【Management Talk】「『Kellogg’s』は品質の証としてのシグニチャー」100年以上の歴史を誇るシリアル食品トップブランドの原点と未来
創業者はSDGsやESG経営の先駆け
別所:ケロッグさんには朝ごはんでいつもお世話になっています。まずは改めて、御社の事業について井上社長ご自身からお話しいただければと思います。
井上:日本ケロッグ合同会社は、1962年に米国ケロッグ本社が100%出資の日本法人として設立されました。はじめにケロッグ本社の歴史から説明させていただきますね。18世紀半ばから19世紀にかけて起こった産業革命の影響で、アメリカでも急速に都市化が進みました。その結果、労働環境や食生活の問題が発生し、胃腸が弱ってしまう人々が増えてしまいました。そうした状況に対して、有名な医学博士だったJ.H.ケロッグさんは療養所を作ります。そこに事務方の責任者として入ったのが、弟のW.K.ケロッグさんだったんです。
別所:兄弟で療養所を営んでいたんですね。
井上:ええ。二人は、良質な穀類を食べることが大切だという考えのもと、療養者のために、栄養価の高い穀物を使った食品の研究・開発を重ねました。そして、食べやすく栄養が豊富な食品として、シリアルの原形となる小麦フレークの「グラノーズ」を発明したんです。
別所:なるほど。
井上:その後も、W.K.ケロッグさんが研究を続け、とうもろこしをベースとしたおいしいコーンフレークのレシピを完成させ商品化すると当時では革新的な広告や商品のサンプリングなどを大々的に行うことで大成功させました。
別所:W.K.ケロッグさんはビジネスマンとしてのセンスもすばらしかったのですね。
井上:その通りです。また、W.K.ケロッグさんは、当時から先進的な思想の持ち主で、従業員をとても大切にする経営者でもありました。40歳で起業してからは、当時としては珍しく、工場に医者や看護師、歯医者を招いて、従業員に医療を受ける機会を提供していたんです。彼は事業を大成功させ、巨万の富を得たわけですけど、生活は非常に質素でした。そして、恵まれない子どもたちのためにケロッグ財団を立ち上げたんです。
別所:非常に有名な財団ですよね。
井上:ケロッグ財団のビルは現在も本社の近くにあります。全米でも有数の資金力を持つ慈善事業団体であるとともに、保有率約20%を占めるケロッグ・カンパニーのナンバーワン株主でもあります。私達の事業も創業者のバリューに沿ったものとなっていますし、配当の20%は財団にお渡しするため、私たちの日々の仕事自体が、恵まれない方々をサポートする役割を担っているとも言えるでしょう。いま、SDGsやESG経営が脚光を浴びていますけど、W.K.ケロッグさんは、その先駆けだったと思います。
別所:そもそもの起業の理念からして、SDGsやESGの考え方が込められていたんですね。素晴らしい。
井上:ありがとうございます。そして、私たち日本ケロッグは1962年に創業しました。正直申し上げて、当初、日本の食生活に新規参入するのは非常に難しかったです。シリアルについて言えば、1980年代後半から1990年頃が売上のピークで、以降はしばらく横ばい状態が続きました。シリアルには、「健康価値」「おいしさ」「簡便性」という三つの価値がありますが、当時の日本においては、簡便性ばかりが先に立ってしまい、思うように浸透率が増えなかったんです。
別所:ええ。
井上:未曾有の災害で被害に遭われた皆様には心よりお見舞い申し上げますが、2011年の東日本大震災直後の食糧品不足というのは、シリアル業界にとっては大きな転機となりました。当時、スーパーマーケットから食べ物が本当に無くなりましたよね。その結果、食の世界では、普段シリアルを召し上がっていないものを人々が購入されるという現象が起きました。つまり、お店に在庫が残っていたから私たちのシリアルを久しぶりに手にとっていただいた、という方がたくさんいらっしゃったんです。
別所:ほかの食べ物が品切れになっていたから。
井上:はい。缶詰業界も同様でしたが、そうした経緯でシリアルの市場も大きく成長しました。20年来召し上がっていただいていなかったたくさんの方々が、子どもの頃ぶりにシリアルを口にしてみたら、「こんなにおいしかったのか」と……。企業としては当然努力を続けていますから、20年経てば味はずっとよくなっています。しかも、健康で簡単ということで、瞬く間に広がっていったんです。
別所:本当に美味しいですよね。僕はJ-WAVEで朝の番組を15年以上担当していて、朝食の大切さを実感していますが、オールブランにも本当にお世話になっています。こうした素晴らしい商品があるなかで、マーケティングやブランディングについてはどのようにお考えでしょうか?
現地法人に与えられている強い決裁権
井上:おかげさまでケロッグというブランドは多くの方がご存じで、みなさまに親しみを持っていただいているとともに、商品についても非常に高くご評価いただいています。その信頼を絶対に裏切ってはいけません。ですから、何よりも品質についてとても強いこだわりを持っています。そして次に、現在、消費者のニーズは多様化していますから、きっちり商品群を分けまして、商品ごとにターゲットを明確に設定するようにしています。
別所:たしかに、御社は子ども向けの商品だけでなく、大人や高齢の方向けなど、多彩なラインナップをご用意されていますもんね。
井上:そうなんです。そのなかで、日本では1987年に導入したオールブランについて言えば、当初なかなかその良さを伝えきれていませんでした。1994年に、“トクホ” (特定保健用食品) の表示の許可を取得したものの、売り文句としては、「お腹の調子を整える」といった特定の言葉しか使えなかったんですね。私たちはしばらく、「本当はそれ以上の働きをするはずなのに……」という悶々とした気持ちで過ごしてきました。それであるとき、現状を打破するために、オールブランを機能性表示食品にできないかと考え、新たな治験を行いました。
別所:効果をより詳しく分析したわけですね。
井上:その結果、小麦の外皮部分である「ブラン」に含まれている“アラビノキシラン”という「発酵性食物繊維」の継続的な摂取が、善玉菌を増やし、腸内環境を改善させると科学的に証明できたんです。それで、オールブランを機能性表示食品として消費者庁に申請し、認められたわけです。おかげで、それまで言えなかった、「善玉菌を増やして腸内環境を改善する」といった、まさに消費者の方々のニーズをそのまま謳えるようになり、売上も大きく伸びました。
別所:それはアメリカ本社ではなく、日本独自で治験をされたということですよね?
井上:ええ。日本独自の研究でした。実は、ケロッグは、外資では珍しいかもしれませんが、企業の核となるメッセージ以外は、現地法人に委ねられている自由度が非常に高いんです。オールブランの治験についても、日本法人の決裁で行いました。コンサバティブなグローバル企業ですと、「前例がない」とか「本国でコントロールできない」という理由で、なかなか前に進めないことが多いでしょう。でも、ケロッグの場合、消費者やマーケットをより深く理解しているのは現地法人であるという考え方のもと、各国に強い決裁権が与えられているんです。大きな責任も感じますが、やはり任せてもらえた方が発想は豊かになりますよね。
別所:スピード感も違いますよね。それはブランディングやコミュニケーションについても同様ですか?
井上:そうですね。たとえば、「M-1グランプリ2019」でミルクボーイさんがコーンフレークのネタをして優勝されたときのことです。一般的な外資系企業ですと、彼らをマーケティングに起用したいという話になったときに、本国からO.Kをもらうだけでまず1ヶ月はかかると思います。それが、ケロッグの場合、日本に決裁権がありますから話が早い。まず、ミルクボーイさんの優勝が決定してすぐ、私たちは、ケロッグの公式twitterで、腕を組んだトニーのイラストとともに「呼んだかね?ん?」と投稿したんですね。ミルクボーイさんはケロッグとは一言も言っていないんですけど(笑)。そのツイートは4.3万回以上リツイートされました。そして翌日には、ミルクボーイさんにコーンフロスティ 1年分をプレゼントさせていただくことを決めました。さらに、その翌月には、「ケロッグ公式応援サポーター」に就任いただき、イベントを開催した。非常にスピーディな展開だったと思います。
別所:僕もその話題はニュースで拝見しました。日本独自の判断ができるからこそのスピード感ですよね。そして、コミュニケーションの話で言うと、日本ケロッグさんは、来年は60周年という大きな節目の年を迎えます。どのようなことをお考えでしょうか?
井上:まず、ケロッグという社名は知られていても、実際にどんな会社なのかということまでは細かく伝えられていないと自覚しています。いままさに、消費者の皆様が求めているのは、会社のビジョンやパーパスでしょう。ですから、60周年を機に、私たちがグローバルで掲げるビジョン「世界中の人々が食だけでなく心まで満たされる善良で、正しい社会」とパーパス「信頼される食品ブランドを通じてみんなにとってより良い日々と”場”を創り続ける」をきっちり発信し、ご理解いただけるようにしたいと考えています。さらに、これまでケロッグが培ってきたヘリテージもしっかりコミュニケーションしていきたい。ヘリテージの点で言うと、W.K.ケロッグさんの自伝の日本語訳の出版を一つの柱として考えています。
別所:非常に楽しみですね。アメリカでケロッグが誕生してから100年以上の歴史がありますから、さまざまな物語や財産が蓄積されているんでしょうね。
井上:そうなんです。なかでももっとも代表的なものは、W.K.ケロッグさんのシグニチャーでしょう。彼は、他社と差別化するために、最初の商品である「トーステッド・コーンフレークス」のときからずっと「Kellogg’s」という自身の署名をその品質の証としてパッケージに印刷していました。それがまさにケロッグ・ブランドのはじまりで、そのシグニチャーは100年以上経った現在まで、アメリカはもちろん、日本でも南米でもアフリカでも、全世界で使われ続けています。
別所:自分自身の名前で商品のクオリティを保証するというのは大きな覚悟ですよね。まさにブランディングであり、ストーリーテリングの原点だと感じました。僕の主宰するショートショートフィルムフェスティバル & アジアという映画祭のなかには、企業の持つストーリーを映像化したブランデッドムービーをフィーチャーする「BRANDED SHORTS」という部門があります。御社は、動画コミュニケーションにはどのように取り組んでいらっしゃるのでしょうか?
社員全員が個人的なパーパスを設定
井上:動画についてはまず、毎年4月から6月頃にテレビCMを流して、そのときどきの一押し商品を訴求しています。ただ、ケロッグのような認知率の高い商品については、テレビCMを使うメリットはそこまで大きくないので、リマインド的に、ケロッグを忘れてもらうことのないようするためという位置付けです。それ以外のコミュニケーションについては、ここ数年でほぼすべてデジタルの方向へ舵を切っています。とくに、Twitterには注力していて、いま、ケロッグの公式アカウントのフォロワーは20万人超、プリングルズ ジャパンの公式アカウントは13万人以上です。
別所:すごいファン数ですね。僕もフォローします(笑)。
井上:ありがとうございます(笑)。あとは、YouTubeで広告動画を流すことも多いですね。たとえば、すでに公開期間は終了しましたが、昨年、「ホテルニューオータニ」さんにご協力いただいて製作したドキュメンタリームービー「リトルシェフプロジェクト」は、非常にたくさんの方々にご覧いただくことができました。仕事や家事、子育てが忙しい家族の “幸せな朝と幸せな1日” を応援するために作った動画です。
別所:「リトルシェフプロジェクト」は、まさにケロッグさんのブランドの世界を体現する動画だと感じました。僕たちもさまざまな企業の物語をショートフィルムに込めて発信する企画を行なっているので、ぜひ60周年を機に御社ともなにかご一緒できることがあったら嬉しいなと思いました。ショートフィルムには、企業とお客さんのつながりを深める強い力がありますから。
井上:いままさに、60周年に向けてさまざまなプロジェクトの準備をしています。そのなかで、ケロッグとの思い出をSNSで投稿してもらうという企画を考えていたので、それをショートフィルムにできたら面白いかもしれませんね。
別所:素晴らしい。ぜひまた改めてご相談させてください(笑)。続いては、インナーコミュニケーションについてもお伺いできればと思います。コロナ禍によって、さまざまな影響があったと思いますが、御社の場合、社内のコミュニケーションや働き方の変化はいかがでしょうか?
井上:実は、私たちは、ちょうどコロナ禍のはじまり頃、昨年2月に品川から麹町のオフィスに移転してきたんです。そして、そのタイミングですでに、基本的にオンラインでも仕事ができるような環境を構築していました。ですから、いま、ほとんどの社員は出社していませんし、まだ一度もこの新しいオフィスに来たことのないメンバーもおります。
別所:そうなんですね。
井上:そういう状況ですので、私は社員がちゃんと働くモチベーションを保てているだろうか、元気だろうかと不安に思ったりもするんですけど、意外にみんな、この状況に適応できているようです。オンラインで全国各地の営業担当者と対話してみると、在宅時間が増えて家族と過ごす時間がとれるようになったという声も多くあがりました。
別所:たしかに。通勤時間がなくなったぶん、そういう時間がとれるようになりましたよね。
井上:なかには、お料理が好きになって、週に2回は自分で夕飯作るようになったという男性社員もいました。あとは、小さい子どもさんがいる社員だと、ハイハイから初めて立ち上がる瞬間に立ち会えたとか(笑)。やはり若い人の方が柔軟にいまの状況と向き合えていますし、そのなかで幸せを見つける強さがあってすごいなと感心します。
別所:そういう豊かさはきっと、仕事にも反映されるんでしょうね。御社では先ほどお伺いした会社としてのグローバル共通のパーパスとともに、みなさんがそれぞれ個人的なパーパスを設定されているとお聞きしています。最後に、井上社長ご自身のパーパスをお伺いできればと思います。
井上:はい。日本ケロッグにはメンバー全員が持っている冊子があります。会社としてのビジョン&パーパスや成長コンピテンシーなどが記載されていて、最後のページに各個人のパーパスを書くページが設けられているんです。私のパーパスは、「社員一人一人の潜在能力を開花させることで、日本ケロッグをよりよい“場”を提供できる会社に成長させる」。ケロッグの会社としてのパーパスと、それぞれの社員の個性や持ち味をうまく重ね、各メンバーが能力を最大限発揮できる組織にすることで、来年の60周年やそれ以降の成長につなげていきたいと考えています。
別所:ありがとうございました。
(2021.9.22)
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