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経営学者の現実認識をめぐる根本的な吟味(4)

#経営学  #伊丹敬之  #理論と現実 #御進講  #東芝  #社外取締役  #原発 

 

 ※-1 2023年に入り,東芝の経営問題は

 たとえば,つぎの記事で報じられているような課題をかかえた状態で,あたかもよろよろとこの時代のなかを進行中に映る。

 上にかかげた記事2点のうち下の記事は,目次だけしか紹介できないが,東芝が現状においてどのような経営状態にあるか,おおよその見当はつくはずである。

1  揺れる東芝の買収問題
2  東芝の買収問題の経緯
3  歴代社長が引責辞任した不正会計問題
4  米原子力事業巨額損失と上場廃止危機
5  CVCキャピタル・パートナーズによる東芝買収提案騒動
6  会社3分割案と挫折
7  東芝への複数の買収提案
8  日本産業パートナーズ(JIP)が買収案を提案
9  日本企業連合による東芝再生
10 東芝が買収されるとどうなる
11 株式非公開化と「物言う株主」の排除
12 経営方針に対する疑義が生じる可能性がある
13 日本全体で「物言う株主」に関する議論が活発に
14 東芝の買収スケジュールや新経営体制の決定には時間がかかる

 目次だけの紹介では殺風景でなんのことやら把握しにくいかもしれないので,この記事からは,つぎの要約した段落も引用しておく。

 かつて東芝は日本を代表する総合電機メーカーでした。1985年に世界で初めてラップトップPCを送り出し,1990年代後半にはノートパソコンの世界シェアは1位でした。1980年,90年代は日本の半導体が世界市場を席巻した全盛期です。

 しかし,いまでは中国や韓国系のメーカーに市場を奪われ,かつての面影はありません。そして,2015年に粉飾決算が発生したのを機に本格的な東芝の迷走が始まりました。成長事業のある半導体事業やメディカル事業を手放し,キャッシュを生み出す術を失いました。

 その後,さまざまな事業再建案が公開されたり,国内外の資本から出資表明があったりしましたが,問題発覚から7年以上が経過した2023年1月現在でも東芝の完全な再建は見通せていません。(引用終わり)
 

 ※-2 今回におけるこの「本稿(4)」をもって,本稿で連続して論及してきた東芝が当面してきた落日の話題をまとめる記述となる。

 もちろん,この記述の標題では「経営学者」ということをかかげていた関係で,その「渦中で話題の1人」になっていた人物も,論述が進むにつれ登壇する。

 以下,本論の記述は,いまから7~8年前も書き,いちど公表していたけれども,その後,未公開のままになっていた。これを今回,いまの時点から復活させるために再筆することにした。

 しかし,その間,時間の経過に応じて新しい話題をとりあげ,その分に応じて新しい吟味をくわえたうえで,新味のある分析を示せるよう努力してみたい。いずれにせよ,今回の記述もたいそう長文になっている。読んでもらう人には,ひたすら忍耐のほどを期待させていただくほかない。

  本日の議論は,2015年から2016年ころに日本社会のなかで大きな話題になっていた「東芝の企業統治問題」をめぐる再検討・再吟味である。東芝の経営問題が発生した当時からすでに7~8年もの時間が経過してきた。

 現在における東芝の経営状態は,※-1に参照を願った記事2稿だけに報道されていたわけではない。

 東芝が2015年ころから運営失敗に原因する苦境に遭遇した結果,日本を代表するこの一流の大製造会社が,その後において大変身を余儀なくされつづけ,いまとなってはみる影もない姿をさらしている。

 東芝の経営蹉跌は,いわゆる「失われた10年」が性懲りもなく反復されてきた日本の政治・経済を,ある意味,バカ正直に反映させた,つまり典型的な経営失敗の事例である。

 しかも,安倍晋三の第2次政権時代に発生した日本企業の事業展開不調であっただけに,例のアベノミクスとアベノポリティックスの実態を,あたかも裏づけためであったかのように,東芝の事業失敗事例が浮上していた。

 東芝の転落模様は,その「失われた10年」が3回目までも繰りかえされた2010年代の風景と出現していたが,20世紀後半において世界を風靡した日本の製造業が,いまでは「風前の灯火」的な様相を呈している事態は,なにもこの東芝の事例にかぎらない。

 ここではまず,いま〔2023年2月時点〕からだと,1年と数ヶ月ほど前になる新聞報道・2点を紹介しておく。※-1で挙げた記事よりもさらに3ヶ月くらい前の記事であった。

 ▲-1『日本経済新聞』2021年11月8日朝刊は,「東芝の不正会計 時効成立 〔20〕15年発覚,経営陣の刑事責任問えず」「続く経営懇談に影響」「不正の代償,民事は賠償争う」といった見出しをかかげた記事で,東芝の経営不振(失敗問題)が明るみ出た以後の経過を,ごく簡約につぎの表のようにまとめていた。

東芝:2015年から2021年の主な出来事

 ▲-2『朝日新聞』2021年11月10日朝刊は,「東芝3分割,事実上解体 インフラ・デバイス・半導体,独立し上場か」「海外大株主の動向が焦点」「不当圧力問題 近く報告書」という見出しをかかげた記事で,その後に東芝が進まざるをえなくなったスピンオフの方途に触れていた。

 要は,140年以上の歴史を誇り,しかも日本を代表する巨大な製造企業が事実上の解体に向かっていた。東芝は主な事業ごとに三つの企業に分割し、それぞれ独立させる案を検討している。〔2021年11月〕12日に公表する新しい中期経営計画に盛りこむ方向だ。家電から原子力発電まで幅広く手がける「総合電機メーカー」としての存続はあきらめたとみられる。

『朝日新聞』2021年11月10日朝刊

 ここでは,『朝日新聞』11月13日朝刊にかかげられた解説図を借りて,その「東芝3分割・解体」の案件を紹介しておきたい。

東芝3分割・解体「案」

 大西康之『東芝解体 電機メーカーが消える日』講談社,2017年5月は,東芝の味わった蹉跌に関して,つぎの要点に整理し,論じた本であった。

 イ) 日本の電機メーカーを支えつづけたのは,NTTへの機器納入という立場と,電力会社と結びついたことによる安定した需要の存在だった。

 ロ) 市場競争の激化や原子力発電の退潮によって安定した財政基盤が崩れた段階で,電機各社は新たな成長モデルを早急にみいだす必要があった。
 
 ハ) 東芝は原発を大きな成長事業とみこんだが,東日本大震災の影響により,多額の損失を抱えることになってしまった。

 ニ) 失敗の教訓を学び,人材と技術と経験で復活の糸口をつかんで生まれ変わるには,ここからが正念場となる。 

 いまの東芝を観るに,たとえ ニ) の項目を挙げてみたところで,いまさら,詮ない期待・希望にしか聞こえない。

 以下につづく記述は,2016年12月31日に公表されていた文章の再掲となるが,これまではブログ関係の記事から長らく削除されていた。

 ※-3 不正会計(2015年の問題)と原発事業失策(2016年の問題)が命取りになった。

 この※-3は,前段のおいて大西康之『東芝解体 電機メーカーが消える日』2017年5月が指摘した「要点」のうち,とくに ロ) と ハ) にかかわる問題を論述する。
 
 以下の記述は,2010年代に東芝が経営方針の立案,そして経営戦略の方向づけに大失敗を冒し,どん底にまで業績の低迷を導いてしまった,その混迷ぶりを描写する。

 つぎのような「主題」「副題」などを主柱に立てて,以降の記述を展開していきたい。

 主題 原発はトランプ・ゲームのババであった。この事業部門をアメリカ企業から買収した東芝の対米盲従経営路線は破綻を余儀なくされ,そのさい,社外取締役のお飾り性が露見

  副題 いまどき原発事業で儲けようなどともくろんだ時代錯誤
  副題 東芝原発事業部門で続いた迷走的失策
  副題 無策・無為(カヤの外)だった社外取締役や監査役たちの軽さ
  副題 経営学の大家(?)であっても,自身の構築した理論どおりには,とてもいかない「経営の世界の実際」に関与した体験から,ほかの多くの経営学者たちはなにを学べるか

 1) 「 原油市況-原発事業推進の理由にはならなかった当時,原油市況の変動-」
 
 「NY商品,原油が続落 利益確定や持ち高調整の売り,金は反落」『日本経済新聞』2016/12/31 6:01,http://www.nikkei.com/article/DGXLASQ2INYPC_R31C16A2000000/

 「原油先物が年初来高値 東商取,今年の取引終了」日本経済新聞nikkei.com,2016/12/31 http://www.nikkei.com/article/DGKKZO11240180Q6A231C1EN2000/

 この2つの記事は,いまから7年前「当時」の原油市場に言及していた。当時における原油市場は,2022年2月24日,「プーチンのロシア」が起こしたウクライナ侵略戦争発生を契機にした「高値にぶれた乱流的な状況」とは,かなり異なる市況であった。この7年前の現実としてであったが,この石油の取引価格の問題が,原発の導入・活用と一定の関連をもっていた。

 その後,そのウクライナ戦争が勃発したために,2022年春以降は原油価格が一挙に跳ね上がってしまい,高値になっていた。そのなかでまたぞろ,「原発の再稼働」どころか「原発の新増設」を唐突にも決めたのが,岸田文雄政権であった。この首相は,采配の振い方が「粗雑だと形容する」以前に,エネルギー問題に対する基本認識を欠落させていた。

 というしだいであり,ここ10年,日本国の総理大臣となった人物はすべてが「亡国の首相」にふさわしい「凡庸以下の連中」であった。日本の内政・外交が上手に運営・交渉することじたい,難題そのものになるほかない貧人材であった。この点はすでに実証済み。

 安倍晋三はその最悪の見本であったが,岸田文雄はその亜流的な拡大生産版,しかも軽薄な乗りばかりが目立つ采配を得意とする点は,いまとなって周知の事実。この2人はおまけに「世襲3代目の政治屋」であったのだから,絶望感は最大限。

 話題を現在から7~8年前に戻そう。こういう報道もあった。

 2)「東芝株,3日で4割下落 原発で巨額損失,不透明感を嫌気」『日本経済新聞』2016年12月30日朝刊7面
 
 東芝の株価が下げ止まらない。3日連続で2ケタの下落率となり,〔12月〕29日には一時,前日比26%安の232円と約7カ月ぶりの安値を付けた。終値は3日間で4割強下落した。ウミを出し切ったはずの原発事業で数千億円の損失が発生する可能性があると27日に発表。市場では経営の先行きに対する不信感が強まった。

 この記事で「ウミを出し切ったはずの原発事業で数千億円の損失が発生する可能性がある」との指摘に関していえば,2015年中に東芝が露呈させた不正会計の問題も「ウミ」にたとえて表現するとしたら,以前からそれは社内にたっぷり溜めこまれていたわけである。

 既述,本ブログの「本稿(1)(2)(3)」,2023年2月の18・19・19日は,経営学者伊丹敬之の真価を,企業問題に関した『理論の提唱』と『実際の過程』とにかいまみえた『落差』に着目する問題意識をもって検討しつつ,必要となった批判は遠慮・容赦なくくわえてみた。

 経営学界のなかではたいそうエライ先生だといわれてきた伊丹敬之のような経営学者であっても,自身が「社外取締役陣」(彼は監査役)にくわわっていた「東芝の事業経営・内部事情」を,実際において,肝要な箇所を知悉できている由はなかった。

 当時,世間を騒がせる報道となった東芝の経営失敗という出来事からは,彼らは〔ここではとくに伊丹敬之など学識経験者の場合〕,実は,「東芝の経営内容」「その実体」をなにもしらされていなかった,つまり無知(無縁?)であった場所に,社外取締役として「疎外され排除されたかっこう」でたたずんでいたことになる。

 その種の事情がどうしてもあったにせよ,結局「経営学者の経営しらず」というなんとも恥ずかしい立場が,とりわけ経営学を専攻する学究の立場において暴露させられていた。

 本ブログがこの連続ものの記述のなかでとくに関心を向けたのは,経営学者伊丹敬之に問われていたはずの『社会科学者の倫理』の問題であった。

 伊丹敬之は「経営の理論と実際」に関してとなれば,自分がまさに専攻する「経営学という学問」の立場をもって対面してきたはずの「東芝における社外取締役」の任務,それも「監査」を担当した体験を,結局はきびしく問われないままに過ごしてきた。

 この指摘は,当時開催された株主総会で壇上に座っていた彼の姿をみつめておこなうものではない。

2015年8月18日臨時株主総会にて

 東芝のホームページにはこういう説明があった。まず「役員・社外取締役紹介 社外取締役について」「(1)社外取締役の氏名など」の項目では,伊丹敬之をこう解説している(この解説の「文章」に関する日付は,このページをみるかぎり明記されていなかった)。

 a)「伊丹敬之 指名委員会委員」
 「監査委員会委員」として「取締役会に23回(96%),指名委員会に12回(86%),報酬委員会(9月まで)に3回(100%)出席しました。また,監査委員会委員(2015年7月から2015年9月までは監査委員会委員長)に就任した2015年7月以降,監査委員会に29回(94%)出席しました。経営学の専門家,大学の組織運営者としての幅広い実績と識見にもとづき,適宜必要な発言をおこないました。

 b)「イ.当社の法令又は定款に違反する事実その他不当な業務の執行に関する対応の概要」
 社外取締役である伊丹敬之氏は,本件事実が発覚するまで,当該事実を認識しておりませんでしたが,同氏は日ごろから当社取締役会等において,コンプライアンスの強化徹底の観点から発言をおこなっておりました。

 本件事実の発覚後,同氏は2015年7月22日に監査委員会委員長(2015年9月以降は監査委員会委員)に就任するとともに,同月29日に設置された経営刷新委員会の委員長に就任し,本件の再発防止策として,取締役会の機能と構成,監督機関の強化を中心に当社のコーポレート・ガバナンス改革の基本方針に関する提言をおこなうなど,適切にその職務を遂行しました。

 社外取締役である島内 憲,斎藤聖美,谷野作太郎の3氏も,同様に,本件事実が発覚するまで,当該事実を認識しておりませんでしたが,日ごろから当社取締役会等において,コンプライアンスの強化徹底の観点から発言をおこなっておりました。
 
 3氏は,本件事実の発覚後,経営刷新委員会の委員に就任し,本件の再発防止策として,取締役会の機能と構成,監督機関の強化を中心に当社のコーポレート・ガバナンス改革の基本方針に関する提言をおこなうなど,適切にその職務を遂行しました。

 c) この東芝側の説明,いささかならずいいわけがましいだけで,強度に手前味噌の文面であった。ともかく,この内容に表現された〈いいぶん〉が振るっていた。

 自社の社外取締役たちが,(多分)「節穴の目」しかもちあわせていなかった立場に置かれていたとしても,これはいたしかたない点であったのであるとでも弁護した口調が,あらわであった。上の文面に接して読んだ第3者は,隔靴掻痒の感など一気に飛びこえて,要らぬいらだちを覚えるに違いあるまい。

 だから,わが社に「ことが実際に起きて〔発覚〕しまった」前後を問わず,ともかく「日ごろから当社取締役会等において,コンプライアンスの強化徹底の観点から発言をおこな」うよう励んでくれていた彼らの立場であったからゆえ,この面の働きはそれなりに「たいそうけっこうでした」というふうに工夫した “以上の文言” は,意図的になにかをかばっているかのような調子にしか聞こえなかった。

 率直に感じた点をいえばそのように,仲間うちでのかばいあいになるだけの文句を並べていた。このさい,社外取締役たちのご機嫌をも害してしまい,嫌われたりしたら(!?)元も子もないということか。

 d) 伊丹敬之のような学識経験者は,事件が起きた当時,株主総会において株主たちや,たとえばその後に公刊された文献,今沢 真『東芝不正会計-底なしの闇』毎日新聞出版,2016年1月などが,きびしくこう問うていた点に対して事後,なにか応えたものがあったか。

 「社外取締役や監査法人,会計部門の責任者が不正をまったく認識できていなかったのはなぜか。それをやるのが最大の仕事ではないか,社外取締役には外務省出身者や大学の先生が入っているが,全然役に立たないのではどうにもならない」。

 「3人の社外監査委員のなかには財務・経理に関して十分な知見を有していなかった」。そうまで「いわれては,華麗な職歴が泣くというものだろう」。

 「社外取締役は役割を果たしていないのか?」「まるっきりの想像だが,提訴に関して役員が説明しないことを,社外取締役はしらされていなかった可能性がある」

 「しらされていたら,社外取締役から『おかしい』と声が上がるはずだからである」。「社外取締役は数だけ7人に増えた」「しかし,情報開示について現時点では機能を果たせていない」。 

註記)今沢 真『東芝不正会計-底なしの闇』毎日新聞出版,2016年1月,28頁,81頁,120頁,121頁。

 ここであえて,伊丹敬之に好意的に解釈をくわえてみる。この経営学者もまた「東芝の暗い闇」に足をすくわれていた。しかし,伊丹は同時にまた,その闇をわずかも暴けなかった社会科学者としての経営学専攻者であった。そうだったとすれば,この経営学者存在意義は一挙に半減するか,あるいはそれがもともとなかったことまで推察させる。

 e) ここでようやく,前段に挙げていた関連の記事に戻り,その本文を引用することにしたい。当時,株式市場における東芝株の取引に触れていた。

 売買高は6億3875万株と,会計不祥事が表面化したさいの2015年5月12日(4億株強)を超え,東証1部の3割を占めた。売買代金も1653億円と東証1部で最大で,2位のトヨタ自動車の2倍強に達した。時価総額は3日間で8000億円近くを失い,29日には一時,1兆円を割りこむ場面もあった。28日に国内外の格付け会社3社が東芝を格下げしたことも嫌われた。

 損失対象は2015年末に買収した原発建設を担う米社。当時の想定よりコストが膨らみ,企業価値を切り下げる減損処理が必要になる。ただ損失がどこまで膨らむか未確定のため,ひとまず株を売る動きが広がった。「他の損失リスクもあるのではとの疑念をぬぐえない」(いちよしアセットマネジメントの秋野充成氏)との声も聞かれた。

 原発事業では2016年3月期に米子会社を中心に約2500億円の減損損失を計上。大規模な損失は一巡したとみられていただけに,市場のショックも大きい。東芝株は2016年12月15日には2月の安値の3倍まで上昇していた。

注記)「東芝株,3日で4割下落 巨額損失で不信感」『日本経済新聞』2016年12月29日 20:48,https://www.nikkei.com/article/DGXLASDZ29H5J_Z21C16A2TJC000/

 

 ※-4「田原総一朗:東芝不正会計,過大な原発事業計画が失敗の原点」『nikkei BP net』2015. 09. 02  から

 この『nikkei BP net』からの記事引用は少しあとからとなる。その前につぎの話題に言及しておきたい。

 --だいぶ昔の記憶になる。田原総一朗はジャーナリストとして有名であるが,原発問題に関しても歴史的には,特定の深い関与をしてきた人物である。有名な人物なので,職歴や刊行物に関する情報は省略して,ただちにつぎの段落の記述に進みたい。

 田原総一朗は,原子力・原発の問題に関した著書『ドキュメント東京電力-その栄光と影-』文春文庫,1980年などを著わしてきた。

 なかでも,田原総一朗『原子力戦争』筑摩書房,1976年は,原子力船むつ問題を扱った映画『原子力戦争』をATG製作で映画化・公開した。この映画は,原田芳雄扮するヤクザが原子力発電所をめぐる利権争いに巻きこまれるという原作を,脚本にしあげたものであった。問題作とも評され,田原は発表時脅迫されたという。

 補注)ATGという略称は「日本アート・シアター・ギルド(にほんアート・シアター・ギルド)」のことで,1961年から1980年代にかけて活動した日本の映画会社である。

 他の映画会社とは一線を画す非商業主義的な芸術作品を製作・配給し,日本の映画史に多大な影響を与えた。また,後期には若手監督を積極的に採用し,後の日本映画界を担う人物を育成した。

ATGの説明

 田原総一朗の『原子力戦争』1976年は,底辺の人びと(反対運動,賛成運動の人びと,原子力潜水艦の技術者など)に取材した。だが,実際にものごとを決めているのは,「社会の上部の政治家や官僚だ」と気がつき,その後,政治家や官僚について取材していく「契機」となったという。この『原子力戦争』の内容は,国会でも話題となり,大手広告会社の逆鱗に触れ,田原は東京12チャンネルを辞職したといわれる。

 補注)ここで大手広告会社とは電通であり,日本における原子力村の最有力会員の1社。
 
 その原子力ムラを構成する日本の政治社会内の網状を描いた図解のうち,つぎの2点を,次段に紹介しておく。

 この2つの図解を合わせてみつめていれば,岸田文雄が2022年8月下旬に「原発の新増設」を,突如いいだした理由が氷解すると思う。

 現在,岸田内閣で首席秘書官を務める嶋田 隆(62歳)は,経済産業省で事務次官まで務めた国家官僚出身であるが,この嶋田が次官経験者として秘書官に起用された例は,はきわめて異例であったという。

 その事実はともかく,この嶋田 隆が腹話術師となって岸田文雄に「原発の新増設」をいわせた。岸田の「聞く力」は国民向けではさっぱりダメであったが,秘書官のいいぶんだけはオウム返し。

補注)電通への言及。
原子力ムラ構成図:その1
原子力ムラ構成図:その2


 なお,事後において,田原総一朗の原子力発電に対する姿勢は,東日本大震災後も「将来的には廃止が望ましい」とし,「あと20年は原発を維持すべきだ」と主張するなど,原発容認派に転向している。

 自己のツイッターのなかでも「日本の原子力発電所の技術は世界有数」だと,日本の原子力技術を賞賛する発言していた。

 〔ここからが,この※-4における『nikkei BP net』からの記事引用となる ↓  〕

 組織的に利益を水増ししていた「不適切会計」問題の責任をとり,東芝の田中久雄社長をはじめ歴代の3社長が2015年7月21日付で辞任した。同年9月末から新体制が発足し,取締役会を構成する11人の取締役のうち,社内取締役が4人,社外取締役が7人で,半数以上が社外からとなる。

 1)新体制発表も有価証券報告書提出を再延期
 新たな社外取締役に三菱ケミカルホールディングス会長の小林喜光氏,アサヒグループホールディングス相談役の池田弘一氏,資生堂相談役の前田新造氏といった有力企業の社長経験者3人のほか,会計士2人,弁護士1人が就任する。

 新しい経営体制を発表し,イメージを刷新すると東芝が打ち出したのは〔2015年〕8月中旬のことだが,8月31日に予定していた2015年3月期の決算発表を再度延期した。

 米国子会社での不適切な会計処理など約10件が新たに判明したためだ。従業員の内部通報や監査法人の監査でわかったという。〔2015年〕8月31日に都内の本社で会見した室町正志社長は「あらためて深くお詫びする」と陳謝するとともに,9月7日までに決算発表と有価証券報告書の提出ができない場合には「進退も含めて考えたい」と述べた。

 2)「不正会計の原点はウェスチングハウス買収」-『日経ビジネス』http://www.nikkeibp.co.jp/atcl/column/15/100463/090200027/  参照

 東芝の不正会計を調査した第三者委員会の報告書(2015年7月20日発表)によると,2009年3月期から2014年4~12月期で計1518億円の税引き前利益を水増ししており,さらに568億円の追加修正額(8月18日発表)が明らかになっている。

 辞任した歴代社長が「チャレンジ」と称して各カンパニー社長に収益改善の目標値を示し,その達成を迫ったという。また経営陣はメールや電話で「工夫をしろ」などと圧力かけて利益のかさ上げを迫るなどして,多くの事業部門が不正の会計を組織的におこなってきたとされる。

   なぜ「名門」「老舗」と呼ばれた東芝がこんな過ちを犯したのか。その謎に迫る記事が,『日経ビジネス』2015年8月31日号の特集「東芝 腐食の原点」に掲載されている。特集第2部の「不正の動機は何か 6600億円買収の誤算」と題したリポートだ。

 この記事によれば,東芝が不正会計を処理するようになった原点は,米国の原子力発電機器大手ウェスチングハウス(WH)の買収だったという。

 2006年,東芝はウェスチングハウスを約5400億円で買収,のちの追加出資分を含めると買収総額は6600億円になった。実は当初,ウェスチングハウスは三菱重工業が買収しようとしていた。その買収額は2000億円程度だったが,結局は買収を見送っている。この2000億円と比べれば,東芝の買収総額がいかに高いかが容易に想像できる。

 補注)本日の記述「題名」は当初(この記述が初出された時期のこと),「原発はトランプ・ゲームのババであるのに,この事業をアメリカから買収した東芝……」という文句を付けていた。このあたりの段落までくると,その評点の意図がだんだん理解してもらえるはずである。 

筆者補注。

 3)米WH社の買収で,加圧水型原子炉を手に入れる
 一般的な原子炉には沸騰水型原子炉(BWR,Boiling Water Reactor)と加圧水型原子炉(PWR,Pressurized water reactor)がある。

 BWRは核分裂によって生じた熱エネルギーで水を沸騰させ,高温・高圧の蒸気でタービンを回して発電する方式である。これに対し,PWRは核分裂の熱エネルギーを加圧水に伝え(一次冷却系),それを蒸気発生器に通して高温・高圧の蒸気をえてタービンを回す方式である。    

 BWRは原子炉構造を比較的に単純化できるものの,放射性物質に汚染される部材が多くなるデメリットがある。一方のPWRは放射性物質を一次冷却系に閉じこめることができるのでタービン建屋全体を遮蔽する必要がなく,保守や安全性の面で有利といわれる。

 東芝は米ゼネラル・エレクトリック(GE)と組んでBWRを手がけてきた。東京電力をはじめ東北,中部,北陸,中国の各電力会社がBWRを採用している。一方,三菱重工はPWRを手がけ,北海道,関西,四国,九州の各電力会社が採用している。

 ウェスチングハウスが手がけていたのはPWRであり,そのため当初,三菱重工が買収しようとしたのは当然のことだったといえる。世界の商用原子炉の流れをみれば,当時,BWRよりもPWRのほうに勢いがあった。そうした状況を考えて,東芝はPWRを手がけるためウェスチングハウスを6600億円という高額で買収したのだ。

 4)福島原発事故後も原発事業計画は変更せず
 ウェスチングハウスを買収した2006年当時,東芝の西田厚聰社長は経営方針説明会で「2015年度までに(原子力事業の)売上高を3~3.5倍にする」とぶち上げた。2年後の2008年5月には,「2015年までに(原発新設で)33基の受注を見込む」との目標をかかげた。

 西田氏の後任として社長に就任した佐々木則夫氏は2009年8月,「2015年度の(原子力事業の)売上高は1兆円,全世界で39基の受注をみこむ」と表明する。当時はすでにリーマンショックにより世界経済は大きく後退していた時期にもかかわらず,強気の路線を崩すどころか,原発受注計画を6基上乗せして39基としたのだ。

 ところが,2011年3月11日に東日本大震災が発生し,翌12日に東京電力福島第1原子力発電所で重大事故が発生する。世界の原発をとりまく状況は大きく変わることになるのだが,それでも東芝は原発事故から2カ月後5月24日,佐々木社長は経営方針説明会の席で再び「2015年度目標は39基,売上高1兆円をめざす」といいきったのだ。

 福島原発事故後にも原子力事業の計画を変えなかった東芝だが,その計画はいまどんな状況にあるのか。2015年8月現在,新規原子炉の受注実績は中国で4基,米国で4基,合計で8基しかない。 バラ色の未来を想定しつづけ,無理を重ねる。

 しかし,その後,最新の原発世界市場に関する事情には一定の変化が現われていた。ここではつぎの報道を,途中に挿入する体裁で引用しておく。

 ▼ 世界でしぼむ原発市場  日立,東芝,三菱重が核燃事業統合へ ▼
   =『東京新聞』2016年9月30日朝刊,http://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/list/201609/CK2016093002000126.html=

 日立製作所と東芝,三菱重工業の3社が原発の燃料製造事業を統合することで調整していることが〔2016年9月〕29日,分かった。東京電力福島第1原発の事故の影響で国内の原発はほとんど稼働せず財務が悪化しており,来春をめざした統合で経費節減などをめざす。しかし,原発産業をめぐる経営環境は国内外で厳しさが増しており,狙いどおりの効果を上げるのは難しい状況だ。

 統合を検討している3社は,日立,東芝,三菱重が直接出資する2社と,東芝傘下の米ウェスチングハウス・エレクトリック(WH)などが出資する1社。安倍政権は原発の再稼働を急ぐが,国民負担を増やす議論が始まるなど,矛盾や課題が山積している。安倍首相はインドやトルコなど海外に原発を売りこむが,原発産業は世界でも厳しさを増している。

 欧州ではドイツが脱原発の方針を決定。フランスは原発大手アレバが開発した原子炉に相次いでトラブルが発生し,2015年度まで五年連続で純損益が赤字になり,政府が支援に乗り出している。

 英国は二酸化炭素(CO2 )の排出を抑えるため原発の新設を決めたが,事業者の採算割れを防ぐため1キロワット時当たり12.21円(一ポンド=132円換算)の収入を保証する仕組を導入。市場で取引される電力価格(1キロワット時当たり5.5円程度)の2倍を超え,足りない分は国民が負担する状態だ。

 米国では採掘困難な地層から石油や天然ガスがえられるようになったシェール革命で火力発電が安くなり,コストに劣る原発の廃炉が相次ぎ決まっている。新興国では原発の増加がみこまれている。

 だが,世界の原子力産業を調査する市民グループによると,中国では原発への投資額は再生可能エネルギーの2割弱。インドでも2012年以降,風力の発電量が原発を上回る傾向が続いている。

 リーマンショックをものともしない強気の受注計画を発表するなか,実は東芝は2009年3月期に3436億円の最終赤字を計上していた。この赤字転落は事前に予想されたからこそ,原子力事業で赤字を埋めるために過大な期待を寄せたのかもしれない。そう推測することもできる。

 前述したように,不正会計問題を調査した第三者委員会が,歴代社長が「チャレンジ」を迫り,税引き前利益を水増ししたのは2009年3月期からと指摘しているが,それはちょうど西田,佐々木両氏(佐々木氏の社長就任は2009年6月)の時代に始まっているのだ。

 東日本大震災後,ドイツの総合電機大手シーメンスは原発事業から撤退を表明した(2011年9月)。フランスの原子力大手アレバは2011年から4期連続の最終赤字に陥り,フランス政府の救済を受けなければならなくなっていた。さらに,米GEの原発事業の売上高は約10億ドルで,総売上高の1%に満たない。

 世界の原子力産業が大きく変化していくなか,東芝はあくまでもバラ色の未来を想定し,無理に無理を重ねたのではないかと思われる。こうしたことが不正会計処理の大きな動機になっている。前段で引用した『日経ビジネス』の記事などは,そう指摘していた。

【参考記事・図表】-『東京新聞』2020年9月17日から-

原発輸出・事業の不振 2016-2020年

 5)「その場の空気」が組織を呪縛する
 原子力産業を取り巻く世界の環境が大きく変化しても,東芝は虚構を重ね,事業計画をすみやかに変更することができなかった。「2015年度の売上高は6300億円」と下方修正したのは2013年8月,田中久雄社長の時代になってからだ。

 東芝はいち早く社外取締役を導入し,ガバナンス改革の先駆者とみなされていた優良企業のはずだった。その「名門」が会社ぐるみで不正をおこなったのは,作家の山本七平さん(故人)が『「空気」の研究』文藝春秋,1977年に書いたように,組織全体が「その場の空気」によって呪縛されてしまったからなのだろう。

 トップが「売り上げと利益をあげろ」と無理やりいったとき,そこに矛盾や問題があることがわかっていても,誰も「NO」といえない日本的な風潮があったのだ。私たち日本人は,「その場の空気」に縛られているかぎり,いつになっても失敗を繰り返してしまうのかもしれない。(引用終わり)
 

 ※-5「アメリカ】ワッツバー原発2号機が稼働開始。米国で20年ぶりの新規原発」『Sustainable Japan  サステナビリティニュースメディア』2016/11/11,https://sustainablejapan.jp/2016/11/11/first-new-us-nuclear-reactor-in-20-years/24209


 米国テネシー川流域の総合開発を手がけるテネシー川流域開発公社(TVA)は〔2016年〕10月19日,テネシー州東南部レイ郡に位置するワッツバー原子力発電所2号機(1,218MW)の運転を開始したことを発表した。

 アメリカで新たな原子力発電所が運転開始したのは,1996年に同発電所1号機(1,121MW)が運転開始して以来20年ぶり。完成した2号機は,1号機と同じ加圧水型原子炉(PWR)で,ウェスティングハウス製。1970年代に建設が開始していたため,最先端の第3世代原子炉ではなく,第2世代の原子炉。

 同機の建設が始まった1973年,アメリカは原発建設の最盛期を迎えていた。しかし,1979年のスリーマイル島での原発事故,1986年のチェルノブイリでの原発事故を受けて,アメリカの原子力産業は停止状態に。規制強化に伴って原発にかかる費用が急上昇し,TVAは経営破綻寸前まで追いこまれた。そのため,ワッツバー原子力発電所2号機の建設計画は,1980年代後半に一時中止となった。

 しかし2000年代,環境規制の強化を受けて,石油や石炭などの化石燃料の代替として再び原子力が着目されるようになった。連邦政府のローン保証を用意して原発を推進したブッシュ政権の動きは「原子力ルネサンス」と呼称された。この潮流に乗り,TVAは2007年にワッツバー原子力発電所2号機の建設を再開。

 2011年に福島第1原子力発電所の事故が発生したことを受け,連邦政府の原子力発電規制当局である米原子力規制委員会は,原発設計に関し9ヶ所を修正し,そのうち2ヶ所は建設中のワッツバー原発2号機建設にも該当し,設計のやり直しがなされた。昨〔2015〕年末に2号機は米原子力規制委員会から40年間の運転許可をえ,この日の完成に至った。

 当初の予算をはるかに上回る47米〔億,←原文は抜けている語〕ドル(約4,900億円)という費用を要したワッツバー原子力発電所2号機だが,TVAは同機が今後40年以上にわたって低コストで環境負荷の低い電力を供給するとしている。同発電所の2機によって発電される電力は,アメリカ南部複数州の130万世帯分にあたる予定。

 米国では,福島第1原子力発電所事故のあとも,原子力発電所は稼働を続けているものの,ここ20年間で原子力発電の新規稼働はなく,原子力発電割合は20%に留まっていた。運営主体のTVAは,原発稼働により温室効果ガス削減効果が期待できるとしている。(引用終わり)

 この記事は,第2世代の原発を40年も経ってからであったが,これを新設あつかいした発電所として完成させ,稼働させた事実を報じている。なんとも悠長な原発事業の進行状態であったというほかない。

 その間における自然・再生可能エネルギーの開発・利用が飛躍的に進歩している現実は,まったく除外したまま,原発事業だけが別世界での出来事になって「独立独歩」している感を与える。

 自動車産業の製造・販売の問題として考えてみればいいのである。「40年前に設計された新車」の図面を基本に使い,それもいまごろ再生させて製造・販売する自動車会社が,どこにあるのか?

  原発と自動車はそう簡単に並べて比較はできない製品とはいえ,譬え話としては理解の手がかりを提供してくれるはずである。

 ※-6「東芝は不可解な『巨額損失』の経緯解明を」『日本経済新聞』2016年12月30日,http://www.nikkei.com/article/DGXKZO11235380Q6A231C1PE8000/

 会計不祥事で再建中の東芝に,新たな巨額損失の可能性が浮上した。昨〔2015〕年末に子会社の米ウエスチングハウスを通じて買収した,原子力発電所の建設などを手がける米企業で想定外のコストが生じ,数千億円規模の減損損失が発生するおそれがあるという。

 財界トップを輩出した名門企業は重大な岐路を迎えたといえる。東芝の経営陣にまず求められるのは損失額の1日も早い確定と,なぜ巨額の損失が出る見通しになったのか,経緯の解明だ。
 
 東芝の説明によると,原発をめぐる安全意識の高まりから,米社の手がける原発建設のコストが予想以上に膨らみ,巨額の損失につながったという。

 だが,原発の安全性に厳しい視線が注がれるようになったのは最近の話ではなく,東京電力福島第1原発事故以来だ。昨〔2015〕年末に買収を決める時点で,考慮に入れるのが当然の要素だろう。

 くわえて当時の東芝は会計不祥事の渦中にあった。さらなる問題を起こせば,上場廃止を含めて市場や社会から厳しい制裁を科されるのは,必至の情勢だった。

 そんな企業がなぜ,これほどの失敗を重ねたのか,理解に苦しむ。買収相手の資産査定でよほど大きな見落としがあったのか,それ以外の深い事情が隠されているのか。納得いく説明が聞きたい。

 いずれにせよ同社は今後,解体的出直しを迫られるだろう。複数の事業を抱える「総合電機」という企業のかたちをいつまで継続できるか,先行きは見通せない。

 だが,発想を切り替えれば,今回の事態を再出発の機会ととらえることもできるのではないか。たとえばフラッシュメモリー事業だ。最大手の韓国サムスン電子にも対抗しうる強い事業だが,東芝の一事業部門にとどまるかぎり,十分な資金を調達できず設備投資競争に劣後するかもしれない。

 むしろ独立して外部のリスクマネーをとり入れたほうが展望が開ける,というみかたがある。原発事業も,国内他社との再編集約を含めさまざまな選択肢が浮上するだろう。日本では東芝,日立製作所,三菱重工業の3つの原発メーカーが並び立つ。「多すぎる」という声は前々からあった。

 企業の再生や事業の再構築を成功に導くには,強力なリーダーが不可欠だ。社内外を問わず有為の人材を登用し,難局に立ち向かわなくてはならない。(引用終わり)

 ところで,この日経の記事は「原発事業じたいを否定すること」は,けっしていっていない。東芝が昨年(2015年)中に話題となった困難は,ここまでの記述でかなり詳細に言及してきた。

 本稿の議論として問題の核心は,どこにあったか。東芝という有名会社は,以上のごとくに指摘され,きびしく批判(指弾?)もされた経営状態を惹起させ,結果させた。

 問題は,その過程において社外取締役たちの見識が基本から試されていた点,つまり,各自の立場なりに有識であった「企業経営観や経営分析力」が問われていた点にあった。

 いいかえると,いったいなんのために「東芝役員の立場に就いていたか」という事実そのものが,結果責任的にも非常にきびしく問われていた。

 次項※-7 は,そのあたりに関連する「経済の背景」ならびに「経営の事情」を解説していた。 
 

 ※-7「東芝がはまった米原発の難路」米州総局稲井創一「NY特急便」『日本経済新聞 電子版』2016/12/30 9:05,http://www.nikkei.com/article/DGXLASGN30H04_Q6A231C1000000/

 
 米南東部ジョージア州オーガスタ。街の中心から30分ほど車で走ると巨大なコンクリートの塊がみえてくる。大規模損失に揺れる東芝子会社のウエスチングハウス(WH)が原子炉を供給するボーグル原子力発電所だ。このボーグル原発3,4号機。今〔2016〕年5月時点の工事進捗率は2~3割だった(ジョージア州)。

 「米原子力規制委員会(NRC)が頻繁にチェックに訪れ,そのたびに作業が中断する」。今〔2016〕年5月に現地を訪れたさい,ある現場社員がこうつぶやいたのを思い出す。

 2011年の福島第1原子力発電所事故やテロ脅威の影響もあり,現場にはNRCの人間が常駐し工事に目を光らせる。設計変更まで求めるNRCの関心は「安全」であって「工期」ではない。

 5月時点でボーグル3号機の稼働時期は2019年6月,4号機が2020年6月と当初予定から約3年遅れていた。原発工事に慣れた技術者が米で枯渇していたこともあるが,米原発工事の安全・品質基準の厳格化がとりわけ足かせになっていた。工期の遅れは作業員の雇用期間が延びるなどコスト増につながる。

 今回の巨額損失の理由として,東芝の畠沢守執行役常務も「プロジェクト完成にかかるコストが想定より大きかった」と説明した。工期をめぐるなんらかの要因が損失増につながっている可能性がある。

 しかし,原子炉を供給するWHがなぜ,原発建設の巨額損失リスクを負うのか。2015年12月,WHは原発建設のパートナー,米エンジニアリング大手シカゴ・ブリッジ・アンド・アイアン(CB&I)から原発建設を手がけるCB&Iストーン・アンド・ウェブスター(S&W)を買収した。買収を発表した2015年10月のCB&Iの資料によると,WHは2億2900万ドル(約270億円)を現金で支払うことになっている。

 WHのダニー・ロデリック会長は「1つのチームとして能力を拡大できる」として,WHが得意とする原子炉周辺だけでなく,より広範な領域で原発工事を手がけるメリットを強調した。一方,CB&Iのフィリップ・アシャーマンCEOは2015年11月の決算会見で,S&W売却について「原子力ビジネスの売却で事業計画が立てやすくなり株主の満足にもつながる」と述べた。

 通常,工事の延期による費用は建設・エンジニアリング会社が負担する。電力会社への賠償も発生しかねない。CB&Iは建設会社にとって生命線の「工期」に不透明感がつきまとう原発ビジネスはもはやリスク以外なんもでもないと判断。「原発建設」から距離を置いた。結果,リスクをとったWHは買収で損失範囲を拡大させた。

 一口に建設といっても調達,設計,据え付け,試運転,労務管理など多岐にわたる。CB&Iからすればこうしたリスクからうまく逃れたことになる。

 WHが買収したS&Wはボーグル以外にもサウスカロライナ州のVCサマー2,3号機や中国などWHが原子炉を供給する別の発電所でも建設を担う。ある市場関係者は「今回の損失の詳細も判然とせず今後も損失リスクは残る」と指摘する。

 「原発売上高1兆円の旗は下げない」。2011年3月11日の東日本大震災による原発事故以降も,当時の佐々木則夫社長は原発強化の姿勢を強調していた。しかし「絶対ない」(佐々木氏)としていた共同出資者だった米エンジニアリング会社ショー・グループの子会社が,2012年にWHへの出資を引き揚げ,契約にもとづきその分を東芝が約1250億円で引きとらされる事態となった。

 S&Wを売却したCB&Iと共通するのは,「3・11」以降,規制をめぐる環境が一変して原発ビジネスのリスクが高まったという認識と素早いリスク回避の動きだ。対する東芝は積極的にリスクをとりこみつづけ,その結果が,相次ぐ巨額損失と大規模リストラを招いた。

 米原発関連の損失が明るみに出た2016年12月27日から3日間で東芝株は41%下落。一方,同期間でCB&Iは6%安,ボーグルやVCサマー発電所を運営する会社の親会社サザン電力は0.1%安,WHの建設パートナーのフルアー社も0.8%安にとどまった。米原発ビジネスで一手にリスクを背負いこんだ東芝の苦悩を株式市場は如実に映し出す。(ニューヨーク=稲井創一)(引用終わり)

 ところで,〔ここでの話題で当時の〕アメリカの次期大統領は偶然にもトランプという姓であったが(ただし,このトランプ:Trump はドイツのもとの苗字: Drumpf を変えたもの),日本の東芝は,アメリカ原発事業の買収問題にさいして,トランプ・ゲームでのババの役回りをわざわざ押しつけられた経営判断を,それも皮肉なことに「失敗・失策する意思決定」としておこなっていた。しかも,懲りずにその種の不出来を小刻みに反復するかたちで記録してきた。

 そして,そうした東芝経営陣の失策や脱線をみとがめ阻止すべき役目をもっていたはずの,経営学者伊丹敬之を含めた東芝の社外取締役陣は,なんの役にも立っていなかった。

 いったい,なんために,存在していた「社外取締〈役〉」の陣容(人たち)であったのか。きっとだが(!)多分,お飾り的なその地位に甘んじていたとしか観察するほかない。

 2023年2月下旬の現在になっても依然,根本から疑問が尽きないでいる。参考にまで指摘しておくと,東京理科大学大学院イノベーション研究科のホームページには,つぎのような報告が記載されていた。これは記述されているとおり,7年半ほど前の事実であったが……。

        ◇ 伊丹敬之教授が東芝の経営刷新委員長に就任 ◇
        =東京理科大学ホームページ,2015/08/04  掲載 =

    東芝が不適切会計問題に係る調査報告書を受けて設置された経営刷新委員会の委員長に本専攻の伊丹敬之教授が就任しました。経営刷新委員会は,社外の有識者が自由に意見を交わして助言する組織として,調査報告書での指摘事項を考慮し,経営体制,ガバナンス体制及び再発防止策等を検討します。
 註記)『東京理科大学ホームページ』http://most.tus.ac.jp/mot/news_event/detail.php?i=859 なお現在(その後),このHP内にこの住所で検索しても,「ページがありません」という返事で,該当記事は出てこない。以上の「就任案内」は,本ブログ筆者が当時コピペしていたものである。

 経営学者であるはずの伊丹敬之はそのうち,東芝の「以上に関する回顧」録,つまり自己分析( ⇒ その体験の反省を学問的に「見える化」する作業?)を,できれば,ぜひとも書物に表現するかたちをもって公表してほしいものである。伊丹の筆力にかかれば,きっと,おやすい御用と思われる。

 本ブログのこの「経営学者の現実認識をめぐる根本的な吟味」は4回にわたり,長々と「社会科学者であり,経営学者であるはずだった伊丹敬之」の足跡を,「東芝経営・会計不正問題」の発生時に,社外取締役(監査役)の立場(職位・地位)にいた人物としてのその対応ぶりを,その経営学者の社会科学的な素性に即して観察してみた。

 途中の「回」でとりあげた坂本藤良という経営学者は,自身の家業であった製薬業会社の経営状態が苦しくなったさい,これを建てなおそうとみずから飛びこんで経営者になったものの,結局「倒産させた」。

 坂本藤良はその自身が体験した失策・挫折を隠すこともなく,自著を制作するための材料に活かした。

 伊丹敬之は東芝という大企業にかかわってきた途中で発生した,その会社の破綻にひとしい状況に対峙させられたとき,いったいどのように応じる態度・姿勢を記録してきたのか?

 将来,経営学の研究に従事する後学の士のなかからだが,本ブログの筆者が追究してみた以上にきびしい筆致で,伊丹敬之の「経営学者としての理論と実践」の関連問題にメスを入れようとする者が登場しないとはいえない。

 伊丹敬之は,東芝に発生した経営・会計問題を介して自分なりに学んだはずの体験(感性)を,このさい,学問研究次元(痴性・理性)の水準にまで高めて変換し,精錬させて制作する「著作」の1冊くらいは,しごく簡単に実現・公表できるのではないか。
 

 ※-8〈追 記〉-桂 幹『日本の電機産業はなぜ凋落したのか-体験的考察から見えた五つの大罪-』講談社,2023年2月から

 この桂 幹の本は新書版であるが,最新の著作として東芝の蹉跌にも触れていた。それも,本ブログの筆者が途中でなんども言及した,つぎのごとき問題性を指摘していた。ここではつぎの段落の引用だけをしておく。

 人は往々にして同じような過ちを繰りかえすものだ。スペースジェットの開発を中断した三菱重工は,自社の開発能力を過大に見積もっていたようだし,モノいう株主に翻弄された東芝の経営トップは,明快なビジョンを描けないまま,いたずらに混乱を引き起こして辞任した。

 かたちは少しかわってはいるものの,どちらも本書で取りあげた罪と重なる。このような同じ過ちを断ち切るには,たとえ心苦しいプロセスであったとしても過去の失敗に真摯に向き合い,その原審を広く共有するしかない。

 ところが,日本企業では失敗を失敗と認めることに抵抗があるのか,責任論に発展するのを恐れているのか,徹底した原因分析を避ける傾向がある。失敗は蓋をして隠すものではなく,本来は貴重な体験として語りつがれるべきものなのだが,なかなかそうはならないのだ。

桂,前掲書,243-244頁。

 伊丹敬之は経営学者であった。しかし,「なにごと」において,「なかなかそうはならない」客体的な事例をみずから提供した。しかもその事実は,第3者の視線からでも容易にみとおせる経緯のなかで生じていた。

 とはいえ,その後における彼の立場がケセラセラになっていた事実はまた,いくらかでも伊丹敬之の存在をしる同学たちの理解をもってすれば,すぐに了解のいく出来事でもあった。

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