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【Management Talk】「知恵を使う仕事は人間でなければできない」日本屈指の“働きがいのある会社”創業者が考える優秀な人材

株式会社ワークスアプリケーションズ 牧野正幸

米国アカデミー賞公認短編映画祭「ショートショート フィルムフェスティバル & アジア」は、2018年に迎える創立20周年に向けて、新企画「Management Talk」を立ち上げました。映画祭代表の別所哲也が、様々な企業の経営者に、その経営理念やブランドについてお話を伺う対談です。
第5回のゲストは、株式会社ワークスアプリケーションズ 代表取締役最高経営責任者 牧野正幸氏。「働きがいのある会社」ランキング第1位、10年連続ベストカンパニーを受賞した企業の創業者が考える優秀な人材とは。創業のきっかけやブランディングについてもお話しいただきました。

株式会社ワークスアプリケーションズ

日本唯一の大手企業向けソフトウェアメーカー。日本初の大手企業向けERPパッケージソフト「COMPANY」は国産パッケージNo.1として不動の地位を築き、同社製品は大手企業1,200企業グループ超で採用されている。2015年には世界初の人工知能型ビジネスアプリケーション「HUE」をリリースするなど、日本発のグローバル・テクノロジー・カンパニーとして進化を続けている。



日本の大企業の情報投資効率を世界レベルに


別所:まずは、起業のきっかけについてお伺いできればと思います。

牧野:創業の理念は二つあります。一つ目は、日本の大企業向けのERP(人事、財務、販売管理、物流に至るあらゆる業務基幹システムを一元管理するソフトウェア)を提供し、日本企業の情報投資効率を世界レベルに引き上げるということ。そして、二つ目は、優秀な人材が確実に成長できるフィールドを作るということでした。まず、一つ目についてお話すると、当時、大企業向けのERPは、外資系の三大プレイヤーの製品がほとんどという状況でした。グローバルでいうと、トップ三社で約7割のシェア。けれども、それらの世界標準ソフトは日本の大企業には余りにも適していなかった。だから、多くの企業は非効率にも、多額のコストをかけて自社でゼロからシステムを作っていたんです。1996年の当時、バブル崩壊によって翳りは出てきていたものの、まだジャパン・アズ・ナンバーワンの時代でした。ところが、ITを背景に見ると、日本の国際的な競争力は長く続かないだろうと思いました。世界中の企業がIT化によって業務効率を圧倒的に上げているなかで、日本の大企業だけが取り残されていたわけですから。コスト効率を世界レベルに引き上げるにはERPを導入するしかない。けれども、日本の企業には適したものがない。だから私は、それを供給する会社を作ろうと考えたんです。

別所:海外のERPがどうして日本の大企業に合わなかったんでしょう?

牧野:日本と海外では、雇用と職務においてその考え方に大きな違いがあります。日本と違って海外の労働者は、良くも悪くも「ワーカー(worker)」と「レイバー(labor)」の二種類に区別されています。ワーカーは裁量労働で、成果を出せば給料が上がるけど、出せなければ解雇されるという働き方。一方のレイバーは、勤務時間がきっちり決まっていて、技能が上がるごとに昇給するし、雇用も完全に保証されているというタイプです。グローバルの場合、レイバーは職務が単一的で明確なので、比較的オペレーションが画一されています。個人の判断やコミュニケーションといったものは関係ありません。そういう会社に提供されるシステムは、判断能力が無い人が使うという前提で作られています。つまり、内容がよくわからなくても単純かつルーティーン的にひたすら入力作業ができるということが重要であって、万が一元データに間違いがあってもジャッジするのはワーカーの仕事。だから、グローバルのシステムはそういう単一的な仕組みになっています。ところが日本人は、平均的な学力も高いし、個人の判断能力も養われています。たとえば、営業から送られてきた伝票が明らかに間違っていた場合、入力オペレーターの判断で営業に確認して修正するのが当たり前。ですから、日本企業にグローバルのシステムを導入すると、判断能力がある人に対して、あなたには判断させないから、判断材料をあげませんよという状況になってしまう。それでは「現場の力」という日本の強みが一気に失われてしまいます。だから日本企業は、現場の柔軟性に対応できるようシステムをカスタマイズするしかなかったわけです。

別所:つまり、日本の労働者が持つ臨機応変さ、柔軟さがグローバルの仕組みとは合わなかったと。

牧野:そういうことです。合わないシステムをカスタマイズするにしても、要は、自動車を買っても必ず改造しないと走らないようなものですから、おかしいでしょう。だから私は、日本の大企業が必要とする機能をあらかじめ全部盛り込んだシステムを作ろうと考えました。ただ、初めから自分でやろうとしていたわけではありません。誰かやってくれないかなと思って、そういうシステムを作れるだけの体力がある会社に話を持っていったんですね。かなりの会社を回りました。だけど結局、開発にかかる莫大な投資額や、カスタマイズ前提の既存ビジネスとのカニバリを理由に全部断られた。腹が立ちましたよ(笑)。このままでは日本企業が世界で戦えなくなってしまうのに。それで、じゃあもう自分でやるしかないと。周囲には、そんなこと絶対にできるわけがないと言われましたけど、起業を決めました。



優秀な人材が確実に成長できるフィールドを

別所:僕も同じです。ショートショート フィルムフェスティバル & アジアを始めたのは、アメリカでショートフィルムを知って非常に面白いと思ったのと同時に、ビジネスの可能性も感じたからでした。当時、シリコンバレーの会社が投資して、短編映画を配信するという実証実験をはじめていたんですけど、日本でその話をしても誰も反応してくれない。実験映画だろとか、マネタイズできるの? とか。だから、自分で映画祭という一つのプラットフォームを作ったんです。この先、必ずインターネット上で動画コンテンツを観る時代がやって来るだろうから、誰もやらないんだったら自分でやろうと。それで、ジョージ・ルーカスにメールを送ったら、応援するよと言ってくれて。今年で映画祭は19回目になりますけど、牧野CEOの今のお話を聞いてそれを思い出しました。

牧野:同じような経験をしているわけですね(笑)。

別所:牧野さんの創業の目的の一つ目は、日本の大企業向けのERPを作ること。そして、二つ目は優秀な人材が成長できる会社を作るということでしたね。

牧野:私がITコンサルタント時代にシリコンバレーで働いていた頃強く感じていたのが、海外の20代は自己成長しか考えていないということでした。会社の安定や知名度になんて興味がないわけです。当時、アップルコンピュータで働きたいという若者がすごく多かったんですけど、それは、アップルが大企業だからでも、アップルの製品に憧れているからでもなく、ただ、アップルでなら難しくて斬新な仕事を任せてもらえるだろうと彼らが考えていたからでした。当時のアップルはマイクロソフトに押されてボロボロの状況。私はもう潰れるかもしれないなと思っていたくらいでした。でも、非常に多くの若者が、潰れるまでの間だけでもアップルでなら自分が成長できると感じていた。彼らにとって20代は自分の市場価値を最大限高める期間なんです。できるだけ高度な経験を積んでキャリアを形成し、30歳になるまでにどんな会社ででも働ける力をつけなければと考えている。だから、とにかくその時点で優秀な人材がたくさんいて、非常に難しいことに挑戦しようとしていて、なおかつ、それを自分に任せてくれる会社を選びたいとみんなが思っていたんですね。

別所:シリコンバレーはそういう文化ですよね。

牧野:そういう学生たちを目の当たりにした私は、もし今自分が同じ立場だったとして、彼らと同じ基準で日本の企業を選ぶとしたらどこがあるだろうと考えました。だけど、浮かばなかった。もしかしたらあったのかもしれないけど、少なくともその時点で自分の知識をフル動員しても、成長をコミットしてくれて、優秀な人材しかいないタイプの会社は見つからなかったんです。だから私は、成長意欲の高い優秀な人たちが絶対的にキャリアを積める会社を作りたいと考えたんです。

別所:優秀な人材のキャリアの第一歩にふさわしい会社を。



日本の学生は自分の頭で考える能力が足りていない

牧野:いまとなっては世の中の常識になっていますけど、ソフトウェアの世界において、普通のエンジニアと優れたエンジニアの生産性には、どんなに小さく見積もっても百倍は差があります。ビル・ゲイツは一万倍あると言っていましたし、ラリー・ペイジは百万倍あると。ですから私は、並外れて優秀な人たちが集まれば、難度の高いシステムであっても完成させることができるとわかっていたんです。

別所:ええ。

牧野:そうするとつまり、難度の高い日本の大企業向けのERPを作ることと、優秀な人材が活躍、成長できる場所を提供したいという二つの目的がうまくかみ合う。だから、我々は創業以来、とにかく優秀な人材を獲得することを最重要視しています。当社は研究開発型の企業なので研究開発費が一番大きいですが、それに匹敵する予算を今でもリクルーティングに投資し続けています。

別所:そうしたなかで、御社はインターンシップを日本で普及させた企業としても知られています。

牧野:「一日職場体験」のようなインターンと違って当社では、仕事のシミュレーションを、つまり、お客様役やエンジニア役や上司役として社員を大量に配置して、実際の仕事に模したものを体験してもらっています。日本の学生には、自分にどんな能力があるのかわからない人が多いので、インターンで能力があるかどうかを試しているわけです。

別所:約一ヶ月間の「問題解決能力発掘インターンシップ」ですね。

牧野:はい。アメリカの企業の場合、インターンに実際の仕事を任せるケースが多いんですけど、どうしてそれが可能かといえば、彼らは大学の中で相当な能力を身につけていて、考える力が養われているからです。一方、日本の学生は、考える能力が大学でほとんど要求されないため、卒業時点ですら企業で働けるレベルに全く到達していない。入社から三、四年経って、初めて新人としては一人前になり、ゼロからの仕事を任せることができるようになります。

別所:日米の違いはどこにあるとお考えですか?

牧野:日本という国が戦後、個人の能力よりも仕組みと組織で成長してきたからだと思います。海外からひたすらキャッチアップして、学んで、改良する。イノベーションではなく、ひたすら改善していくという組織を作り上げてきたのが日本の強みでした。そうすると当然ながら、均質化した人材が求められ、図抜けたイノベーターは必要なかったわけです。そして、日本の教育機関は、そういう社会の要請に応え、組織のなかでうまく立ち回れて、なおかつ、任された仕事をきっちりこなせる人たちを育ててきた。だからこそ、我々のインターンでは、まず学生に、自分の能力に気づかせてあげなければいけない。自分にいかに能力がないかということも含めて(笑)。「他人の意見とは違うけど、自分はこう考える。なぜならこうだから」と論理立てて説明する経験なんてほとんどの学生がしていないでしょう。日本の学生は考える能力が足りていない。ですから、当社のインターンでは、学生たちに対して、自分の頭で考える必要がある様々な課題を出します。そのなかで、最後まできっちり出来上がる人は全体の二割程度です。



会社の実態とブランドイメージが合致すると美しい

別所:御社のインターンが舞台になった映画「インターン!」も昨年公開されましたが、映画祭も昨年から「Branded Shorts」という部門をスタートさせました。企業が動画でいかに情報を発信するかが問われているこの時代に、新たな地平を開こうと。HRや企業の商品開発、サービス、取説といった動画が溢れているなかで、どれだけいい動画を作り、企業をブランディングできるかということを考えています。

牧野:それは非常に重要なことだと思います。映画「インターン!」は依頼を受けてでしたが、その前には「鷹の爪団」との企画も実施しました。もし当社がBtoC企業であったとしたらそんなことをする必要はなくて、商品CMに注力することで企業ブランドは自動的に立ち上がってくるでしょう。ところが、BtoB企業だと、何もしなければ一生誰も知らない会社になってしまう。これは、日本の就職人気ランキングを見れば明らかではないでしょうか。我々は、そこを打破しなければいけないと思っています。

別所:ブランディングについて具体的にはどんな風に考えているのでしょう?

牧野:企業のブランドそのものについては、会社の実態とブランドイメージが限りなく合致すると美しいと思うんです。とくに、求人系のブランディングは難しくて、いくら「素晴らしい会社なんですよ」とアピールして優秀な人材を獲得しても、入社して実態が全然違うとなると彼らはたちどころに辞めてしまう。優秀な人材ほどその傾向は強いです。一昔前なら周囲に、そんなの当たり前だろ、そんなに世の中甘くないぞと説得されていたんでしょうけど、終身雇用が当たり前でなくなった今、優秀な人たちはいくらでも転職できますから。そこが、商品コマーシャルのような、見る側もある程度の演出を織り込み済みの広告とは違うところでしょうね。会社の本当にいい面をしっかりアピールしつつ、決して嘘をつかずごまかさず、入社してからそのイメージとギャップがないようにしなければいけない。かといって、それを地道に表現するとつまらなさすぎてどうしようもないので、その駆け引きが非常に難しいですね。

別所:たしかに。

牧野:ですから、我々のブランド形成上、インターンシップが非常に重要な役割を果たします。当社の一人当たりの採用コストは約1,000万円かかっています。実はそれだけだと全く割りに合わないわけです。けれども、インターンの参加者たちが、当社が自分たちの成長にとっていい会社なんだという話を広めてくれることで、成長意欲の高い人たちがインターン以外の採用プログラムを受けにきてくれる。なおかつ、我々がそれを補うようなブランド施作を打つことで、当社のことを正しく認知してもらう仕組みができるのではないかと考えています。

別所:そうやって優秀な人材を引きつけ続けている御社の次なるステージはどんなところにあるのでしょう。映画の世界でもショートフィルムを中心に、ドローンやVR、8K等の技術を取り入れることによって、イノベーションが進んでいます。



知識ベースの仕事は一気になくなる

牧野:我々は五年程前からAIに注力しています。AIというと、これまでは企業のなかでも革命的なイノベーションのなかだけにあって、日常業務には関係ないという状況でしたが、いま我々は、AIを使って日常業務の効率を向上させるための技術にフォーカスしています。我々が2011年にMBOしたのも、経営資源をそこに投資するためです。非上場化したのち、数百億円をAIの開発に投資してきました。

別所:AIというと、巷では、人間の仕事が奪われるのではないかという不安もささやかれていますよね。

牧野:AIが最初に物語られた『2001年宇宙の旅』や『ターミネーター』が、AIが人間と衝突するというストーリーだったのでそうした話題が注目されがちですが、実際、現状のAIにはほんの僅かなことしかできません。たとえば、テレビのリモコンで9チャンネルを押した時に、過去の統計値から「これは間違って押したんだ」と判断して8チャンネルを出す。そういう細かいサポーティブな仕組みに過ぎないんです。

別所:AIによって人間の働き方はどう変わっていくのでしょうか?

牧野:産業革命で力仕事が機械に取って代わられたように、知識ベースの仕事は一気になくなると思います。けれども、自分で考えたり判断する能力は、AIにはありません。AIは、過去の蓄積をもとに予測しているだけで、未来を作ってくれるわけではない。知恵を使う仕事は人間でなければできないんです。AIが必要な知識を提供し、それをもとに人間はクリエイティビティを発揮する。これからは、そういう仕事が重要になってくると思います。

別所:まさに先ほど日米の学生の差についてお話しいただきましたが、自分の頭で考える能力がより重要になってくるわけですね。

牧野:そして、人と人が触れ合う仕事もなくならないと思います。小売業を例にとれば、今はECが全盛の時代です。だけど、便利だから何でもかんでもオンライン化すればよいというわけではないでしょう。たとえば、私は、高級ブランドの鞄をネットで買ったらその価値は半減すると思う。それらは、長い歴史をかけて作り上げた世界観も含めてブランドになっているわけですから、それを語る店員が必要だし、それを共有する店舗も必要です。だから、全てをオンラインで解決することはできません。

別所:そういうブランドのストーリーは大切ですよね。僕たちも同じように考えて、映画祭を運営しています。ところで、牧野さんはどんな映画がお好きですか?

牧野:私はSFやファンタジーが好きですね。楽しいじゃないですか。考え込んでしまうような作品はストレスが溜まるのであまり好きではありません(笑)。

別所:起承転結よりも奇想天外のある作品の方が楽しいですよね。

牧野:そうなんです。だから、奇想天外なストーリーや綺麗な映像を観るのが好き。ビジネス系の映画だと、自分の体験と重なる場面があったりして気が重くなる。本当に疲れてしまうんです(笑)。サスペンスも好きではないですね。仕事以外でスリルはいりません(笑)。

別所:ショートショート フィルムフェスティバル & アジアでは、奇想天外なショートフィルムや美しい映像の作品をたくさん上映しますので、お時間あればぜひいらっしゃってください。本日はありがとうございました。


(2017.4.27)


牧野正幸(まきの・まさゆき)株式会社ワークスアプリケーションズ

1963年、神戸市生まれ。大手建設会社を経て、ソフト会社に入社。その後、大手外資コンピュータメーカーに出向、ITコンサルタントに。1996年にワークスアプリケーションズを設立。「20万人の学生があこがれる経営者アワード PERSONALITY部門」第1位(LEADERS’AWARD)や「理想の経営者No.1」に選ばれるなど、今最も注目を集めるIT企業経営者のひとりである。また、若者のキャリア教育やIT人材の育成、日本のIT推進にも注力しており、2015年より文部科学省中央教育審議会委員、2016年より内閣府主催「第4次産業革命 人材育成推進会議」委員、2017年より経済産業省主催「“Connected Industries”ベンチャー懇談会」の座長を務める。主な著書に『「働きがい」なんて求めるな。』(日経BP社)など。