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突然ですが、餃子の話です。

国民の家計収支の実態を把握し、国の政策に資するために総務省が行っている統計調査があります。近年我々はこの調査で、宇都宮・浜松・宮崎の餃子の消費量日本一決定戦(趣旨が違う)を目にします。

調理食品の分類の中の一つとして餃子が調査対象となったのは1987年からで
調査の対象は以下のとおり
◎対象
・小売店の調理済み、または焼くだけの生餃子
・テイクアウト専門店
ーーーーーーーーーーーーーーーー
×対象外
・ラーメン、餃子店でのテイクアウト(生・冷凍問わず)
→外食分類の「中華食」に含まれる
・家庭での手作り餃子
→具材の話になっちゃう
・冷凍餃子
→「冷凍調理食品」っていう項目に含まれる


報道のイメージでは、餃子全体の消費量で競っている印象を持ちますが、
実はかなり限定された消費項目のランキングなのです。

なぜなら総務省は家計収支と消費の実態を調べるために統計を取っているのであって、優劣をつけることは目的としていないからです。
家計調査の調理食品の項目を並べてみると、「弁当」「すし(弁当)」「おにぎり・その他」「調理パン」「他の主食的調理食品」「うなぎのかば焼き」「サラダ」「コロッケ」「カツレツ」「天ぷら・フライ」「しゅうまい」「ぎょうざ」「やきとり」「ハンバーグ」「冷凍調理食品」「そうざい材料セット」「他の調理食品のその他」
となっていておよそ都市対抗を目的とした調査ではないとよくわかります。

宇都宮市 単独王者期

餃子が調査対象となった1987年から宇都宮市は長らく日本一を誇っていました。
元々宇都宮市には餃子のお店が多く、市民に親しまれていた食べ物ですが、
当初は地元でもこの副次的に表れる数字が注目されることはありませんでした。

ところが90年代以降に地域おこしに餃子を取り上げる動きが始まり、2001年に宇都宮餃子会が設立されます。
この頃から「餃子の街 宇都宮」というブランドイメージが少しずつ広がり、宇都宮市民にも統計結果が認識されていきます。

以下、2007年までの宇都宮単独王者時代の支出額です
年  支出額(全国) 支出率(全国)
2000 3,443(2,460) 0.35%(0.25%)
2001 4,074(2,423) 0.44%(0.26%) →宇都宮餃子会設立
2002 4,625(2,495) 0.48%(0.27%)
2003 4,964(2,438) 0.54%(0.26%)
2004 4,320(2,345) 0.45%(0.25%)
2005 4,710(2,245) 0.51%(0.25%)
2006 5,654(2,307) 0.60%(0.26%) →ライバルの出現
2007 5,381(2,246) 0.60%(0.25%)

※カッコ内は全国平均
※支出率は全食品の支出に占める餃子の割合(筆者が総務省データから計算)

2001年以降は2位以下を千円以上引き離しての圧倒的な1位です。
支出率から見ても食費全般が肥大化した結果ではなく、餃子を食べる機会が非常に多いことが伺えます。外食を含めなくても、これだけの額と割合になるのは宇都宮市民と餃子の親和性が高いからかもしれません。
しかし、2006・2007年の支出額は少し異常とも言える高い数字です。
全国平均の倍以上、2位からも2千円以上引き離しています。これはライバル浜松市の登場が影響していると考えられます。

ライバル浜松市の出現

浜松市の参戦の歴史はざっとこんなかんじ
2005年 市内飲食店経営者の有志で「浜松餃子学会」を設立、
    宇都宮市に並ぶ餃子の街を目指す宣言
2006年 浜松餃子マップ完成&市長へ報告
    市長「生産量は日本一間違いなし、独自の統計調査やろー」
2007年 独自の統計調査の結果、「日本一宣言」
    政令指定都市になる
2008年 家計調査開始

2008年からの総務省による正式な家計調査の発表を待たずに、独自の調査で日本一を宣言した浜松市。これは明らかに宇都宮市への宣戦布告でした。

ただし調査方法は、2006年9月に164世帯(世帯人数643人)に対して、
手作りや冷凍食品を除いた持ち帰り餃子など家庭で食べられる餃子を対象に調査、という内容でした(静岡新聞・2007年2月20日記事)。
店舗の持ち帰りを含めてしまってはまったく比較対象にはなりませんが、浜松餃子学会はこれをもって日本一を宣言しました。宇都宮餃子会の事務局長は静岡新聞の取材に対し、

「悔しいのではなく、宇都宮と浜松の市民がそれだけ餃子を好きだということが喜ばしい。全国の餃子の愛好者が増えるよう頑張っていきましょう」

とエールを送っています。調査方法の違いに目くじら立てることなく、ライバルの出現を歓迎しています。実に冷静で大人な態度です。
しかし一方で、家計調査の結果は正直でした。数字の上では宇都宮はライバルの出現にすでにアツくなっていたのです。

仁義なき戦い ~宇都宮×浜松~

宇都宮と浜松の激闘の軌跡の開幕は2008年――—――
1位 宇都宮市 4,706(0.51%)
2位 浜松市  3,665(0.40%)
ーー 全国平均 1,837(0.20%)
※カッコ内は全食品の支出に対する餃子の割合

初対決は王者が実力を見せつけました。千円以上の差は圧勝と言っていいでしょう。
まだ浜松市民には、餃子対決熱と家計調査のレギュレーションの理解が浸透していなかったのかもしれません。これで浜松市民の気持ちに火がつくかどうか…翌年の結果次第で浜松餃子学会の威信に関わってきます。

2009年
1位 宇都宮市 4,187(0.46%)
2位 浜松市  4,137(0.45%)
ーー 全国平均 2,055(0.23%)

50円差の大接戦で宇都宮市が日本一を死守しました。
生じうる誤差を考えればどちらが勝ってもおかしくなかったと言えます。
浜松市民もコツをつかみ、対決熱も浸透したのかもしれません。

2010年
1位 宇都宮市 6,133(0.63%)
2位 浜松市  4,754(0.54%)
ーー 全国平均 2,119(0.24%)

今度こそはと自己最高額を叩き出した浜松市でしたが、
昨年の結果に危機感を覚えたのか宇都宮市も同じく自己最高額で挑戦者を圧倒しました。それにしても6千円超というのは全国平均の3倍近くの額で少し異常な感じもします。
外れ値とまでは言えませんが、この振れ幅には長年の王者の激しい熱意を感じずにはいられません。この闘いはこれからどこまでエスカレートしていくのだろうか…という懸念を感じさせた2010年でしたが、
この発表の1か月後、餃子どころではない事態が発生します。

2011年
1位 浜松市  4,313(0.48%)
2位 宇都宮市 3,737(0.42%)
ーー 全国平均 2,181(0.25%)

言うまでもなく2011年は東日本大震災の年であり、東北に隣接する栃木県は少なからぬ影響を受けました。特に3月の購入額は激減したようです。
初の王者となった浜松市ですが、浜松市長は震災の影響を指摘し、

「両市で日本のギョーザ文化をリードしていきたい」

とエールを送っています。
これ以降、宇都宮・浜松の餃子対決は両市の一騎打ちによる勝ち負けが
繰り返されます。2012年から2020年までの星取表は以下のとおりです。

年  1位       2位
2012 浜松市 (4,669) 宇都宮市(4,364)
2013 宇都宮市(4,921) 浜松市 (4,155)
2014 浜松市 (4,361) 宇都宮市(4,190)
2015 浜松市 (4,646) 宇都宮市(3,981)
2016 浜松市 (4,819) 宇都宮市(4,650)
2017 宇都宮市(4,259) 浜松市 (3,580)
2018 浜松市 (3,501) 宇都宮市(3,241)
2019 宇都宮市(4,358) 浜松市 (3,504)
2020 浜松市 (3,765) 宇都宮市(3,694)
餃子はこの2都市でしか存在しないのか?と思わせる戦い

この間、両市は餃子の街としての活動を積極的に行いつつ、首位奪還(もしくは維持)のための活動にも熱心でした。
前述したとおり、この調査結果は餃子の街としての優劣を示す客観的な数値ではありません。
しかし、ランキングで得られる日本一の称号は話題喚起に欠かせないものとなってしまっています。
我々外野は毎年の発表を面白がって見ていた反面、当の市民はどうだったのでしょうか。外食で餃子を楽しんだ帰りになおスーパーでも餃子を買い求めているのではないかと勝手に想像してしまう筆者。彼らは一体何と闘っているのだろうか

何十万世帯の中の各96世帯の動向如何で決まる数字ですが、
この96世帯の支出を押し上げるためには、全市的なムーブメントがないと結果は出せません。
一地域の傾向を知る調査世帯数として十分なサンプルとは言い難いものはありますが、標本調査でも全数調査でも、やるべきことは同じなのです。

長年の激闘の末、さすがに自己最高記録を目指すような姿勢は統計からは見受けれられなくなります。
しかし両市の餃子の街としての知名度は上がり、家計調査の数字は受け止めつつも、双方ブランド力の維持拡大に目が向くようになって行きます。

2017年に宇都宮市は3年ぶりに日本一に返り咲きますが、その際、宇都宮市長は

「順位に一喜一憂するものではないが、市民と積み重ねてきたまちづくりの賜物だ。引き続き、ギョーザを核とした観光振興を推進していきたい」

と語っています。すてきだ。
コロナ禍に入り、宇都宮と浜松は闘いから共存関係へと変わって行くかに見えた矢先、新たな挑戦者が現れ、餃子日本一の争いは新展開を迎えることになります。

宮崎市参戦 ~新時代編~

2021年
1位 宮崎市  4,184(0.47%)
2位 浜松市  3,728(0.39%)
3位 宇都宮市 3,129(0.33%)
ーー 全国平均 2,093(0.22%)

2022年
1位 宮崎市  4,053(0.45%)
2位 宇都宮市 3,763(0.37%)
3位 浜松市  3,434(0.36%)
ーー 全国平均 2,017(0.21%)
※カッコ内は全食品の支出に対する餃子の割合

コロナ禍で消費が落ち込む中、BIG2の戦いに割って入って来たかに見える宮崎市。実は突如現れた一発屋のダークホースではなく、虎視眈々と王者を狙う第三極にずっと居続けた存在でした。

2000年からのデータでは、宮崎市はこの23年間で5位以内は18回、3位以内は8回と、好成績を収めています。2008年以降の平均支出額は以下の通り

宇都宮市 4,220円
浜松市  4,068円
宮崎市  2,927円

ただし、宇都宮と浜松とは1,000円もの差があり、
ブロンズコレクターの域を出ないようにも見受けられます。

しかし、支出率で見てみると少し趣が変わってきます。これまでも全食品の支出に対する餃子の割合で支出率を出してきましたが、宮崎市も含めて2008年以降の平均は

宇都宮市 0.45%
浜松市  0.44%
宮崎市  0.35%

やや水をあけられていますが、ランキングでは過去23年間で5位以内を外したのは2012年のわずか1回だけでした。支出率1位はまず2000年に宇都宮を押さえており、2012年を除き2017年までは2位か3位をキープ、2018年に再び1位となっています。
そして2020年の成績を宮崎市を含めて見直してみますとこうなります。

2020年
浜松市  3,765(0.40%)
宇都宮市 3,694(0.39%)
宮崎市  3,669(0.41%)

支出額で3市は僅差で並んでおり、支出率では宮崎市がトップになっています。支出率が高い=食卓に上がる割合が高いと考えられ、飽きずに食べる習慣がある、と推測ができます。

支出額より支出率の方が好順位になるのは、全食品の支出額がそもそも低いことも意味します。実は宮崎市の2008年以降の食費の平均は826,210円で
52都市中ワースト2位なのです。

ちなみに
宇都宮市 947,863円(8位)
浜松市  928,608円(16位)
全国平均 925,714円

全調理食品のランキングでは、
2位   浜松市 (137,040円)
17位 宇都宮市(122,247円)
37位 宮崎市 (107,857)

全国平均  115,754円で、浜松市は調理食品消費の延長線上に餃子もあると言えます。宮崎市はとにかく餃子の支出だけが突出しているのです。

「(元々ポテンシャルの高い市町村であれば)頑張ればそれなりの数字が反映される」

統計を動かすには日常を支配するような影響力が必要で、それを支えるポテンシャルが宮崎市にはあった、ということなのでしょう。

かつて宇都宮市の関係者が家計調査の数字から町おこしを思いついたように、宮崎市の誰かがこの数字に気づき、日本一を目指すことが可能と判断したのではないかと想像します。

宇都宮餃子会、浜松餃子学会に対して2020年に宮崎市ぎょうざ協議会が設立されます。宮崎県はキャベツが高鍋町で生産量トップ、豚の飼育頭数が全国トップクラス(協議会WEBサイト参照)であり、県内の農畜産業を挙げての町おこしを目指していることが大きな特徴です。

宮崎市は初の日本一の栄冠に驕ることなく、翌22年にはコロナ禍にもひるまず宮崎ぎょうざEXPOを開催しました。
また、毎月3日を餃子の日として消費を喚起するなどの努力を重ね、2連覇を成し遂げました。かつての宇都宮、浜松のそれを彷彿とさせるものがあります。町おこしとしての餃子の街はBIG2からBIG3の時代に入ったようです。

家計調査は全国の世帯の消費実態を知る上で大いに活用可能な統計データであることは言うまでもありません。餃子消費額の都市別集計が餃子の街の優劣を示す客観的な数字でないことは前述したとおりです。

しかし、我々はこのランキングを面白がり、日本一を競う当事者もそれを承知の上でこの結果と付き合ってきました。来年の2月にも家計調査の結果が発表され、どの都市が日本一になったかが報じられるはずですが、こうした文脈を知った上で報道に接するとより一層味わい深くなるのではないでしょうか。

ところで
この壮大なストーリーには全く関係ありませんが、
筆者の勤務先です。
https://www.any.co.jp/