【Management Talk】「ショートフィルムで企業理念を届けていく」創業125年のアース製薬社長が語る新しいコミュニケーション
アース製薬株式会社 企業情報
「ごきぶりホイホイ」「アースノーマット」などの家庭用殺虫剤でおなじみのアース製薬は、現在、国内殺虫剤市場において6割弱のシェアを誇る。主力商品である殺虫剤だけでなく、オーラルケアにおいて新市場を開拓した洗口液「モンダミン」、入浴剤「バスロマン」などのロングセラー商品を製造・販売している。
ショートフィルムで伝える企業メッセージ
別所:アース製薬さんのショートフィルム『吉田家の縁側』、とても素敵な作品でした。私は毎年、「ショートショート フィルムフェスティバル & アジア」というアカデミー賞公認国際短編映画祭を主宰しているので、まずは是非その背景について詳しくお伺いしたいと思います。今回のショートフィルム制作は、今年1月にコーポレートロゴとスローガンを一新されたことに伴う企画だったそうですね。
川端:そうなんです。旧ロゴマークには、当社の歴史とともに長い年月をかけて信用が積み重なっていましたし、愛着もありました。しかし、今後注力していくグローバル展開や様々な状況を勘案するなかで、経営理念を従来のものから進化させ、カタカナであったロゴを英語表記にしました。そうしたときに、単純にロゴの社名表記やスローガンを英語にするだけではなくて、これを機に思い切って新しいコミュニケーションに挑戦してみるのもいいのではないかと考えたのです。そこで、短時間で深いメッセージを伝えることができるショートフィルムの制作を決めました。
別所:『吉田家の縁側』には、アース製薬さんの商品はほとんど登場しませんが、新スローガンでもある「Act For Life」=「地球を、キモチいい家に。」という企業メッセージは伝わってきます。そこが素晴らしいと感じました。
川端:ありがとうございます。そこは、今回ショートフィルムを制作するにあたって最もこだわったところです。商品を前面に出すのではなくて、「生命(いのち)と暮らしに寄り添い、地球との共生を実現する。」という当社の経営理念を表現することを重視しました。従来当社では、販売促進のためにテレビCMを作ってきたわけですが、これからはそれ一辺倒ではなく、企業の考え方やメッセージを物語で社内外に届けていくことが非常に重要だと捉えています。
別所:全く同意見です。企業のメッセージを物語化して、共感してもらおうという試みは、時代の潮流だと思います。そうしたときに、ショートフィルムは非常に有効な手段です。
川端:私もそう感じています。
別所:今回、具体的にはどのようにプロジェクトを進めていかれたのでしょうか?
川端:冒頭にもお話ししましたが、まずはCI(Corporate Identity)を制定する事からスタートしました。そして、制定した会社の思いを社内外にどのように伝えていくかという事を考えた時に、ショートフィルムというコミュニケーションに思い当りました。制作にあたり私が要望したことは、家族をテーマにした作品であること。生活に寄り添ったモノづくりの姿勢を表現することでした。当社の製品は、多くが家族で使うものです。お客様は自分の愛する家族を思って商品を手にします。商品をつくる私たちも自身の大切な家族を思い浮かべながら同じ思いでモノづくりを進めています。これが、私が常々言い続けている「お客様目線」の原点です。 制作に携わって頂いた監督は、『舟を編む』で第37回日本アカデミー賞最優秀作品賞、同最優秀監督賞などを受賞した石井裕也氏にお願いしました。監督選定にあたり、石井監督からは当社の商品のファンであるというメッセージを頂きました。当社の商品を愛用してくださっている方ならば、きっと良いものを撮ってくださるに違いないと思いお願いする事にしました。
具体的な内容については先ほどの要件を伝えただけで、後は石井監督にお任せしたというのが実状です。
別所:そこも素晴らしい。御社には、今後もどんどんショートフィルムを作っていっていただきたいですね。
川端:「継続は力なり」ですから、本作を第一弾として、これからも継続的に制作していくつもりです。
「運」「縁」の大切さ
別所:ここからは、川端社長ご自身のお話をお伺いできればと思います。アース製薬に入社されたのは1994年。就職活動のときは、どんなことを考えていたのでしょうか?
川端:私は長男ですけど、継がなければならない家業は無く、大学も文系の学部を漠然と選んでいたので、自分には営業しかないだろうと思っていました。「営業」という言葉は便利で、何でも屋と言えば何でも屋ですが、要は、やりたいことがなかったわけです。
別所:逆を言えば、何でもできた。企業の選択肢は多かったでしょう?
川端:当時、唯一考えていたのが、「かっこいい大人になりたいな」ということ。そこで思い浮かんだのが、アパレル業界でした。それで、順調に数社から内定をいただき、就職活動を終えるはずだったんです。
別所:「はずだった」。でも……?
川端:その後、当時付き合っていた彼女との待ち合わせ時間を勘違いしたことにより、彼女の実家で二時間ほどお父さんと二人きりになる場面があったんです。そこで色々と質問され、就職活動のことも聞かれて……。
別所:なかなか大変そうなシチュエーションですね(笑)。
川端:ええ(笑)。その日は、帰宅した彼女と一緒に出かけたのですが、その次に会った時、彼女の機嫌が悪いわけです。どうやら、お父さんが、娘の夫になるかもしれない男が、派手なイメージのあるアパレル企業に入るということに懸念を持ったようでして……。
別所:女性も多い業界ですし。別の業界の会社に入れと。
川端:ええ。彼女とは結婚の約束をしていたわけではなかったのですが、自分も、何がなんでもアパレル業界がいいというほどでもなかったので、就職活動をやり直すことにしました。そこで、大学の就職課に行って、まだ募集している企業を五十音順の「あ」から探したところ、当社の名前がすぐに見つかった。それで、結果的に縁あって入社することになったのです。
別所:人生わからないものですね。
川端:おっしゃる通りです。その彼女とは後に別れてしまいましたが、彼女と出会っていなければ今の自分はありません。もっというと、約束時間の勘違いがなければ、そして、たまたまその時、彼女のお父さんが家にいなければ……と考えていくと不思議です。だから、私は「運」や「縁」というものを非常に大事にしているのです。
別所:わかります。僕が俳優になったのも、人との縁がつながっていった結果ですから。さて、そういうご縁によってアース製薬に入社された川端青年は、営業マンとして活躍されることになったわけですが、ご自身の最初のターニングポイントはいつだったのでしょうか?
マネジメントの基本は、対話し、理解すること
川端:35歳で広島支店長に就任したタイミングです。それまでは、担当課長という立場で部下が2、3人はいましたが、あくまで個人の数字を目標に営業しており、自分が数字を伸ばしたら、自分の評価になるだけの話でした。それが、支店をマネジメントする立場になると、支店全体の数字が自分の数字になる。これは、全然違うわけですよね。しかも、私はチームリーダーや副支店長のような立場も経験しないで、いきなり支店のトップを任されることになったのですが、内心どうしようと……。当時は、嬉しい気持ちなんて全くなかったですね。
別所:大抜擢ですよね。部下も一気に増えたでしょう。
川端:一気に50人くらいに増えました。しかも、部下となる中間マネジメント層は全員年上という状況でした。
別所:先輩が部下というのは複雑な関係ですよね。
川端:ええ。それについては、あるお得意先の方にかけていただいた言葉が今でも心に残っています。「年上の部下を持つのもしんどいだろうけど、年下の上司を持つのはその倍くらいしんどいよ」と。しんどいのは自分だけではない。もっとしんどい思いをしている人もいるかもしれない。そう考えると、頑張らなければと思いましたね。当時はほとんど休んだ記憶がなくて、社内、社外でとにかくたくさん会話をしました。思っていることは言わなければ伝わらないですし、聞かないとわからないですから。お得意先との接待の後、寝る間も惜しみ部下と飲みにいくという毎日でした。当時は大変でしたが、今から振り返れば、そうすることで理解してもらえたり、認めてもらえたりした部分があったのかもしれません。
別所:コミュニケーションすることによって。
川端:そのあと、さらに規模の大きな大阪支店長や本社ではガーデニング戦略本部長を経験しましたが、部下の人数が増えても、マネジメントの基本は同じだなと感じました。結局、対話して理解していくことが大事なんです。
新たなニーズを掘り起こし、ガーデニング事業を立て直す
別所:広島支店長の次のターニングポイントはいつでしたか?
川端:2013年にガーデニング戦略本部長に就任したことです。それまでは、広島支店長、大阪支店長という営業の域でマネジメントをしてきました。それが、今度は東京本社でガーデニング事業。最初は戸惑いましたね。支店長として広島でも大阪でも結果を残していたので、「次は東京支店長かな」と思っていた頃にいきなりでしたから。正直なところ、ショックな気持ちもありました。
別所:ガーデニング事業は当時、御社のなかでどのような位置づけだったのでしょうか?
川端:当時の大塚達也社長(現・会長)は、会社の将来を考えてガーデニング事業に参入したのだと思うのですが、非常に苦戦していました。私自身もそれまで、支店長としてガーデニング商品を販売してはいましたが、なかなかうまくいかなったように記憶しています。
別所:様々な課題があるなか、見込まれての人選だったのでしょうね。
川端:前社長の意気込みが強かったんですね。体制づくりとして、ガーデニング事業を独立組織の本部にしてくれましたし、優秀なスタッフも揃えてくれました。その布陣を見たら、頑張らなければと気持ちが切り替わりました。
別所:苦戦していたなか、突破口はどこにあったのでしょうか?
川端:私が本部長になる前は、先行メーカーの人気商品に似たものを作っていたわけです。もちろん、その戦略も間違ってはいないですけど、それだとお客様にとっては、アース製薬の商品である必要もないから営業的には難しい。だから、そういう商品開発は根本的にやめて、ニッチかもしれないけれど新商品を作っていこうと思いました。ニーズの調査をしたうえで、非農薬の除草剤やベランダガーデニング用の商品を開発しました。そうすると、これまで使っていなかったお客様が、アース製薬の商品を買ってくれるようになりました。売上は一気に倍増し、業界にとっても市場が拡大、活性化してプラスの効果があったと思います。
別所:限られたパイを奪い合うのではなく、新しいニーズを掘り起すという戦略が成功したわけですね。その後、社長に就任された。現在取り組んでらっしゃるのはどんなことでしょうか?
川端:やはり、まずはコミュニケーションです。私個人というより、会社として考えていることを、その背景も含めて可能な限り社員に伝えていくように心がけています。もちろん企業ですから、全ての情報をガラス張りにすることはできませんが、なるべく情報をオープンにするよう指示をしています。誰だって、自分が納得できないことや腹落ちしていないことを、仕事だからといって仕方なくやるのは嫌でしょう。当社では、そういう仕事は極力減らしたいと考えています。
別所:自分がどうしてその仕事をするべきなのかを理解すれば、モチベーションも高まっていくでしょうね。
暮らしの付加価値となるものづくりを目指して
川端:そして、会社の戦略としては、グローバル展開の強化やガーデニング事業の拡大を打ち出しています。また、当社には、「ごきぶりホイホイ」や「アースノーマット」等、それまで無かった商品を開発してきた歴史もありますから、これからも革新的な商品を世の中に出していきたい。ただ、これだけ物が溢れている時代に何が売れるのかということは、非常に予測し難い問題です。
別所:同じような機能の商品も多いですし。
川端:ええ。だから今、大切なのは本当の付加価値を考えることだと思っています。私自身が消費者として、今存在している商品にはすでに十分な付加価値が備わっていると感じています。さらに付加価値を加えようとすると、メーカーのエゴになってしまう場合がある。使いきれないほどの過剰な機能は、研究者の自己満足でしかないでしょう。
別所:おっしゃる通りです。
川端:だから、私は、単純に言えば、「もう一度この商品を使いたい」「使ってよかった」と思ってもらえる商品を作ることが大事だと考えています。つまり、リピートしてもらえるかどうか。そこにこだわっていきたい。たとえば、昨年当社から発売した新商品に、「スッキーリ!Sukki-ri!」という消臭芳香剤があります。見た目には、これまでの商品とさほど変わらないですし、派手さもないかもしれません。しかし、これは非常に画期的な商品なんです。従来の芳香剤は、フィルターが上にある吸い上げ式が当たり前でした。しかし、お客様調査の結果、途中からだんだん消臭・芳香液を吸い上げなくなりボトルを振らなければならない、という不満点が明らかになった。当社は、それを解消するために、上から下に消臭・芳香液を落とす仕組みを開発しました。そして、生まれたのが、液残りがなく、振らなくても最後の一滴まで消臭芳香できる「スッキーリ!Sukki-ri!」です。当社としては、こういうものを作っていきたい。
別所:「スッキーリ!Sukki-ri!」も、ある意味では、コミュニケーションから生まれた商品と言えますね。独りよがりな機能を加えるのでは無く、お客様の声に耳を傾けて、新たな価値を創出したわけですから。
川端:世の中にない商品を生み出すことをホームランだとすると、「スッキーリ! !Sukki-ri!」のような商品はヒットに過ぎないかもしれません。ただ、ホームランは狙って打てるものではありませんし、ヒットの延長がホームランになると考えると、こうした商品を作り続けていけば、いずれホームランが出る可能性は高いと考えています。
別所:そういう繰り返しが未来につながっていくんでしょうね。
川端:企業ですから、当然利益を出していくことは存続していくために必要です。とはいえ、会社の存在価値というものを大切にしていきたい。中期経営計画や年間計画を達成するために新商品を出すという発想ではなく、あくまでも商品軸を中心として、お客様の暮らしにとって付加価値となるモノづくりを目指していきたいのです。そうすることで、結果的に売上もついてくると信じています。殺虫剤メーカーとして始まったアース製薬ですが、その売上の割合はグループ全体の3割を切っています。今後も、殺虫剤を大切にしながらも、暮らしに寄り添う商品をどんどん開発して、世界中のお客様にお届けしたいと思っています。
別所:そして、アース製薬さんのそうしたメッセージを伝える今後のショートフィルムも楽しみにしています。本日はありがとうございました。
(2017.3.1)