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”贈与”ってなんだ?



世界は贈与でできている―資本主義の「すきま」を埋める倫理学― 著:近内悠太

えぐい本に手を付けてしまいました…めちゃくちゃ刺さったけど、理解が追い付かない…哲学ムズイいい。整理のために書いてるので、解釈不一致だらけかもです。。

本書の内容

”贈与”とは資本主義にのっとった”交換”の違いと関係性を説いた本。
贈与とは資本主義において、いびつながらも美しい行為である。
過去に誰かから享受していた贈与を、今この瞬間でそれに気付いた人が、返礼する義務感のもと、伝えるべき対象に伝えるための生命力を持って贈与する。
例で言うと、親の子育てや、過去の発明や遺産である。

気付き

・自分は贈与をしているつもりで、交換を望んでしまっていること
・贈与に気づくためには、アノマリーに気づく必要がある。
そのためには、求心的思考で当たり前の原則を知らなければならない。
・Will・Can・MustのMust
=贈与論に基づく使命
=何者かによって自分が得たことを誰かに届けること

贈与について

・贈与の差出人として

自分は誰かに共有したいという欲求が強いと思います。それを今までは承認欲求が強いからと思っていましたが、別の要因もあると納得しました。本書の”使命感”はかっこよすぎますが、潜在的に使命感を感じていたのだと思います。飛躍すると、成し遂げたいこと(Will・Can・Mustの重なり)は過去の経験・知覚からしか生まれないのかなと思います。

一方、贈与を相手にアピールする行為は、質の悪い交換になってしまっている、つまり、相手に返礼の義務を強いている行為だという内容が響きました。気付かれないからこそ成立する贈与の美徳を感じられる人でありたいです。

・贈与の受取人として

僕はどんな”贈与”をいただいたのか。日本の安全・食、家族愛・友達…めちゃくちゃもらってます。
タイムリーな話で言うと、弊社の福利厚生の話があります。正直、満足していなかったですが、新卒全体でかかった費用を見積もるとえぐい額になってました。そこで初めてありがたみを感じました。
”贈与”に気づくことから始まるのとおり、当たり前だと感じている享受を見つめなおすことから始めたいです。


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