O江屋ハイツ忍び込み

O江屋ハイツは、大学の近くにあるアパートだった。
坂の上に建っていた。
坂の下には、大家の家。
石段を登って、ハイツに至る。
そこに友人の友達のknが1年生から住んでいた。友人の友達と書いたのは、俺は友人経由で顔見知りであり、学内で会ったら話する程度。一緒に食事も飲みもしていない。学食で一緒に食べた事すらない。学部も違ったから、講義でも隣に座ったこともない。一般教養の講義でも、多分無い。

そのハイツは、大家がうるさい人だった。部屋に友達を泊めるのはNGだった。同性でも。
それどころか22:00以降には、部屋に友達が遊びに来ていてもダメだった。これは見張ってる訳ではないから、ある程度なし崩しではあったが。

友人Kは、駅前で飲んで帰れなくなると、knのハイツに何度も泊まっていた。
大家の家のところを通っての石段だとバレるので、他の坂を登り、ハイツの上の方から降りて、knの部屋の窓をノックしていたのだ。
するとknは、文句言いながら仕方ないから、泊めていたみたい。
勿論約束している訳ではない。knが留守の時もあった。昭和だから、スマホどころかガラケーもポケベルすら一般人の大学生は、持っては居ない。まだお笑いタレントが小道具に使ってる肩からかけるショルダーフォンすら、まだなかったらから。
そんな時代だから、留守だとどうしようもない。その時間には、当然終電も無い。駅前には24時間営業の店も無かった。
そんな時は、彼は俺の寮まで来て、部屋に朝まで居た。寮は基本的に寮外の人を泊める時は、自治会に書類出して告知しておかねばならなかった。俺も前もって友達泊める時は、その手順を踏んでいた。俺は非自治会だったが、反自治会では無かったから。
knは、金八先生のファンで、金八先生を目指して教師になった人。
酔って忍び込んでくるKには、毎回説教していたらしい。そうなるよなぁ。

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