2024年5月22日(水) 夢に手を真っ直ぐに伸ばしていられる
ぼくが若い頃に想像した自分の老年は、渋茶を飲んで、ゆったりとテレビで時代劇などを観て、一日中笑顔で暮らしている姿でした。
それはたぶん、ぼくの父親を見ていたからなのです。ぼくの父親は、年をとってから、さらに無口になり、いつも穏やかに、笑顔を絶やさない人でした。「ほとけ様」というあだ名がついていました。
ぼくは、猫背のところや、おとなしい性格など、父親似だったので、おそらく年をとったら、「ほとけ様」というあだ名がつくのだろうと思っていたのです。
そしてたまに、「ああ、ぼくも若い頃には、詩を書いていたのだな」と、日向ぼっこをしながら、うつらうつらしながら、思い返すこともあるのだろうと、想像していたのです。
さて、ぼくは今、73歳になります。もうじゅうぶんに老齢です。
けれど、若い頃に想像していた老人とは、違っていました。
まだまだ自分の可能性が試されているような、日々を送っています。
そうなんだ、と、今になって思うのです。
人というのは、歳をとっても、それほど若い頃と違わないものでした。その気でいれば、ずっとやりたいことをやっていてかまわないのだ、できるのだ、と知りました。
老齢は、あてがわれるものではなく、自分で選びとることもできるのだ、と知りました。
感動することは、まだまだたくさんあります。
自己表現に毎日どきどきして、ちょっと喜んだり、深く反省したり、そして、夢に手を真っ直ぐに伸ばしていられるのだと、知りました。
たぶん、80代になっても。
さらに命が与えられているのなら、みずみずしい90代の日々にも。
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