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本を楽しむ。

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読書した記事のまとめ。小説、漫画を含みます。
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記事一覧

少しずつ沈み込む「新世界より」

2008年に刊行された貴志祐介氏の作品「新世界より」を読みました。日本SF大賞受賞作。文庫本だと上中下巻の三部作で少し長めですが、作中でのある出来事を境に世界観がガラリと変わり、少しずつ明らかになる真実に徐々に引き込まれ、気付けばドロリとした質感を味わえるほどの没入感でした。 描かれる舞台は1000年後の日本。皆が核兵器に比するほどの超能力を使える世界。本作の始まりは、10年前に起こった惨劇を繰り返さないように、生き残った主人公がさらに1000年後の人々へ自身の経験を書き残

貧困問題へ切り込む 「護られなかった者たちへ」

2018年に刊行された中山七里氏の書籍「護られなかった者たちへ」を読みました。2021年に映画化されています。感想を一言で表すと「とても切ない」。本作では、読者に対してスケールが大きな社会問題が提示されます。なんとかできないだろうか、と考えさせられるとともに、なんともできない虚しさを感じる話でした。 主人公は宮城県警捜査一課の刑事。仙台市の保健福祉事務所課長が空き家にて死体で発見されるシーンから始まります。手足はガムテープで何重にも巻かれ、口も塞がれています。身体全体の筋肉

どうかしてる! 「道化師の蝶」(円城塔)

2011年に発売された円城塔氏の書籍「道化師の塔」。芥川賞受賞作。私が読んだのは10年近く前で、私にとって初めての円城氏の作品でした。読んだきっかけは、電子書籍で無料試し読みができたから。特に期待せずに読み始めましたが、冒頭から遥か遠くに意識が持っていかれました。最初に書いておきますが、私はとても好きな本です。ただしものすごく苦手(というか読んでられない)という人の方が多いと思いますのでご注意を。 以下のような始まり方をします。 これが2ページ目に現れます。一体何を言って

心をかき乱される読書体験 「そして、バトンは渡された」

読書体験には2種類ある。ひとつは、別世界を体感するもの。もうひとつは、自分の体験を思い起こさせるもの。 私は子どもの頃から今に至るまで、前者を感じさせてくれる本が好きでした。小学生の頃は偉人の伝記や怪盗ルパンシリーズ、星新一、中学生で筒井康隆、高校生で村上春樹。どこか遠くに連れて行ってくれる感覚。ストーリーは忘れても、まさに「夢中」にさせてくれる本が好きでした。 さて、瀬尾まいこさんの「そして、バトンは渡された」を昨日読み終わりました。文藝春秋の作品紹介を記載します。

「積極的な失敗」のススメ

今回は、ジャーナリストであるマシュー・サイド氏が記した書籍「失敗の科学」(英文タイトル Black Box Thinking: The Surprising Truth About Success)をご紹介します。医療や航空、司法、スポーツなどの様々な業界において実際に発生した事故や誤りを取り上げ、それらが発生する具体的な要因を見ていきながら、業界の枠を越えて陥りがちな思考傾向や、どのようにして改善していくかを深掘りした本書。特に参考になった点のみ記載します。 まず、興味深

サンデル教授が導く「正義」への足掛かり

NHKでも放送された、ハーバード大学教授であるマイケル・サンデル氏の人気講義「Justice」を2010年に書籍化した「これからの『正義』の話をしよう」。私が読んだのは2014年で、ちょうど10年が経ちました。勉強になるとともに、自身の思想について私が最も考えさせられた本です。 本書では実際に起こった具体的な事例や思考実験を提示しつつ、歴史上の様々な哲学者による「正義とは何か」「人はどう生きるべきか」「社会はどうあるべきか」といった思想が解説されます。単に思想を解説するのに

「サピエンス全史」で読み解く現代世界の成り立ち(ただし上巻のみ)

約250万年前から始まる人類の歴史のうち、約15〜20万年前に登場したホモ・サピエンス(現生人類)の歩みを解説した良書。2011年の刊行以来、世界で累計発行部数2500万部、日本でも150万部を超えるベストセラー。著者はイスラエルの歴史学者であるユヴァル・ノア・ハラリ氏です。まず、本書の紹介文はこちら。 私が本書を読んだのは3〜4年前。本屋で少し立ち読みした際、語り口の軽妙さと内容の密度に引き込まれ、即買いしました。本書の日本語副題は「文明の構造と人類の幸福」とあるように、

原田マハとサイハテの旅に出る

年末に、原田マハさんの「さいはての彼女」を読んだので記事にしてみます。この本は、4つの短編から構成されます。年末年始に楽しい旅行へ出掛けた方も多いと思いますが、この本での共通テーマは「旅」、ただし始まりはとても後ろ向き。旅先での出来事を通じ、主人公が見えている世界も変わっていきます。全体に優しい空気が流れており、一人旅も良いかも、と感じさせてくれます。本書のタイトルでもある「さいはての彼女」の冒頭にて、主人公が「有能な秘書」から鮮やかに裏切られるシーンで笑いました。Good

安定の「葬送のフリーレン」

元旦ですが、全く関係ない話題を。好きなテーマを思いつくまま書いていますが、漫画・アニメも好きな分野です。いくつかの漫画を並行して読んでいますが、いまは「葬送のフリーレン」を漫画アプリで読みながら癒される日々。2023年はアニメ化もされ、YOASBIのオープニングも話題になったと思います。 タイトルに「安定の」と書いた理由は、1話1話が練り込まれたストーリーであり、丁寧な背景設定や伏線回収も見事。また登場人物は、チョイ役であっても敵役であっても魅力的。我らがヒーロー、勇者ヒン

「とんこつQ&A」で味わう今村夏子

今年初めて読ませていただいた作家さんです。タイトルの緩さに吸い寄せられ、気楽な気持ちで読み始めました。最初は緩やかに始まるのですが、なんとなく違和感を感じ始め、「やっぱりおかしいな」と気付いたら既に逃げ場が無い感覚。いつからおかしかったんだろう…と考えると、ゾーっとします。独特の読後感。とても好きになりました。 本書は4つの短編から構成されます。話として好きなのは表題である「とんこつQ&A」、リアルで怖いのは「良夫婦」、最後にジワジワ怖いのは「嘘の道」。共通した面白さ(=怖