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フロムゲー初心者のSEKIRO感想記⑪『回生・究極の緊張熟成システム』

※この感想記はこちらの記事の続きです。↓

※記事中のスクショは二周目や新規データの画像です、よってステータスにばらつきがあります。



「回生」の目覚め

今回はストーリーやボス感想ではなく、以前語った「弾きと体幹」語りに続いてSEKIROのシステム「回生」について感想を語ります。
「弾きと体幹」についてはこちらで語っています↓


まずはゲーム中で初めて回生を使った時の話。

今は懐かしき序盤の中ボス、河原田直盛との戦闘中でした。
(河原田との戦いは上記のリンクよりどうぞ)
当然ながら初回は為す術なく河原田直盛にボコボコにされ、ゲームオーバーになりました。


その、記念すべき(?)最初のゲームオーバーの時に事態が動きます。

敵の猛攻によって体力がなくなり、為す術もなく倒れた自分。
その時は普通に「うわ!やられた…やり直すか……」と、なんとなく思っていると……。


ドクン…

ドクン…ドクン…

…………あれ?

画面が徐々に真っ暗になり、しかしそれでも心臓の鼓動のような音だけは止まらずに響きます。

え?何かムービーでも始まるのかな?と待機していると……。



「狼よ…我が血と共に、生きてくれ……」


これは……御子様の声?

なんのことやらわからずぼけっとしていると、再び画面は、死した狼さんの映像へと戻り………

えっ!? 回生する!?

なんの説明も無しに画面は狼さんが死んだ場面に戻り、コマンドには「回生する」と「そのまま死ぬ」の文字が。なんだこれ!?

うおおおおお!なんだかわからんが、とにかくやるしかねえ!

訳もわからないまま、「回生する」のコマンドを選ぶ。
すると……。

桜の花びらのような光と共に、狼さんが蘇ったではありませんか。
おお!?なんだこれ!?


『回生(かいせい)』
『弾き』と並ぶSEKIROの特徴的なシステム。
死んだ時に「回生のゲージ」が溜まっていれば、それを消費して死の淵から蘇ることができる。


いきなりとんでもなく便利な機能が明かされました。なんだこれすげえ!

以降、SEKIROの中で数えきれないほど回生には助けられることになります。

しかし、回生の機能はただ生き返るだけではありません。
回生に隠された様々な効果、それについて語っていきたいと思います。



「やり直し」を「練習」へ、「死」を「次」へ


回生には、ただ生き返る能力だけではない、もう一つの大きな役目があります。
それは「ゲームオーバーに対するプレイヤーの意識を変える」です。
この辺りを細かく見ていきます。

まず、SEKIROでは敵に倒された後、回生して戦闘を続行するか、そのまま死ぬかを選ぶことができる時間が発生します。

何百回、何千回と見ることになる画面

選択の時間も数十秒ほど与えられており、ある程度は思考する猶予もあります。
そして選択せずに放置していると、強制的に死亡する……といった感じです。

ここで重要なのは、死んだ瞬間に「即時、強制的に生き返るわけではない」という点です。これにはいくつかのメリットがあります。

例えば、生き返るまでの猶予時間を利用した戦法もとれます。

雑魚敵にやられたとしても、相手が油断して背中を向けた時に回生し、後ろから忍殺で倒すこともできる。
中ボスは回生に気づいて振り向いてしまうので忍殺こそできませんが、背中を向けるので一定の奇襲効果も望めます。
逆に大ボスはそういった小細工が一切きかないので、慎重に生き返るタイミングを図る必要がある……といった具合。


生き返りひとつとっても、相手によって違った戦略が必要になる。このバリエーションの豊かさが面白い所です。


また、見逃しがちですが、回生には「そのまま死ぬ」という機能もあります。
生き返れるならその方が良いのに、なぜわざわざ死ぬ選択肢が存在するのか?
本当の所はフロムスタッフの方に聞かないとわかりませんが、私なりに「こういうことかな?」と考えたことがあります。


アクションゲームを遊んでいると、
「ちょっと調子悪いな、仕切り直そう」「明日改めてやろう」
という経験をした方は多少なりともいるのではないでしょうか。

落ち込む忍者


格ゲーなどが顕著ですが、アクションゲームはプレイヤーの反応速度や観察力が試されることがあります。

特にSEKIROのようなスピード感重視のゲームは、プレイヤーのコンディションも如実にゲームに反映されます。疲れてたら普通に反応が遅れたりしますからね。

試した戦法がうまくいかなくてグダグダになってしまった時。
色々と悪い判断が重なって立て直しが難しい時。
シンプルに初見でボコボコにされてしまった時や、負けが重なって落ち込んだ時など。


個人的には体の疲れよりも、メンタルがやられるとそこから立て直すことは難しいと感じます。
長い時間をかけてHPを削ったボスがあと少しで倒せなかった時、コントローラーを握る手に力が入らなくなるほど惚ける、という経験をした方もいるのではないでしょうか。筆者はめちゃくちゃあります。

そういう時にSEKIROは、
「やり直してもしょうがないから、一度そのまま死んでおくか」と諦めることができます。
ここで重要なのは「プレイヤー自身が死を選ぶことができる」という点。
「やり直す」か「やめる」か?プレイヤーが選択できるようにする。
これによってゲーム側の物だと思っていたゲームオーバーがプレイヤーの物になったという意識が生まれる


一部の機能とはいえ、ゲームオーバーがコントロール可能なものになれば、プレイヤーはそれを道具として利用する意識が芽生えます。

「回生を使わずに倒せるように練習してみよう」
「相手の強い攻撃に自分は対処できないから、もしそこで死んだら回生を使う前提で戦ってみよう」
「序盤で回復薬を使いすぎたから、たぶんこのままだと勝てない。回生を使わずに諦めよう」

ゲームオーバーという、ある種ネガティブな意識が薄れ、「死すらも利用する」という意識へと変わっていく。

そして「死」は「次」へ変わり、「やり直し」は「練習」へ変わります。

ちょっとした工夫で、一気にプレイヤーの考え方が変わる。この工夫が回生の素晴らしい点だと思いました。



回生は「緊張熟成システム」


回生にはプレイヤーを助けるだけではない、もう一つの重要な働きがあります。

それは緊張を熟成させるという効果です。

回生があるおかげでプレイヤーは「一度死んだら終わり」ではなく「一度だけ死ねる」という心持ちになれます。
(※回生の使用可能回数はストーリー進行によって増えます)

とにかくゲームオーバーになるまでの猶予が与えられるわけですから、シンプルに心理的な余裕が生まれますし、プレイヤーとしては絶対に確保しておきたい選択肢です。

しかし、「回生があるからまだ死ねる」というのは裏を返せば「回生を使い切ったからもう後がない」ということでもあります。
余力が与えられるからこそ、それが奪われた時、より追い詰められた状態へ転ずる。
回生があった時と無くなった時。その状況が一瞬で切り変わるだけに、テンションの落差も非常に大きいものとなります。
そうすると、一度追い詰められた時よりもさらに強い、熟成された緊張がプレイヤーにのしかかってくるのです。



これは他のゲームでも似たような演出として多く使われていますが、SEKIROの特徴的な点は戦闘中にシームレスに回生を使うおかげで「緊張の糸が切れず、緊張の質だけを変化させる」という部分。

死んだ時に一度拠点へ戻ったり、アイテムを使うなどの演出であれば、そこで多少なりとも緊張の糸が切れてしまいます。
そうではなく、死んだ時にワンボタンで回生を使うか否かの選択をすることで、極限までプレイヤーの緊張を途切れさせないことに成功しているのです。



転ずる生ではなく、回る生


普通はあまり使う機会がない言葉かもしれませんが、「回生」はきちんと現実に存在する言葉です。
回生は「生き返ること」「物事が再び元の状態へ戻ること」を指します。

また、馴染みある四字熟語で言えば「起死回生」と言う言葉があります。これは「死にかけているものが生き返る」「危機から良い方向へ立て直す」という意味です。

なるほど、死の淵から蘇り逆転劇を繰り広げる能力としては、これ以上ないほどの名付けだと思います。



そして回生は、仏教における「転生(てんしょう)」と対比になっているなとも思いました。
仏教用語における「転生」とは「一度死んだものが、生まれ変わって違う生き物として生まれる」ことを意味します。


「輪廻転生」といって、生前の行いによって次にどういった生物に生まれ変わるかが決められる意味もあります。仏教徒の多い日本人には、馴染みある考え方かもしれません。

死から蘇り生を継続する「回生」
死した後に新しく生まれかわる「転生」


字面は似ていますが、その意味合いはまったく違うものです。
この2つの言葉の違いが、今後のストーリーにも大きく関わってきます。


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それでは今回はここまで。
次回はまたストーリー感想に戻りまして、葦名城下後半戦を語ります。
ある意味ではSEKIROでとても人気のある、あのビッグアニマルが登場。

ではでは。ここまで読んでいただきありがとうございました。

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