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蜜月



ありがとう
水筒をコトンと置いて
十五歳の息子は言った
ここ数年
胸の内を占領していた固まりに
亀裂がはしり
静かに崩れ落ちていく

同じ家の中で
N極の息子とN極のわたしが
同じテーブルに座っている
コップが倒れ
ソースがこぼれる
息子の円周とわたしの円周は
けっして
触れ合わず
交わらず
本日の栄養素が
その効能書のままに摂取される
十三歳の息子だけが
理科の実験のように食事をする

地軸がいつの間にかずれ始め
わたしたちは
日ごとに磁力を失う
細かな砂の舞うひなたで
足を投げ出し
ザラザラしたお茶を飲む
ふと目をやれば
十三歳の息子は
払っても払っても寄ってくる
砂鉄の中にうずくまっている

あれは痛いんだ
そう 痛かったのね

昨日のことは 忘れてしまった
明日のことは 分からない
三人で 今日の蜜月を手のひらの上で慈しむ

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