。

「ああ、ああ、、、」
情けない声が出た。

その次の瞬間、彼はその男から背を向けて、逃げた。

潔すぎて、むしろ清々しいほどの逃走。

彼はきちんと走ることさえできていなかったが、それでも出来るだけ速く逃げた。

男は追っては来なかったが、数十秒後、女の人の悲鳴が彼の背中を追ってきた。彼は彼女の恐怖と痛みを鮮明に感じた。

それでも、もう彼は振り返らない。振り返ることなどできなかった。

彼はただひたすらに逃げた。

走る走る俺のヒーロー。
逃げる逃げる俺のヒーロー。

ああ、俺はこんなにも人間だったのか。
ああ、俺はこんなにも弱かったのか。


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