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140字小説続けてみる(2024.05.01〜05.31)


 『私はまだ旦那様に会ったことがない』

 とある資産家のお屋敷につとめることになった。仕事は番犬と屋敷の奥に住む可愛らしいお嬢様のお世話。驚くことにお嬢様は既婚者なのだそう。まだ十代なのに。

 それにしても旦那様に会わない。

 同僚に聞くと、皆「会っているじゃない」と私を笑う。後で知った。

 私の世話する犬が旦那様だと。

 ✳︎

 執事に言われた。

「旦那様の妾になってくれ」
「嫌です」
「お前がいないと旦那様が不機嫌になられる。困るのだ」

 弱る私の足元、旦那様はだらしなく腹を見せ寝転がっている。執事に「ホラ!」と胸を張られため息が出た。

「慣れているだけです。飼っていたので」
「飼っていた?」
「はい、犬を」
「犬?」

『各駅停車で帰る』

 四月から離れた街に住む彼に会いに行った。

 帰りは在来線。反対側の席で高校生っぽい子たち(男女のグループ)が喋ってる。肩が触れるか触れないか紙一枚の空間をじっと見る。

 ほんの数ヶ月前、私と彼もあんなだった。

 足がもう船。私はお尻の下のヘタレたシートに自分とワヤになった恋心を埋めてる。

『雑草』

 姉の私は無口で無愛想、可愛げがないとよく言われた。妹はお喋りで愛嬌があり、誰からもよく可愛がられた。

 例えれば私は大輪の花の下で地面を覆う雑草。でも、羨ましくはない。

 妹は本命から告白された事がない。ライバルが多すぎるのだ。

 私はじっくり相手を囲い込む。本当に好きな人を必ず手に入れる。

『待つ』

 気づけばほとんど会っていない。

 ねぇ覚えてる? 私達恋人だよ? そんな時「会おう」と彼から電話。仕事帰り車で拾ってもらい着いたのは初めてキスした港の見える丘だった。

「ここは変わらないな」
「そうだね」
そうだね……でも今は。私も彼も変わった。心だってきっと。

私は別れの言葉を待っている。

『デキる男』

「一見ボーッとしてる男の人の方が仕事デキたりするよね」
「へぇー」
「遊び慣れてない感じが好感持てるかも」
「ふぅん」

「でも、意外と送り狼しちゃうタイプだったりして」
「俺は相手の気持ちを前もって確認するよ?」

「……しないんですか?」
「んん?」

「私には確認しないんですか?」

『部員勧誘』

「ここにいる人は、管理する者とされる者の二つに分類されるの。管理されていた者も時が経てば管理者になれる。今まで我慢した分、チョッピリ横暴になる……としても許されるよね? という、ここは負のループな世界線なんだけど」

「……それ、部の上下関係の話ですよね?」

「で、入る?」

「入りません」

『五月病』

 クリニックの受付に就職した。ある日来た患者さん。症状の痛々しさに私は医師に聞く。

「専門病院に紹介した方が良いのでは」
「今の季節はああいう患者で一杯だよ」
「今の季節?」

「五月病。全身が緑色になる」
「銅像の真似できますね」
「銅像が緑なんて君、昭和生まれ?」

 募集要項は三十歳までだった。

『空を見上げる』

「また見ているのかい」ベランダに立つ私の隣に主人が来た。主人は幼馴染だ。私が昔から空を見上げるのを知っている。

「年々空が霞むの。街の明かりやスモッグで」夫が私の肩を抱く。

 私は昔この地上に置き去りにされた。それ以来母星からの迎えを待っている。

 迎えを、夫が追い返している事は知らない。

『舌なめずり』

 ドアを開けると君がいた。鼻の頭が真っ赤だ。

「三年も付き合ったのに」
「振られたんだ」
「別れたくないの」
「ずるずるしてもね」

 ワッと泣き崩れる体を抱き止める。
 分かってる。君は僕に興味がない。君にとって僕はあくまで安全パイ。

 でもね、僕は違う。今、チャンス到来だって舌なめずりしているよ。

『あの子と初めて話した』

 友達の多いあの子が眩しくて辛い。私はいつだって教室の隅で体を丸めてるから。

 連休明け、朝からサボって裏山に登る。

 見慣れた校舎を足元に眺め着頂上に着く。先客がいる。まさかのあの子だった。両足を踏ん張り立つ背中には、見たことのない孤独が滲んでた。

 その日私は初めてあの子と口をきいた。

『ピアノ』

 私はピアニストだ。最近スランプで苦しんでいる。

 そんな時隣家から求めていた音色が。これぞ私に足りないものだ!

 隣家を訪ねる。「あぁ、うちの娘です」「素晴らしい腕前ですね。どんな練習を?」

 母親はほろ苦く笑った。
「特別なことは何も。好きな子に想いを伝えたいと。口で言う方が早いのに」

『歯』

 奥歯を磨こうと鏡をのぞく。歯と歯の間からとんがり帽の小人が手を振るのが見えた。まさか!? 何度もうがいし口を濯ぐ。

 気味の悪さは消えず翌日歯科を受診した。
 果たして、初期の虫歯だった。

「こういうことよくあるんでしょうか」

 医師は僕の顔をじっと見る。じっと。クソ、歯がむずむずしてきた……。

『鬼は外へ』

 しとみをあげる。夜空には丸い月が。
 今日私は結婚する。相手は顔も知らない殿方。夜中、寝所に忍び込んでくるのだ。

「いざとなってお腹が鳴ったら興醒めでしょ」と無理やり運ばせた揚げ菓子を頬張る。

 すると突然屋根から鬼が落ちてきた。

「丁度いい。私を攫いなさい」「えッ?」「早く。連れてって!」

『生きてさえいれば』

 チャラい外見に反して根は真面目。人一倍我慢して頑張ってしまう、彼はそういう人。

 新卒なのに難しい案件を任され失敗、そして容赦のない叱責。彼は疲れ切った表情で屋上の手すりを乗り越える。

「駄目!」
 私が伸ばした手は彼の腕をすり抜けた。

 そうだ。私死んでいた。生きていれば助けられたのに……。

『さもないと』

「あんたは大きくなったら私のお婿さんになるの! さもないと」
「さもないと?」
「私秘蔵の蝉の抜け殻をあんたの机の中に全部入れる」
「わかったよ。蝉だけは勘弁してぇーん」

 昔、私は半年歳上ってだけで幼い君を泣かせてた。

 だからって蝉モチーフのウエディングケーキはないでしょ。
 一生償わせてやる。

『キスはレモン味』

「キスしたいなぁ」
「待って。リスクがあるの」
「リスク?」
「キスってレモン味でしょ」
「……真実だったのか」
「レモンは酸性。つまりキスした口中は酸性になる。酸は歯を溶かすの。好きな子を虫歯にしたい?」
「分かった、止める」
「うんうん」
「お前とキスしたかったけど」
「え!」
「え?」

『いいひと』

『誰かいい人いないのか。ちゃんとした仕事して食わせてくれるような』「……そのうちに、ね」曖昧に返事して通話を切った。

「誰?」と聞く彼に黙って抱きつく。

 ごめんね。父さんが望むような人と結婚できそうもない。

 だって昨日公園で、めっちゃ好みなシャム猫の獣人を拾ってしまった。

『キスしたい』

 息子ができ、妻は変わった。
 俺には付き合っている時も結婚してからも記念日しかキスを許さないのに、息子には日に何度キスしてもしたりない様子だ。

「俺には?」と聞くと、妻は切なげに眉を寄せる。

「だって貴方にキスすると食べたくなっちゃう」

 そういえば俺は人間で、妻は狼の獣人だった。

『家出』

 今日、君に告白された。私は家出した。

 だって聞いた。
 昨日「いい加減可哀想だから、告ってやれ」って担任に言われてたよね。
 担任経由で付き合うなんて恥ずかし過ぎ。

 夕飯前に家に帰った。
 その後親にもバレていたと知り再度家出しかける。

 そこに君が来て挟み撃ち。家出は失敗。あと、プロポーズされた。

『浴衣』

 六月の初め、箪笥から浴衣を引っ張りだした。鴨居にハンガーで陰干する。

 そんな私に君は「大きい花火、見せてやりたいのになぁ」と笑う。

 いつか私も火の粉を浴びて「玉屋〜!」って叫びたい。

 ごめんね。雪女だから夏の暑さは苦手でして。テーブルには、花と金平糖を閉じ込めた氷柱花が飾られている。

『失恋』

 屋上まで、二段飛ばし三段飛ばしで駆け上がった。

「六年も片思いしたんだぞ」手すりを握りしめ叫ぶ。鼻水と涙で呼吸停止寸前だ。ポンと肩を叩かれる。顔をあげると親友がいた。

「泣くなって。俺も先週フラれた」
「お前もかよ」
 ぺたんと尻餅をつく。親友は消えた。

 そういえば、お前死んでたのな……。

『惜しむ』


 病院の入り口に停まった彼の車に乗り込んだ。

 私はおくるみを抱く腕に緊張を残したまま、「あーあ、退院しちゃった」と背もたれに体を預ける。

「病院にまだいたかった?」と聞いてくる彼はちょっと不機嫌だ。
 バレたかな。

 この子と二人きり、お腹にいる頃と地続きの夜の終わりを私が惜しんでるってこと。

『花』

 ある時見知らぬ男が女に植木鉢を渡しそうとした。女は躊躇したが花好きだったので受け取った。

 育て方が良くて花は大きく色鮮やかに咲いた。女が重病にかかると男がやってきた。

「返してもらいましょう」「嫌よ!」
 揉み合いの末、鉢は床に落ち割れた。男がパッと姿を消す。

 花も消えた。
 病気は治った。

『結婚の申し込み』

「娘さんを僕に下さい」彼女の父親に結婚の許しを請う。お父さんは「そう簡単に許せるわけが」と言いかけ黙る。平伏する僕はそうっとお父さんを見た。

 しめしめ、僕自慢の尻尾を目で追っている。

 お父さんは大の犬好きで、僕はポメラニアンの獣人。

 彼女に今朝たっぷりブラッシングしてもらったからなぁ。

『浮気現場』

 ニ階でうとうとしていると階下から妻の声がした。

「ダメ、無理だから!」
 目が覚めるほど強い口調だった。

 聞き耳をたてる。相手は男のようだ。
 まさか浮気?!
 俺は忍足で階段を降りた。ドアを細く開ける。

「教えてよ」
「中三の数学なんて分からない。本当に無理」
 これはマズい。俺はそっと二階へ戻った。

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