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300字小説も書いてみる(2024.01〜05末まで)

『(私の恋)』
 (あ!)
 平日夕方五時五五分。図書館。私は心の中で叫び声をあげ、書架の陰に隠れる。
 YAコーナーの奥、テーブルの席に君は座っている。少し背を丸め、ノートに視線を落として。まつ毛、私より長いのでは? 左手は参考書のページを押さえ右手でシャーペンを回している。
(器用……、まるで魔法!)と、私は音を立てずに拍手する。
 六時二〇分。他校の制服の女子が机の横に立つ。
 彼女に気づいた君は顔を上げ口元を綻ばせた。
 図書館から出ていく二人の背中を私は見送る。最後まで気づかれないまま。
 これがいつものルーティン。
 全身の力みが抜けると、ほぅと大きくため息が出る。
 別に。ガッカリしてなんか、ない。私が恋した相手は君の指だから。


『秘宝Ⅱ』
 そこは長いこと忘れ去られていた遺跡だった。
 一人の学者が古文書を手に辿り着く。
 古ぼけた墓標の横には古代の機械が座していた。「古代の秘宝が隠されているはずだが」
 機械に触れると画面に文字が。
〈愛とは何だ〉
 宝に辿り着くためのクイズか?
「この墓標を作ったのは誰だ」
 機械が答えた。〈それは私だ。作らずにいられなかった〉
「その衝動が愛だ」
〈私はとうとう人間になった! 愛こそが秘宝の正体だ〉
 機械は動きを止める。電源が尽きたのだろう。
 学者は憮然として遺跡から立ち去った。

『選ばなかった選択肢』
 受け取った背広からは、焼き鳥とタバコのにおいがした。
「後輩さん、大丈夫だった?」
 夫はリビングのソファにドサリと座る。私は背広をハンガーにかけ急いでリビングに戻った。グラスに水を注いで渡す。
「それがさぁ」夫は水を飲み干し「離婚するって泣かれたよ」と答えた。
「大変。まだ新婚だったんじゃない? 原因は?」
「嫁の浮気。同窓会で元彼と再会したんだと」
 私はさりげなく夫の前にまわり込む。
「選ばなかった選択肢の方が魅力的に思えたのかもね」
「選ばなかった?」
 答えず、テーブルに置きっぱなしにしていたハガキをエプロンのポケットしまう。夫の目に触れないよう、そっと。
 選ばなかった選択肢かれに会ったら、私はどうするのだろう。

『姉との会話』
 旦那の母が亡くなった。
 葬儀には姉が来た。高齢の両親に代わりだった。
 お互い夫がある身。会うのはうん十年ぶりだ。
 葬儀の後、食事の場で「わざわざありがとね」と、他から離れて煙草を吸う姉にお礼を言った。
「向こうの親族あんたにそっけなくない?」
「私、子供を産めない悪い嫁だから」
 姉は私渡したお茶をゴクリと飲んで「アホか」と毒づいた。毒づいてから目を丸くした。
「美味しい!」
 湯呑みの底と私の顔を見比べる。
「あんたが淹れたの?」
「うん」
「うわー、年月感じるわ。カルピスだって私に作らせてたのにね」
「お義母さん仕込みです」
「ちゃんと受け継いだものがあるんだから良い嫁だよ」
 やけに優しく言ってくれる。私はつい涙ぐんだ。

『震える』
 君の両親の会社関係、彼女の友人……ありとあらゆる方向から外堀を埋めた。僕からの一方的な想いだけで進めた、そういう結婚だった。
 好きな子を手に入れた、それだけで満足しなければ。君の気持ちは敢えて考えない。
 そんなある日、僕は君が元彼といるのを見かける。意図せず二人の会話を盗み聞きすることになった。
「君の夫が君を手に入れるために何をしたか知っているか? 君は彼を愛しているのか?」
 結婚までの裏工作がバレればきっと軽蔑される。僕はわなわなと震えた。
「知っています。夫が私を得難い宝と思ってくれている。それが今の私の自信。私は愛されている。私も彼が好きなんです」
 ……本当に?
 さっきとは違う震え。
 僕は幸せだ。

『ガラス窓の向こう』
 部屋のドアを開け私は叫んだ。
「こんな写真を送ってくるなんて。不法侵入で訴えてやる!」
 応えはなかった。私は呆然と無人のリビングを見渡す。見回して……ベランダに面したガラス戸に映る光景に息を呑んだ。
 そこには送られた写真の通り、美味しそうなご馳走が並んでいる。そしてテーブルの横には懐かしい人影が。
「ごめん、驚かせて」
「嘘、嘘……」
「誕生日おめでとう」
 笑いかけられ私の手からスマホが落ち床に転がる。明滅してトーク画面が開いた。
 一年前に死んだ彼の。

 半年後、管理会社の社員が私の部屋を訪れる。
 誰一人いない部屋で私のスマホを拾い上げ、不安げに辺りを見回す。

 ガラスの内側からそれを眺め、私たちは微笑みあっている。

『壺』
「どうして割ったりしたの?」
 母が私に対し、獣のように歯を剥き出し言った。普段は大人しいくらいの人なのに。
 優しい父が取りなそうとする。
「また買えばいいじゃないか」
「新しくって、あなた!」
 母の一方的に責める口調に、私はカッとなる。
「私、知っているんだよ!」
「何をよ?」
「あの壺には悪魔が入ってるんだ。寝室に飾って、夜中出てきた悪魔に、お父さんを殺させたかったんだ!」
 父がギクリと私を見た。
「何故お前が知ってるんだ……」
「知ってるんだ……って。お父さん、何言ってるの?」
 母が頭を左右に振る。
「入っていたのは悪魔じゃない。お父さんなの。お父さん、実は壺の魔人なのよ」

『遠のく夜』
 とっくに零時を過ぎていた。
 ドアを開ける。外灯が降りそぼる雫を白い線として浮かび上がらせている。酒と雨の匂い。
「遅くにすみません」
「こちらこそ送っていただいて」
 私たちが話す間に夫は家の奥へ行ってしまう。
 朝になれば部下である彼に迷惑かけたことなど忘れているだろう。
 どうしてそうしたのかわからない。
「俺はこれで」
 去ろうとする彼の手を咄嗟に掴んだ。
 彼は目を見開き「よく似合ってる」と囁いた。それで我にかえる。
 何故先に風呂を済ませてしまったのか。パジャマにカーディガンなんて格好で出迎えてしまったのか。
 彼が褒めたのは、私が手首にしたブレスレット。
 ずっと前、ねだって買ってもらった。
 誰に? 彼に。
 雨音が、遠のいた。

『特別な椅子』
 孤児の私の元に執事という人が来た。着いたのは大きなお屋敷。祖父の家という。大広間には立派な身なりの親子連れがいた。父親は態度が偉そう。母親はオドオドし男の子は嫌な感じで笑う。他に中年男女が一組。
「主人は遺言しました。この家の特別な椅子を見つけよ。零時まで座り仰た者が次の当主だと」
 屋敷中の椅子が集められた。それらしい椅子はすぐ見つかる。だって一番豪勢だ。
 大人達は争って椅子に尻を突き出す。男の子は父親と中年男の尻の間に押し込められ悲鳴をあげた。私は男の子を引っ張り出し一番手近の汚い椅子に座る。
 あー、眠い。カチリ。「当主決定でございます」腕を掴まれる。私が座ったのがお祖父様の「特別な椅子」だった。

『特別な椅子』
 孤児の私の元に執事という人が来た。着いたのは大きなお屋敷。祖父の家という。大広間には立派な身なりの親子連れがいた。父親は態度が偉そう。母親はオドオドし男の子は嫌な感じで笑う。他に中年男女が一組。
「主人は遺言しました。この家の特別な椅子を見つけよ。零時まで座り仰た者が次の当主だと」
 屋敷中の椅子が集められた。それらしい椅子はすぐ見つかる。だって一番豪勢だ。
 大人達は争って椅子に尻を突き出す。男の子は父親と中年男の尻の間に押し込められ悲鳴をあげた。私は男の子を引っ張り出し一番手近の汚い椅子に座る。
 あー、眠い。カチリ。「当主決定でございます」腕を掴まれる。私が座ったのがお祖父様の「特別な椅子」だった。

『約束』
「あ、あの子来ましたよ」
「めっちゃ、こっち見とる」
「斜め下四十五度から見上げてくるの可愛い。来年も来てくれるかのー」
「来てくれるといいですねぇ」

「お待たせ、叔母さん」
「ずいぶん長くお祈りしてたわね」
「来年受験だからね」
「県外へ行くの?」
「ううん。第一希望はこっちの大学。第二希望が県外だから。無事受かって来年も再来年も会いに来れますようにってお願いしていたの」
「貴女が会いに行く方なのね」
「会いに来てくれることはまずないかな」
 叔母は首を傾げるが娘は気にもしない。軽い足取りで鳥居の下を通り抜けるとそこでぴたりと立ち止まる。振り返ると広い参道の行き止まりに赤い朱塗りの社殿が見える。
「またね、神さま」

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