ひとつになる声
放課後の音楽室には、少し緊張した空気が漂っていた。今日は合唱コンクールのリハーサルの日。クラス全員が揃い、ピアノの前に立つ先生が軽く手を叩いて、みんなを静かにさせた。
「さあ、今日は本番のつもりで歌ってみましょう。」先生の声が、音楽室に響いた。
私は隅の方で息を整えていた。自分の声が他の人と一緒に響く感覚は、何度やっても慣れない。それに、クラスのみんなとうまく歌えるのか、少し不安もあった。みんなで一緒に声を合わせる合唱は、個々の声が大事だけど、その中でどうやって自分の声を生かせばいいのか、まだよくわからなかった。
「大丈夫だよ。」隣の友達が笑顔で励ましてくれた。「みんなで歌うんだから、心配しないで。声を重ねていこう。」
合図とともに、ピアノが静かに流れ出す。最初はソプラノの高く澄んだ声が音楽室を包み込んだ。私はアルトなので、少し低めのパートを歌う。だけど、ただ自分のパートを歌うだけじゃ、心に響かない。歌声が全体の一部になるには、他のパートとも呼吸を合わせないといけない。だけど、その瞬間が来るのを、私はまだ感じられないでいた。
中盤に差し掛かると、曲のクライマックスが近づいてきた。声が徐々に重なり合い、ハーモニーが一層広がっていく。私は不安に駆られながらも、懸命に歌い続けた。自分の声が本当にクラス全員と一つになっているのか、それともただ浮いているだけなのか、自信が持てなかった。
でも、その瞬間は突然やってきた。
最後のサビに差し掛かったとき、音楽室全体が一つの音で満たされた。低音から高音までが見事に調和し、一つの大きな響きとなって天井に反射する。その中で、私の声も確かに存在している。自分一人の声では到底作り出せない音が、今、目の前で形になっているのだと実感した。
「あ、これだ…」
その瞬間、何かが私の心に響いた。みんなで一緒に歌うことの意味が、初めて理解できた気がした。自分一人ではただの一つの音に過ぎないけれど、その音が他の声と重なり合うことで、全く新しい音楽が生まれる。それは、どんなに練習しても、ただ一人では決して感じられない感覚だ。
合唱の素晴らしさは、ただ声を合わせることではなく、心を合わせることだった。みんなが同じ気持ちで一つの曲を作り上げることで、歌の意味が深くなる。誰か一人が欠けていても成り立たない、この大きな音楽の中で、私は自分の役割を果たしていた。
最後の音が消えたとき、静かな余韻が音楽室を包んだ。しばらくの沈黙の後、先生が優しく拍手を送ってくれた。
「素晴らしい。みんな、よく頑張ったね。」
友達が「やったね!」と私に微笑みかけた。私は息を整えながら、彼女に頷き返した。心の中には、合唱というものの深い魅力が染み渡っていた。
私たちの歌声は、ただ音を出していただけではなく、心と心が響き合う瞬間を作り出していたのだ。それが、合唱の本当の素晴らしさなのだと、今は確信している。
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