一生分の蛾と戦ったはずだった話

これから、虫の話をします。画像は貼りませんがご注意ください。

こんにちは、メレンゲです。
皆さんは蛾は好きですか?エーミールの印象があるくらいですか?私は死ぬほど嫌いです。
それなのに人一倍蛾が登場する人生を送っています、まあ田舎にいるからなのでどうしようもないのですが。

私は大学時代、自然豊かな大学に通っていました。そこで弓道部に在籍していたのですが弓道場がこれまた自然豊かな場所にあり、小さな虫どころかキツネや蛇を見ることができました。気づいたら道場の中にトカゲがいたなんてこともままありました。そこまではまあいいのですが、問題は夏になると気が狂うほど集まる蛾です。ちなみに10匹や20匹が出て騒いでいたわけではありません。

弓道場には武者窓なるものがあります(気になる方はお手数ですが調べてみてください)。的に面した壁に窓がついていて、その窓を開けてそこから矢を放ちます。そのお陰で私達は雨の日も雪の日も弓道ができました、まあおかしくなりそうなくらい寒いですけどね。そして夏になるとそこの壁はまるごと取り外せるのですが
(「的   コ←小屋」の字のような形になる)、そうすると奴らは「コ」のがら空きの部分から無限に襲来します。いくら日が長い夏でも20時頃になれば流石に暗くなる、そこで電気が煌々とついたがら空きの小屋が山の中にぽつんと一件あればどうなるかは容易に想像がつきますね。パラダイスです。もう小さな虫があるいているのなんて当たり前、カブトムシなんて誰も見向きもしません。「ツノないね、メスのカブトムシってこんなに面白くないんだ」と韓国から来た留学生が無慈悲に流暢な日本語で吐き捨てていました。

パラダイス銀蛾が始まると、光GENJIはもちろん女子部員は帰り始めます、私もそうすればよかったのになぜか大騒ぎしながら弓を引いていました、死ぬほど迷惑。
銀河のなかには名も知らないような小さな蛾、活発な個体、巨大な個体、もっふもふの個体、色んな蛾がいて私は蛾に詳しくなりました。
皆さんは手のひらより巨大な蛾が背後にいて、顔面の目の前にいても凛として弓を引けますか?無理です。時々強すぎる先輩もいましたが好き嫌いに関わらず邪魔すぎて無理、という人がほとんどでした。戸を開ければパラダイス、窓だけ開ければ顔面ダイレクトアタック、流石に帰ろうと窓を閉めれば光につられた蛾の大群が窓に激突してバン!バン!と音がしてガラスが軽く震えるほどでした。やばすぎ。

ちなみに夏は朝イチで道場に行くと、大人しくなった蛾が死ぬほど落ちているのでモップで一掃するのがマナーでした。私はこれが怖すぎて早朝に同期を呼びつけてお礼にケンタッキーをご馳走したことがあります。

ここで主要な蛾の紹介をします、主観なので本当の習性とは違うかもしれません。蛾の有識者の方は後で「違うよ」と教えてください。

まずはモスラのような個体。こいつらは比較的大人しく、電気のところにぴたりと張り付いていました。存在感がすごいので大嫌いでしたが、まあこいつはまだいいんです。

次にスズメガ、こいつらのことは本当に嫌いでした、なんてったってでかくて元気。虫に強い同期がそいつを虫取網に入れた状態で(虫取網が数本常備してあった)「スズメガってね、顔かわいいんだよ♡」と見せてくれました、なるほどね。可愛くない。君がぜんぶ捕まえて返してきてくれ。まあ、お願いしたら捕まえてくれる頼もしい人だったので恨んではいませんが。捕まえても捕まえなくても常時素早く活発に動くこいつらのことは本当に大嫌いでした。でも蛾がお好きな方々には可愛いと人気みたいですね。

そしてラスボス、オオミズアオ。まあこいつもモスラ系なのですが、なんてったって色が特殊。きれ~~な薄緑の羽なんです、多分蛾がお好きな方からしたら王道のきれいな種類ではないでしょうか。私達はこいつをキャベツと呼び忌み嫌っていました。とにかくでかいんです。子供の時、手の親指をクロスさせて「ちょうちょ~」って遊びませんでしたか?それです。緑色のそのサイズの蛾が体当たりしてきたら私の今日の練習は終了。当時の私達にLEDなんて概念はありません、追い出しても追い出しても、「愛を込めて花束を」を熱唱するSuperflyさんもびっくりするほどキャベツが舞い戻ってくる、無限列車編も霞む無限キャベツ編が上映され続けます。キャベツを防ぐ方法は目の届く範囲内で無効化するしかありません、網にいれて朝まで放置するのが鉄板です。

ある日、いつものごとくキャベツが現れました。しかし弓道場に虫取網は2本しかありません。そこには既にスズメガとモスラが入っている、どうしよう。網に入ってる蛾を処分する?そんな度胸はない、しかもそれを外に出すためにドアなんて開けたらまた地獄が始まる。仕方無い、弓道場にあるもので捕まえよう。
虫に興味なんてない男の先輩が「どうでもよくない?弓引きたいんだけど」と言っているところに蛾以上の邪魔をしてなんとか頼み込み、キャベツを気絶させてプラスチックの大きなお椀(お祭りで豚汁とかカレーとか入れるやつ)を被せて放置することにしました。これでひと安心。いや~~よかった、ありがとうございます!先輩にお礼を伝えて弓の弦に矢をひっかけた瞬間背後で音がしました。
バサッ、カラン。
飛んでるやないかい。羽ばたきの力でカップ飛ばしたの?すごいね。もう帰ります私。
先輩は、ただ自分の邪魔をして神聖な弓道場にゴミを一つ増やした私を鬼無視して弓を引いていました。

そんな風に4年間蛾に敗北し続けた私は少し都会で仕事をしていたため、丸2年くらいは完全に蛾の事を忘れていました。もう蛾との戦いは私の人生の中では終わっていたのです。
そもそも蛾の事なんて考える暇もなく働く私に転勤のお知らせが届きます、そこはまあまあ田舎でした。転勤の送別会の勢いで死ぬほどテキーラを飲んで死ぬほど吐いて食道を焼いて健康診断に引っ掛かり田舎にも慣れた頃、奴らは再来します。


とある夏、休暇をとって地元に帰っていた私は休暇を終えて次の日からまた働くために電車で田舎に戻りました。ホームに降りたって真っ先に視界に飛び込んできたのは、2匹の蛾でした。またしても両手の親指をクロスさせて手遊びで作るような大きな蛾。
「うわ~でかい蛾!」そんなことを考えながら改札を抜けて、駅から出ようとして私は完全に固まりました。駅がさっきの蛾で包囲されてる。あとは逮捕されるのも時間の問題な銀行強盗くらい包囲されてる。
もう、100匹とかそういう世界じゃなくて窓が蛾になってました。私が帰省してる間に町が蛾に寄生されてる!普段なら誰かが言っても無視するレベルのくそつまんないギャグが大パニックの脳内によぎっては消えていく。
駅員さんなんて田舎の無人駅にいるわけがない、しかし一人で外に出れるはずもなく呆然とすること10分、立ち尽くす無力な人間の存在に気づいたタクシーの運転手さんが駅に入ってきました。
「灯りにつられてるから人間にはくっついてこないよ、乗りなさい」
そう言って私のキャリーケースを手にとって、タクシーにのせてくれました。窓越しに見上げた街灯は、もはや蛾でなんの物体か分からなくなっています。
「びっくりするよね」
と平坦な声でそう言って、家の前に蛾がいるかもしれないと騒ぐくっそ迷惑な乗客のために、家の前まで運転手さんは着いてきてくれました。幸い家は駅から遠く電灯もほとんどない(それもどうなの?)場所だったので蛾はいませんでした。
ちなみに次の日の出勤は歩くのが怖すぎてタクシーに乗ったのですが、朝はほとんど死骸が落ちてるだけだったのでそれ以降は歩いて会社に行き来することができていました。しかし夕方はそいつらが活発になるので、とにかく少しでも早く帰ろうと定時ダッシュを極めていました。
人間はみんな一人だから自分の身は自分で守らなければ、とクスサンの大量発生程度で何故か私は無人島の生き残りサバイバルで追い詰められた人みたいな思想になっていたのです。

そして、ありえないほど蛾に包囲されていた夜に調べて分かったことがあります。どうやらあの蛾はクスサンというらしい。楠蚕とかいてクスサン。モスラのモデルでもあるとか。
そいつらは今年地域一帯で大量発生を極めており、色んな建物の壁がクスサンで包囲されている画像がTwitter(当時はTwitterだった)に出回っており、まあまあ遅い時間にも関わらず恐れおののき親に連絡しました(何歳?)。
「クスサンがやばい」
「楠さん?誰?敬称?きんに君的な?」
そんなわけないだろ。

とにかく大量発生が極まり、私の町では駅前が酷く建物の壁も道路も電灯もクスサンで本来の姿が分かりませんでした。このまま町がクスサンに乗っ取られる、もう終わりだ。そこに救世主は現れます。カラスです。

カラスはクスサンの胴体をタンパク源として食べてくれました、くる日もくる日も食べ続けて町のカラスがどんどん太っていく。頑張れカラス、町の人間全員がお前達の応援団だ。

しかし職場の先輩は応援団なのに駅前でカラスに威嚇されたようです、先輩いわく「クスサンを巡るライバルだと思われた」とのことでした。それは仕方無い。
クスサンの襲来期間は町のコンビニも薬局も飲食店もみんな灯りを消していました。
その間私は、大昔の大発生の記憶を元に「マイマイガすごいね」と言ってくる人に食い気味で「クスサンです」と出版社の校正担当よりも厳しく訂正し続けていました。
そしてそんな日々を一ヶ月ほど繰り返した後、私は奇跡を目撃します。
カラスが生ゴミを漁っている。

「クスサンがいなくなってゴミしか食べるものがなくなったんだ!」

行儀悪く生ごみを漁るカラスを見てこんなに感動する人間は後にも先にも私だけだっただろうと思います。素敵なオチもなにもありませんがここで私とクスサンの戦いは終わりを迎えます。ちなみに次の年は別のところで大量発生して友達が泣いてました。私は完全に慣れきって時折見かけるクスサンに「なんか去年より小さいね」とか的はずれな批判をして転勤してきた同僚を引かせていました。
そして、どうやら蛾がお好きな方々にはクスサンはまあまあ人気のようです。「害はないから嫌わないであげて」というツイートをそれなりの数見ました、なるほど。お願いだから捕まえて山に返して来てください。現場からは以上です。
みなさんも素敵な虫ライフをお過ごしください。

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