見出し画像

9.11

1.当日
2001年9月11日火曜日天気は晴れ。アメリカン航空第11便ロサンゼルス行は7時59分に飛び立った。8時13分にテロリストにハイジャックされ飛行機から管制への応答はなくなった。8時19分には乗客が刺さされ、催涙ガスを使用された等の報告があり、3番クルーのベディーオングがハイジャックであることと、乗客乗員が2名刺されたことを報告した。8時21分にはアメリカン航空の緊急ラインが対応を開始し、アメリカン航空第11便が高度を予定より大幅に落としていることを確認した。8時
24分にはテロリストのモハメド・アタから「飛行機を乗っ取った。静かにしていろ。空港に戻る。動くな。大丈夫だ。動いたら人も飛行機もただでは済まない。静かにしていろ。」という電話が管制に届く。8時37分、管制から軍へF16緊急発進の要請が行われた。しかし、間に合うことはなく8時46分アメリカン航空第11便は世界貿易トレードセンター北タワーへ衝突。8時50分には911へ106階から通報があった。北タワーへ飛行機が衝突してから17分後の9時3分にはユナイテッド航空175便が世界貿易トレードセンター南タワーへ衝突した。
 
2.なぜ起こってしまったのか
 この事件がなぜ起きてしまったのかを知るには1,970年代までさかのぼる必要がある。1970年代後半アフガニスタンでは共産主義政党がソ連の後ろ盾の元、ソ連のような共産主義政党を作ろうとし、クーデターを起こしていた。しかし、アフガニスタンはインド、中国、中東、中央アジアの真ん中に位置するイスラム教を中心とした国造りをしており、宗教を否定する共産党とは相性が悪い国であった。このクーデターに対しイスラム教の人々はムジャヒディンとなり、ジハードという戦いを行った。この戦いにはほかのアラブ諸国からもムジャヒディンが参戦した。この中にのちの9.11同時多発テロの首謀者ビンラディンも含まれている。アフガニスタン側にはソ連の後ろ盾があったが、ムジャヒディン側にはパキスタンが支援をした。パキスタンはアフガニスタンとインドに挟まれた国である。パキスタンはインドと仲が悪いので、アフガニスタンと良好な関係を築くために支援をしたのだと考えられる。しかしパキスタンの支援の力ではソ連には遠く及ばない。ここでアメリカが出てくるのだ。アメリカは自国が直接支援をするのではなく、パキスタン経由で最新の武器を輸送していたのだ。この背景には当時の東西冷戦が関係している。アメリカは4年前にベトナム戦争で国民が遠く離れた土地に米軍を送ることに消極的になっており、パキスタン経由で武器を輸送したと考えられる。さらに1979年ソ連が自国の真下に位置するアフガニスタンを衛星国にするために進行した。1988年にはアルカイダ(スンナ派ムスリムの国際テロ組織)も参戦。1989年にはAKやスティンガーミサイルなどの米国の最新の武器に押され、ソ連軍が撤退した。この時ソ連軍では1万5000人の犠牲が出ていた。ソ連との戦後、アフガニスタンには平和が訪れるかと思われたが、ムジャヒディン同士で内紛が始まった。そんなアフガニスタンに目を付けたのはパキスタンだった。パキスタンはアフガニスタンに神学校を設立した。そこではイスラム教のかなり偏った思想を教え込んだ。あごひげや衣服、娯楽の制限なども盛り込んだものだ。そこに通っていた学生がタリバンという組織を作り、最新の武器をもって内紛を止めに行った。この武器は以前の戦争でアメリカから受け取っていた武器から無許可で差し引いたものだ。そして、そのタリバンが内紛をおさめ、タリバン政権が誕生し、神学校で教わった方法で国を治め始めた。そんな中イラクのサダムフセインは米ソが弱っているので戦力を拡大しようと考え、石油を武器に価格を上げようと考えた。しかし、クウェートが言うことを聞かずに値段を上げないため怒ったイラクは1990年クウェートへ侵攻した。その際隣国のサウジアラビアがイラクを警戒しサウジアラビア最大の建設会社の御曹司ビンラディンが名乗りを上げた。しかし、聖戦士ではかなわないと思い、サウジアラビアの王はアメリカ軍の駐留を認めた。ビンラディンはイスラム教の力で国を守りたかったことと、アメリカが守るふりをして石油と富を奪おうとしているという感情から反米感情を高めた。いうことを聞かないビンラディンをスーダンそしてアフガニスタンへ追放。アフガニスタンの最高指揮者とビンラディンはソ連共産主義と共に戦った仲であったためアフガニスタンはビンラディンを歓迎した。そしてビンラディンは高まった反米感情によりアメリカへテロ行為を開始。1993年世界貿易ビルで爆発を起こした。死者5名、負傷者は200名を超えた。そして2001年9月11日アメリカ同時多発テロが勃発。
 
3.その後
アメリカからアフガニスタンへビンラディンの引き渡しを要求したが、受け入れられなかったため、アメリカがアフガニスタンを空爆した。そして2001年11月タリバン政権が崩壊。2011年にはビンラディン殺害に成功した。
 
4.まとめ
今回は9.11について詳しく知ることができた。これまで特に調べることもなく、聞いたことがあった程度の事件だったが調べてみると実際のテロが起きるまでに様々なことが起き、それが要因になって事件が起こったことが分かった。世界には私たち日本人とは考え方や風土が違う人々がたくさんいる。互いに尊重し、尊敬しあえる世界ができるように少しずつ歩んでいきたい。現代に生きる私たちはこのような世界的な問題についても関心を向けることが大切だ。これからこのような悲劇が起きないように、繰り返さないために。
 
※今回の記事に乗っている内容は事実と異なることがございます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?