「東京ラグナロク」第1話 神が壊れた世界の悪魔憑き

かつて偉大な哲学者は言った。
『神は死んだ』と。
彼が本当のことを知っていたかどうかは定かでないが、見事真実を言い当てていた。
いや、死んだというより壊れたと言った方が正しいだろう。
長い悠久の時を生き続けることに耐えられなくなったのだ。なぜなら神自身が一番わかっていたからだ。自分は全能ではないことを。
いつからか神は世界の終焉を望むようになる。もう終わりたかったのだ。自分も世界も。だがいくらそれが神の意思であろうと従う人間はいない。生きるためにならどんな手でも使うのが人間だ。そして人間たちは神を殺すために悪魔と手を組むのである。
時は流れ、現代、日本、東京都。今は外に出ればサウナと化す忌々しい季節、夏だ。

「くそ!あちぃな!いっそ滅びねーかな、世界」
「はぁ、世界が滅びないようにするのが貴方でしょうが。あなたのそういうところが心の底から嫌いです。本当死ねばいいのに」

今俺にツッコミを入れたメガネスーツのお堅そうな女はスズネ・イチノセ。悪魔憑きが天使と戦うときに必ず派遣される祓魔師だ。

「ユキト!世界を滅ぼしてはいかんぞ!我ならもちろん可能だが、もちろん可能だが!世界を滅ぼしてしまってはケーキが食べられなくなってしまうのだ」

俺に肩車されているツインテールの幼女はアン。

「いや、お前が俺の肩に乗ってるから余計暑いんだけど。降りてくんない?」
「またまた~。ユキトは恥ずかしがり屋なのだ~」

このお姫様はいつもこうだ。

「で、スズネ。こんな暑い日に出向くほどのことなのか?」
「いや、暑い程度で出向かなくていい事なんてないでしょ。世界の滅亡がかかってるんですから。はぁ、今日こそ死ねばいいのに」
「そうは言われてもあんま実感わかねぇんだよな。こんなに暑いと」
「いや暑さ全く関係ないでしょ。死ねばいいのに」
「語尾に『死ねばいいのに』ってつけるの止めてくんない!?それにお前が言うと笑えねーんだよ」
「笑えばいいじゃないですか。それか死ねばいいじゃないですか」

ぶれない女である。
神が壊れてから200年余り。人間と悪魔は神から送られてくる狂った天使と戦い続けてきた。
天使と戦う人間は悪魔憑きと呼ばれた。
悪魔憑きとは天使によって怪我をおったり家族を殺されたものの中から、天使と、ゆくゆくは神と戦える力を得るために己の身体に悪魔を憑りつかせた者たちのことだ。
基本天使も悪魔も人間の目には映らない。だが関わった人間は別だ。関わったということは認識したということだから。悪魔も元々は天使だ。神に反抗した天使を悪魔と呼ぶ。
でもそうやって不幸にも天使を認識できるようになった人間しか天使と戦えない。そして天使と戦うと決めたものには悪魔降ろしが行われる。
こうして初めて悪魔憑きになることができるのだ。

「ここですね」
『ごがああああ!!!』

廃ビルの上で叫び声をあげるキモい化け物。目は6つぐらいあるし、口は4つかな。腕も四本。マジで気持ち悪い。本とかに描かれている天使は可愛かったり美しかったりするのに。
そして他がめちゃくちゃなのに翼だけは一応あるのが逆にムカつく。

「すぐに切り取ります」

スズネは魔法陣の描かれた札と聖水によってこの廃ビルの周辺を辺りから隔離する。

「アン!」
「わかっているのだ!」

天使と戦うことを決めた者たちは悪魔降ろしを行って力を得るわけだが、どの悪魔が憑くかはこちらから選ぶことはできない。そう、選ぶのは悪魔だ。力を借りるのはこちら側だから。
そして俺に憑いているのは災厄をまき散らす悪の塊。

―悪魔憑き アンラ・マンユ―

肩に乗っていたアンが俺に憑りつく。アンに憑りつかれた俺の姿は人間とはかけ離れていく。肌は黒く染まり、目は血の色に染まっていく。手には自らの血で作り出した赤黒い禍々しい剣。
俺が剣を構えると同時にスズネも剣を抜く。だがそれは天使に向けてではない。俺とアンに向けてだ。

「私はこれからお二人の監視に入ります。出来れば私の手を煩わせずに天使と相打ちで死んでください」
「はいはい、分かったよ。だけどもう剣納めていいぞ」

そう言って俺は悪魔憑きを解除する。次の瞬間天使は細切れになってその場にゴミのように散らかる。

「ちっ!」

スズネは舌打ちをして剣を納める。

「ユキト!我を褒めるのだ!存分にいい子いい子するがよい!」

再び俺の肩の上に戻って来たアンが胸を張る。

「わかったよ。よくやった。アン、いい子いい子」

大体戦闘のあとは頭を撫でてと言ってくるので割と慣れたものだ。何がそんなに嬉しいのかはわからないが、毎回アンは幸せそうな顔をする。そしてアンのそんな顔を見ると俺も結構うれしくなる。

「はぁ、今日も死にませんでしたね。お疲れ様です。天使の死体はこちらで回収させてもらいます」

そんな俺たちの和気あいあいとした時間はスズネに水を差される。

「毎度のことだけど、天使を倒すたびになんでそんな残念な顔するの?」
「さっさと死んでもらった方が楽なんで」
「、、、冗談だよね?」
「、、、」

悪魔憑きと悪魔は協力して戦うが、祓魔師は違う。そもそもの役割が違うのだ。
祓魔師の役割は悪魔憑きが悪魔に完全に主導権を握られてしまったとき、その首を刎ねること。
そのためだけに存在する。敵を斬るためではなく味方を斬るために鍛えられた者達。彼らは天使や神だけでなく悪魔さえもこの世から排除したいと考える人類至上主義者たちだ。そして人間というものを極めた者たちでもある。
もちろん所属組織も違う。
悪魔憑きと悪魔が所属するのは『神殺しの槍ロンギヌス』。対して祓魔師たちが所属するのは『聖十字協会タナハ』だ。
両組織は互いに協力関係を結んでおり、『神殺しの槍(ロンギヌス)』が天使退治に行くときには『聖十字協会(タナハ)』から祓魔師が派遣される。
仕事を終えたあと、俺とアンは『神殺しの槍(ロンギヌス)』へ、スズネは『聖十字協会(タナハ)』へ今回の報告のために別れていく。

「ユキト!今日も頑張ったから本部に戻る前にチョコレートケーキが食べたいのだ!」
「そうだな、今日も頑張ったもんな。てかお前っていつ俺の肩から降りるの?」
「そんなのこの世が終わるときに決まっているのだ!」
「そんなすごいことになってんの?この肩車」
「まあ世界が終わるときにも降りないけどな!どうせ終わるんだし!」

アンは楽しそうに笑っているけど、まあこいつって良い意味でバカで嘘つけないから本気で言ってるんだろう。
うん、しょうがない。バカなんだから。
いい意味で。
いい意味でのバカにチョコレートケーキを買ってやって、俺は『神殺しの槍(ロンギヌス)』の本部へと帰る。

本部は東京の地下に作られており、各地に地下へ続く隠しエレベーターが配備されている。

「ユキトさん、お疲れ様です」

受付の女の子が出迎えてくれる。名前はミラ。看板受付嬢だ。

「我も帰還したのだ!」
「アンさんもお疲れ様です」
「苦しゅうないのだ!」

神殺しの槍(ロンギヌス)は人と悪魔が神と戦う組織である。
だが200年たった今はそこまで使命感に燃えている者も少ない。天使たちに家族を殺されて行き場を失くしここで戦うしかなくなったやつの方が多いだろう。

「ユキトさん、皆さんお集まりですよ!」
「はぁ、わかってるよ」

俺は本部地下13階の会議室へと向かう。今日は定例会議。
神殺しの槍(ロンギヌス)の戦闘員は13の隊に分けられる。通称『13本の槍』。月に一度、各隊の隊長たちが集まって会議が開かれる。これが一番めんどくさい。
俺が会議室のドアを開けるとすでに俺以外は全員集まっていた。

「ユキト、遅いよ。次は遅れないようにって前回も言ったよね」

このニコニコした優男が一番隊『窮鼠』の隊長、ミナト・イシガミ。さわやかすぎて嫌いだ。

「ちょっと天使の退治に手こずったんだよ」
「お前が手こずったりするかよ!下手な言い訳はやめろ!」

声がでかくて人相の悪いこの男が六番隊『大蛇』の隊長、ミツキ・ミダレ。うるさくて嫌いだ。

「もういいでしょ。さっさと始めてさっさと終わりましょ。私早く帰りたいのよ」

どこぞのキャバ嬢みたいなカッコをしてる派手な女が八番隊『牧羊』隊長、キララ・ニシノミヤ。当たりが強くて嫌いだ。

「私もキララちゃんと一緒で早く帰りたい~」

ギャルみたいなウザそうな女が十番隊『千鳥』隊長、ユメ・キリュウイン。ウザくて嫌いだ。

「僕も早く帰りたいんだけど」

目に隈を作った眠そうな少年は四番隊『脱兎』の最年少隊長、ユグリ・ツツキバヤシ。ガキのくせに偉そうで嫌いだ。

「おいおい!せっかく久しぶりに集まったんだ。楽しくやろーぜ!」

陽気だが見た目に何の特徴もない男は九番隊『猿公』隊長、タケシ・サトウ。このテンションが嫌いだ。

「猿は黙れ!耳障りだ!」
「何だと!?」

タケシと揉めているのは十一番隊『狗神』隊長、シンイチ・イチジョウ。なんかクールすぎて嫌いだ。

「あんたらそうやってすぐもめだすの止めてくれない。ウザいから」

呆れながら髪の毛をいじってる女が七番隊『騎馬』隊長、キョウコ・フジワラ。なんか気難しそうで嫌いだ。

「全く、集まるたびに揉めよって。どうしようもない連中だ」

腕を組んで呆れている男は二番隊『暴牛』隊長、コウイチロウ・ササキ。なんかお堅そうで嫌い。

「どうでもいいから早く始めよーぜ!なあゲン!」
「・・・」

不機嫌そうに隣の男に話しかけたのが三番隊『猛虎』隊長、コウセイ・キリュウイン。そんな彼の言葉に返事をせずに、でもよく見るとほんの少しだけ頷いたような気がする様に見えなくもなかったのが五番隊『臥龍』隊長、ゲン・スメラギ。虎はオラオラ系で嫌い。龍は無口のレベルが度を越してるから嫌い。

「上人もお待ちかねよ。早く座りなさい、ユキト」

穏やかな笑みを浮かべながら俺に指図してくる女は十二番隊『猪突』隊長ユウカ・イチジョウ。俺にやたらとお姉さん感を出してくるのが嫌いだ。
神殺しの槍(ロンギヌス)の構成員はほぼ10代から30代で占められている。
だが別に大人になると力が失われるとかいったロマンチックな理由はない。むしろ歳を重ねれば力は増していくだろう。だが先に心が壊れてしまうのだ。終わりの見えない戦いに、創造主が終焉を望んでいるという事実に。
だからこそ歳を重ねても神殺しの槍ロンギヌスに所属している連中は本当の強者だ。
特に強いジジババが3人いて『三原則』と呼ばれているが、この場にはいない。彼らは隊に属しはしない。仲間の死を見過ぎたせいか単独行動を好む節がある。だがそれでも十分な戦力であるため自由を許されている。
『13本の槍』とはまた別の機関と言っていいだろう。
そして円卓の一番奥に座っている白髪に白ひげだが眼光の鋭い爺さんが『上人』ウンリュウ・スメラギ。神殺しの槍(ロンギヌス)の長である。何考えてるかわからないからもちろん嫌いだ。

「猫、さっさと席に付けい」

要するに俺はこの場にいる全員が嫌いってことだ。

「はいはい」

そして俺が十三番隊『灰猫』隊長、ユキト・ハイイロだ。

この日の会議もいつもと変わらなかった。各隊の近況報告。俺には特に関係ないことだ。怠い時間を終えて俺とアンは帰路につく。

「ふわぁ!よく寝たのだ」

もちろんアンは最初から最後までしっかり寝ていた。しっかりいびきもかいており周りの視線が痛かった。

「やっと起きたか。てか寝るんなら毎回ついてこなくていいんだぞ」
「いつも言っておるが、我は絶対にユキトから離れんぞ!ふんす!」
「ああ、そうだったな」
「それに『灰猫』にはユキトと我だけだしな!」

そうなのだ。他の隊は隊員がいっぱいいるんだけど、十三番隊『灰猫』には俺とアン、あと一応副隊長が一人いるが引きこもりで、もうしばらく会ってない。そして他に隊員はいない。
つまり動けるのは俺とアンだけなのだ。

「ユキト!」

さっさと帰ろうと思ってたのに後ろから駆け寄ってくる奴がいた。一番隊『窮鼠』の隊長、ミナト・イシガミだ。

「ちっ!なんだよ。俺はさっさと帰りたいんだよ!」
「つれないじゃないか、ユキト。俺たちは同じ孤児院で育ち、同じ師に習った大親友じゃないか!」
「途中まではあってるけど、大親友ではねぇから」
「またまたぁ!」

こいつとアンはなんか似てるんだよな。というか気付くといつの間にかアンは俺の肩の上でまた眠りについていた。こいつどれだけ寝るんだよ。全くもって羨ましい生き物だ。

「で、何の用だよ」
「つれないなぁ」

俺とミナトは互いに親を天使に殺されて同じ孤児院で育った。そしてそこの院長が先代の一番隊『窮鼠』の隊長だったことから、俺たちはその人のもとで悪魔憑きとしての修行をした仲ではある。一応。

「いいから何の用だよ」
「ちょっと待て!俺もまぜろよ!」
「なんでお前まで!」

声がでかくて人相の悪い六番隊『大蛇』の隊長、ミツキ・ミダレまで来る。ミツキも同じ孤児院で同じ師に習ったうるさいバカだ。
だからまあ俺たち3人は幼馴染ということになるが、決して仲は良くない。

「ミツキにも言おうと思ってたから丁度いいよ。僕の隊の部下に諜報活動が得意な子がいるのは知ってるよね」
「知らねーよ。皆さんご存じみたいな言い方してんじゃねーよ。調子乗ってんじゃねーぞ」
「諜報活動ってなんだよ!」
「うわ!やば!こいつ諜報活動知らないってよ!ミナト!二人でこのバカミツキを全身全霊を込めてバカにしてやろうぜ!」
「なんだとてめぇ!」
「もうやめてよ、2人共。このままごちゃごちゃ言うなら両手両足引きちぎるよ?」
「いや、やっぱお前の感じが一番怖いんだって」
「なんでこいつこういうこと笑顔で言えるの?心どうなってんの?」
「とにかく話は聞いてもらうよ」

ミナトの話によると、上層部が何か慌ただしく動いているらしい。
何かイレギュラーなことが起こったか、起こりそうだという。
そしてその件をなぜか俺たち『灰猫』に任そうとしているらしい。

「なんで俺たちなんだよ」
「君も世界を滅ぼせるからだよ」
「・・・」
「それぐらいの博打に出ないといけない事態ということさ。くれぐれも気を付けてくれよ」
「それはどっちだ?俺か世界か?」
「もちろんどちらもさ」

そう言ってミナトは帰っていった。バカのミツキは最後まで話の内容がいまいちわかっていなかったようだ。
そして翌日は俺は上人から呼び出される。

『灰猫』への任務は調査だ」
「調査?直接呼び出したわりにはなんかぬるそうな任務っすね」
「ヒイロが神の気配を感じた」

ヒイロとは三原則の一人のばあさんだ。

「神!?天使じゃなくて!?」
「ああ」

人間界で神の気配を感じたことなどこの200年一度もない。

「でもあのバーさんボケてますよね?」
「ヒイロはまだ健在じゃ。今でも儂らはヒイロの予言によって方針を決めている」
「本当かな。会うたびに『飴ちゃん食べるかい?』しか言わないっすよ」
「あれはボケ老人のロールプレイ。あいつの趣味じゃ。そもそも自我を失った人間に悪魔は憑りついていられない」
「ウザい趣味っすね」
「とにかくヒイロが神の気配を感じたところへ調査に行ってくれ。得体が知れないからな。お主が適任じゃ」
「俺が求められているのは神との相打ちですもんね」

アンラ・マンユに憑かれた瞬間から俺は最高戦力であり最大の危険因子である。世界が保有する核であり、癌でもある。
神との最終決戦の切り札。そして殺して疲弊した俺たちを滅する。ここまでが神殺しの槍(ロンギヌス)と聖十字協会(タナハ)の、いや人類の望みだ。

「場所は渋谷じゃ」
「首のもげた犬の像ウケるから久しぶりに見たいと思ってたんすよ。ちょうどいいや」
「健闘を祈る」
「心にもないことを」

渋谷道玄坂、その路地に入って行ったところにある駐輪場。
裸の子供が一人倒れていた。
自転車を取りに来た会社員が声をかける。

「君、どうしたんだい!?」

その瞬間40代ぐらいだった会社員は急激に老けていき最終的には土に還った。ただその顔は幸せそうだった。
次は20代の女性、30代の男性、50代の女性、10代の男性、エトセトラ。裸の子供に関わろうとした者たちはことごとく土に還った。幸せそうな笑みを浮かべて。
10人ほど土に還したところで子供は目を覚ます。
目を覚ました子供は涙を流していた。

「寂しい」

子供は産まれ落ちて最初に感じた『寂しい』という感情を愛おしく抱きしめた。

俺、アン(睡眠中)、スズネは渋谷駅へ降り立つ。

「アン、起きろ。仕事だ」
「まだまだ食べられるのだ!ん?ここはどこなのだ?」
「寝言逆じゃね?ここは渋谷だよ。ほらあそこに首がもげてる滑稽な犬の像があるだろ?」
「おお!確かここにはおいしいクレープ屋さんがあったのだ!」
「仕事が終わったら買ってやるよ」
「やったーなのだ!」
「では行きましょう。正確な位置は私が聞いているんで」
「案内してくれ」

スズネに案内されて俺たちは道玄坂を登っていく。ある程度まで登ったところでアンが口を開く。

「この奥で10の命が短時間で消えている」

珍しくアンが神妙な声で言った。

「アン、行くぞ!」
「おう!なのだ」

俺たちが路地裏の駐輪所に辿り着くとそこには10歳にも満たないような子供が裸でポツンと立っていた。真っ白な髪と肌、真っ赤な目。アルビノってやつだろうか。余りにも綺麗すぎて気持ち悪かった。

「こいつなのだ」
「だろうな。おいガキ。何してんだ?大志以外のもの抱いてんじゃねーだろーな」
「私?私はお腹空いた」
「それで人でも食ってるってことか?」
「人を食う?私は人を幸せにしている?はず。ただ幸せにするとお腹が空く」
「なに言ってんだ、こいつ」

ちょっと意味が分かんなくてフリーズしているといかにもな感じのおばさんが駆け寄って来た。

「ほら、お腹空いてるんだったらこれ食べなさい。そこのコンビニで買って来たから」

多分俺たちが到着する前にこいつに接触していたのだろう。

「おい、ババア!そのガキに近寄るな!」
「何よ、いきなり!不良なの?ほら、食べなさい」
「だから近づくなって!」
「子供がこんなところで裸でお腹を空かせてるのよ!きっと虐待を受けてるんだわ!ご飯を食べさせたら警察に連れて行かないと」
「おいしい」

いつの間にかガキはおにぎりを食べ終わっていた。

「ありがと」
「どういたしまして」
「お礼する」

ガキがそう言った瞬間、ババアは急速に年老いていき、死に、土になった。幸せそうな顔をして。

「もっと一緒にいたかった」

ガキは土になったババアを見て泣き出した。

「おいガキ。自分で殺しておいてなんで泣く?」
「寂しいから」
「じゃあ殺さなきゃよかったろ」
「みんな死ぬことに怯えている。救ってあげたかった」
「だから殺したのか?」
「死後なら死に怯えることもない。でも私は寂しい。本当はずっと一緒にいたかった」

このガキの言葉にはウソみたいに嘘がなかった。
まるで心の声を聴いてるような。

「何なんだ、こいつは」
「さっさと排除した方がいいのでは?今まさに人を殺すところを見たので」
「ちょっと待て。今考えてる」
「何を考えることがあるんですか!」
「そうそれ。何を考えることがあるのかを考えてる」
「ふざけているなら私が斬ります!見たところそこまで戦闘力があるわけではない。私でも殺せるでしょう」
「スズネ、ちょっと黙れ」

このガキは天使ではない。
天使が迷うことなどない。ましてや涙を流すことなど。アレはどちらかと言うと生き物というより機械に近い。
悪魔でも人でもない。
だからといって神というわけもない。絶対に。神であってはいけない。
神に会ったことはないが、もしこれが神なら今まで死んでった奴らがあまりに不憫だ。

「ダメだ、わかんねぇ。アン、力を貸してくれ」
「そのために我がいるのだ」
「コイツを知りたい」
「了解したのだ」

アンが俺に憑く。そして子供の前にしゃがみ、額を合わせる。

―人が好きだ―
―自分の子供なんだから―
―自分にはない不完全さが愛おしい―
―人は子が生まれただけで涙を流すのか。私は彼らを生み出した時に泣いただろうか―
―花は綺麗なのか。そんなこと思ったことなかった―
―なぜ人は殺し合う。胸が苦しい―
―それでも人は愛し合う。殺し合っては愛し合う。訳が分からない。でも分からなくてもいいと初めて思えた―
―人間に生まれてみたかった―
―矛盾した考えだな―
―私は完全ではなかった。それに気付いてから人の不完全さが酷く醜く見えるようになった―
―いらない。こんな出来損ない―
―何もいらない。世界なんていらない。自分なんていらない―

子供の奥にあったのは、愛と憎しみ。その葛藤。
軽蔑と憧れ。
矛盾する自分への嫌悪。
諦め、諦め、諦め。
世界への自分への全てへの完全なる諦め。

「どう思う?アン」
「恐らく神が無意識に切り捨てた感情が長い年月をかけて形を持ったという感じなのだ」
「やっぱあれは神のものだったのか」
「壊れる寸前までのもの。壊れるために捨てたもの」
「そうか。おい、ガキ。お前は寂しいんだろう?」
「うん」
「人が好きなんだな」
「うん」
「人が苦しんでいるのを見るのが辛いんだ」
「うん」
「見てられなくて殺したんだな」
「うん」
「幸せな夢を見させて、苦しまないように」
「うん」
「わかった。だけどもう殺すな」
「でも」
「人は恐怖さえも生きる糧にするんだ。不幸さえも幸せの糧にするんだ。神さえも殺すのさ。不完全は希望だ」
「、、、死ななくても辛くない?」
「辛くてもいいんだ。死にたきゃ勝手に死ぬ。だから勝手に殺すな。不完全なお前が不完全な俺たちを測るんじゃねぇよ」
「、、、不完全でいい?」
「不完全がいいんだ」
「、、、寂しくない?」
「ああ、お前は俺たちと一緒にいろ」

ガキは驚いたような顔をしたが黙って頷いた。ゆっくりと何回も。

「はぁ!?何を言ってるんですか!?」

スズネが食いついてくる。

「このガキを保護するって言ったんだよ」
「そんなことが許されるとでも!?すでに11人の人間を殺した神からの使徒ですよ!明らかな抹殺対象です!」
「これは『灰猫』としての決定だ。反対するなら殺す」
「それに私が従うとでも?私は祓魔師ですよ」

スズネは剣を抜いて構える。

「言ったろ。従わなきゃ殺す」
「祓魔師は対悪魔に特化した戦士ですよ。だからこそあなた達悪魔憑きの抑止力としてこうやって派遣されている」
「わかってるよ。じゃんけんみたいなもんだからな。悪魔は天使に強く、天使は人に強く、人は悪魔に強い。人の力を最大限まで極めた祓魔師は悪魔と相性がいい。だが祓魔師は悪魔に完全に支配されたものしか斬ることを許されない。逆にお前が斬りかかってくるなら俺は今ここでお前殺してもいい」
「神の気配を持つ者を保護をするなど許されません!」
「それは俺が神殺しの槍(ロンギヌス)の本部に還ってから裁かれることだ。今この場ではお前に俺を斬る権利はない」
「、、、責任はとってくださいよ」
「わかってるよ。アン、このガキの能力を封じることはできるか?」
「お安い御用なのだ」
「ならいい」

俺は神からはぐれたこの子供を生かして本部に連れ帰ることにした。この子供を通して俺は知りたくなった。人間は神の望み通り滅びるべきなのか、それとも神の手から離れた後に未来があるのか。

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