「東京ラグナロク」第2話 神の残滓

神の残滓とも言えるものを滅さずに持ち帰った俺はすぐさま上層部に呼び出された。
神の残穢であるガキはもちろん拘束された。

「これはどういうことだ?ユキト・ハイイロ」

まるで裁判所のような場所、いや裁判所なのか?向かって中央には上人ウンリュウ・スメラギ。その横には三原則のうちの2人が座っていた。
拘束こそされていないがこれは断罪の場なんだろう。アンとも引き離された。まあだからそれがどうしたという話なんだが。

「見た通りですが。何が聞きたいんだ?あんたたちは」
「神の残滓を連れ帰ってどうするつもりかと聞いているんだ!」
「そうですね。育ててみようかと」
「はぁ!?何をわけのわからないことを言っておる!」
「俺は知りたいんですよ。神とは何なのか。人とは何なのかを」
「それが―
「それがわかる気がしたんです。あのガキと人間を触れ合わせれば」
「だがアレは人を急激に老化させ死に至らせるということだが?」

上人の右隣、三原則の紅一点のババア、ヒイロ・メルーメが聞いてくる。てかちゃんとしようと思ったらできるんじゃねーか。ホントにボケた振りが趣味だったのかよ。

「奴の能力はこれからアンが完全に封じ、ただの人間と同じ様にします」
「ではなぜ封じてから連れてこなかった」
「そしたらあんたらはすぐ殺しちゃうでしょ」
「自分が殺されるとは考えなかったのか?」

上人のジジイの雰囲気が変わる。明かな殺気だ。返答次第では本当に俺を殺すつもりなんだろう。

「もう一度言う。神の残滓を滅しろ。断るならこの場でお前を殺す」
「断る」
「何!?」
「みんながみんな同じ目的で戦ってるわけじゃない。俺にも俺のやりたいことがある。そしてその糸口をやっと見つけたんだ。手放す気はないな」
「じゃあ死ね!」

痺れを切らした上人が悪魔を纏って立ち上がる。だけど残念ながら無意味だ。俺には、俺たちには何もかもが無意味だ。

「おい、ジジイ。本気で俺を殺せると思ってるのか?自分たちが殺されるとは考えないのか?」
「悪魔なしで何ができる!」
「お前らは俺からアンを引き離したつもりらしいが、俺とアンを引き離すことはできない。俺たちは一般的な悪魔憑きとは違って一心同体の契約を結んでるからな。まあそれでもお前らの悪魔との繋がりを断つ術式は途轍もない不快感を与えるらしい。ほら、災厄の王アンラ・マンユがご立腹のようだぜ」

俺の影からアンが出てくる。怒りに我を忘れているアンが。

「我とユキトを引き離そうとしたのは貴様らかぁぁぁ!!!」

アンの咆哮だけで仰々しい裁判所は吹き飛ぶ。

「アン、俺はここにいる。落ち着け」

俺はアンを抱き締めて撫でてやる。すると少しアンが落ち着く。

「さあ、選べよ。老害ども。俺たちと戦ってゴミみたいに死ぬか。俺の要求を通して老後を楽しむか」
「貴様ぁぁぁ!!!」

上人は激昂するが、両脇の三原則は落ち着いていた。

「私は死にたくないし、このあと美容室でパーマ当ててもらうことになってるから帰るね。ユキト、好きにしな。これ一票ね」
「私もさっきから二日酔いで具合悪くて何も聞いてなかったけど、ヒイロちゃんが賛成なら私もそれで。はぁ、マジで具合悪い。もう帰って寝るわ」

三原則の二人はそう言って席を立つ。

「だとよ。2票は言ったから俺の意見が通ったって事でいいんだよな。上人」
「後悔することになるぞ」
「そういうセリフは負け犬っぽいからやめなよ。それに後悔なんてもう慣れっこだよ」
「はぁ、好きにせい」

上人が殺気を収める。
正直このじいさんとタイマンで戦って勝てる自信はない。
戦闘力なら間違いなく俺より上だ。
ただ俺は世界を人質に取っただけ。

「ありがとう。感謝します」
「ますます奴に似てきおって」

最後に上人が何かつぶやいた。すごく挑発したし失礼なことも言ったのに最後はなぜか穏やかな顔をしていたように思う。
まあいい。とりあえずアンの機嫌を直さないと。違う意味で世界を滅ぼしかねない。

「アン今日は特別だ。ケーキバイキングに行こう」
「け、ケーキバイキング!?いいのか?今日は別に我の誕生日ではないのだぞ!」
「俺と離されそうになって怖かったんだろ?甘いもの食って忘れよう」
「、、、うん。すごくすっごく怖かったのだ」

アンは俺の肩の上から俺の頭をギュッと抱き締める。

「大丈夫だ。俺たちは一心同体なんだから」
「うん、うん!」

俺たちが結んだ契約は歪だ。アンの願いは『1人にならないこと』。俺の望みは『最後まで見届ける事』。
だから俺たちは契約を結んだ。アンは俺に世界の最後を見せるまで生かすこと。俺はアンを一人にしないこと。
そしてどちらかが消滅するときは一緒に。終わりは一緒。どちらかが死ねば片方も死ぬ。死ぬというか消滅する。アンは俺の死と同時に悠久の生に終わりを告げる。
つまり俺は正確には悪魔憑きではなく、悪魔と融合している半人半魔ということになる。
アンの不安を甘味で埋めた後、許可証を貰って神の残滓を引き取りに行った。
家に連れて帰ってから全ての力を奪う。奪うというか蓋をするようなものだが、これによって神の残滓は人間の小学生と何も変わらないものとなった。

「ユキト、名前をつけた方がいいと思うぞ!」
「確かにそうだな。ないと不便だ」

名前か。確かに必要だ。神の残滓の裸は見たが生殖器と呼べるものはなかった。わかりやすく言うとフリーザみたいな感じだった。見た目も中性的。どちらかというと少女よりだが。どんな名前をつければいいのか。考えようと思ったが考えようとした瞬間に一瞬でめんどくさくなったので適当に付けた。

『シン』

神の音読み、ちょっと男よりだけど女でもギリいけるんじゃないかなってレベルでもあるし、これでいいんじゃないかな。

「お前は今日からシンだ」
「私は今日から死んだ?」
「まあそうとも言えるかもな。とりあえず俺たちはお前のことをシンて呼ぶし、お前はこれからシンて呼ばれる。覚えとけ」
「うん?わかった?」
「そしてお前は今日からここに住むことになる」

我らが灰猫の本拠地『灰猫荘』だ。他の隊の本拠地はずいぶん立派なものらしいが俺たちの本拠地はこの下宿だ。管理人は俺。
俺とアンの部屋は101号室。隣の102号室には一応うちの副団長が住んでいるが、めったに部屋から出てこない引きこもりだ。まあ奴に憑いている悪魔の能力なら家を出る必要もないのかもしれないけど。
そして103号室、一階上がって201、202、203号室、この4部屋は空き部屋だ。
本来なら灰猫の隊員を住まわせる予定だったのだが、今のところ新たに団員は入っていない。まあ俺とアンのせいなんだけども。
アンは幼女の姿の時は無害だが、俺と同化した時には周囲に厄災を振りまく。ざっくり言えば近くにいると不幸になるってことだ。だから俺たちの傍で戦えるものは少ない。
俺たちと一緒に戦えるのは、悪魔への耐性に特化した祓魔師、アンが息を吐くように振りまく厄災を跳ねのけられる強者だけだ。
だからうちの副団長は引きこもりの給料泥棒なのにただただ強いからここにいる。
俺は103号室を見せて使い方の説明をする。

「私ここで1人で眠る?」
「そうだ。まあまあ広いだろ?お前ちっこいし十分だろ」
「1人で寝るの嫌」
「え?」
「1人でいるのは嫌」

はぁ、ここでアンみたいなことを言われるとは。俺はこの言葉を拒否できない。はぁ、せっかく一部屋埋まると思ったのに。

「わかった。じゃあお前は俺の部屋に住め。そして学校にでも行け」
「学校?」
「お前見た目的に小学一年生って感じだから小学校に入れてやるよ。そこで人間と触れ合ってみろ。そして何か思え。ちょっと入学時期が遅れたけど組織の力を借りればなんとかなんだろ」
「う、うん?」
「ユキト!今日の晩御飯は何なのだ!?」
「今日はレトルトカレー甘口だ」
「やったのだ!我は甘口が大好きなのだ!」
「知ってるよ」
「ふふ、だからユキトは好きなのだ!シンも食べろ!甘口カレーはこの世で一番おいしいのだ!」
「甘口?カレー?」

アンは普通の悪魔とは違う。他の悪魔は神に創られた天使が自我を持ち反抗した成れの果てだ。だがアンは神に創られていない。
自然に生まれた悪という概念の具現化。故に悪神と言ってもいいのかもしれない。
だがアンは悠久の時の中でも壊れなかった。
というか壊れないための自己防衛本能なのかもしれないが、アンは人間と同じ程度の寿命で死ぬ。
死ぬというのは少し違うか。ふりだしに戻るといった方が正しい。
100年ごとに生まれ変わるのだ。その時前の100年の記憶は無くなり、また1歳からその生をスタートする。だからこそ悠久の時を生きながら壊れずに済んでいるのだ。
アンは俺の前に現れた時にこう言った。

『もう1人は嫌なのだ』

アンラ・マンユと契約した俺は人間側の最高戦力、そして人間側最大の危険因子となった。

「もぐもぐ、おいしいのだ!やはりカレーは甘口に限るのだ!」
「おいしい」
「そうであろう!そうであろう!ユキトと一緒にいるようになってから我は毎日幸せなのだ!こんなのはきっと生まれて初めてなのだ!前の記憶はないけどきっとそんな気がするのだ!だからシンも大丈夫なのだ!」
「、、、うん」
「ほれ、二人とももっと食え!」
「おう!いっぱい食べるのだ!」
「うん!」

言葉通りアンはカレーを10杯食った。シンは7杯食った。
後片付けを済ますと二人は抱き合いながら眠っていた。
こんな何でもない生活を、甘口カレーをお腹いっぱい食べられる生活を続けていきたいなら、俺は神を殺さなくちゃいけない。

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