金持ち自慢と、性格の悪い私の話
これまで出会った金持ち自慢
人生で数人だが、お金のことで自慢してくる人に出会ったことがある。
ここ10年以内に出会ったのは、年収を自慢してくる人、タワマンを買ったことを自慢してくる人、父親の遺産を相続したことを自慢してくる人。
申し訳ないが、自慢する割には、どれもそこまですごくはなかった。年収自慢してくる人の年収はたしかに国民平均よりはずっと高かったが、1500とか2000万円ではなかった。タワマンは私の好みではないので興味はない。遺産相続した人は金額を何となく匂わせてきたが、同世代でも自分の稼いだお金を貯金したり運用するだけでそれ以上持っている人は多いのではないか、と思う金額だった。
このような経験を通して、私は、
「本当のお金持ちは自慢なんてぶっこかないのだな。そりゃ、お金持ちはリスク管理がしっかりしているから自慢するはずないか」
と悟ったのであった。
こういう「金持ちといっていいのか微妙なラインの自称金持ち」なので、自慢されて羨ましくなったり、傷つくこともないが、正直に言うと、めんどくさいしつまらない(笑)。この人たちは付き合いをやめても支障のない間柄だったので、そっと距離を置いた。
いまの私は、金持ち自慢をされても冷静に「自称金持ち」と思ったり、めんどくさければ距離を置いて忘れ去ることもできるが、それは自分が金持ちとはいえないものの、お金には困っていないからである。やりたいことを我慢することはないし、高価なものは欲しいと思わない。好きな人たちのためにお金を遣う余裕もある。
だが、若い頃はそうではなかった。高校時代に一度だけ、本気で不愉快に思ったことをお話ししたい。
テストの点数が良かったら豪華なレストランに連れていってもらえる彼女
1年のクラスメイトに山田さん(仮名)という人がいた。高校に入学してすぐ、
「山田さんは中学時代、嫌われていたよ」
という噂が駆け巡った、ある意味、有名人であった。
彼女の中学からは多くの生徒がうちの高校に進学するから、そのような噂になったのであろう。
実際、空気が読めないようなところはあったが、大人になって考えると、そう悪い人だったとは思えない。1年のクラスは雰囲気が悪かったので、彼女でなくてもやりにくかったと思うが、2年でウマの合う友達に出会ったようで、いつも数人のグループで楽しそうにしていた。そのグループ以外の友達も多く、卒業後に同級生有志の忘年会で会ったこともある。同窓会にも積極的に参加し、幹事メンバーにも名を連ねていた。
入学後まもなく駆け巡った噂は、中学生の幼さを引きずっただけのもの、といまでは思う。
ということは大前提として、山田さんにイラっとしたことがある。家庭科の調理実習で同じ班だったときのことだ。授業で作った魚の煮付けを食べながら、彼女が言った。
「私、テストの成績が良かったら、親にホテルのレストランに連れていってもらう約束したんだ」
私は「ふーん」と気のなさそうな返事をした。我が家にはそんな甲斐性のある親はいないし、私はテストでいい成績をとれないので、まったく無縁の話である。
そこでやめておくか、自分語りを続けてほしかったのだが、彼女は何を思ったか、こんな言葉を続けた。
「あんずさんも親とそういう約束してる?」
山田さんは、私の母親が亡くなったばかりだと知っていたはずだ。父親がろくでなしということは知るはずがないが、それにしても、親がらみの幸せな話題を振って「あなたもそういうことあるでしょ?」みたいな雰囲気に持っていくのは、ちょっと無神経ではないかという気がした。
というか、魚の煮付けを食べながら、なぜホテルのレストランが思い浮かんだのだ?本題とは関係ないが気になる。
ちょっとだけすっきりした、性格の悪い私
山田さんは司法試験を目指して隣県の旧帝大、その後は法科大学院に進学した。大学卒業後間もなく父親が亡くなっても勉強を続けることはできたようだが、司法試験には何度チャレンジしても合格できなかった。30代半ばでようやく断念して働き始めたようだが、その年まで就労経験がなく、資格等もない女性が地方でできる仕事は限られており、高い給与は期待できないだろう。実際、経済的には余裕がないようで、同窓会の会費、任意の寄付金にも躊躇していたと聞いた。いずれも1万円にも満たない金額である。
その話を聞いたときに「もうホテルのレストランどころではないだろう」という少し意地悪な気持ちが湧いた。
私にとっても安い金額ではないが、年に1回程度ならまったく問題ない金額だ。同窓会の会費も懐かしい友達に会えるなら安いものだと思うし、同窓会への寄付金を頼まれたら、「はいはい、いくらー?」と快く出している。
高校時代に親に出してもらえることはなかったが、大学を卒業してすぐに就職し、自分のお金で何でもできるような大人になった。
それでも山田さんの発言が忘れられないのは、高校生の私は、彼女との格差に傷ついたのだろう。いまでは「甲斐性なしのろくでなしオヤジ」のことをネタのようにしているが、当時は恥ずかしかったし、理不尽を感じていた。
いや、いまでも怒っているので、これからも悪口をいっぱい書いていく予定である。でも、当時のような切実な痛み、恥ずかしさ、悲しさはもうない。これはいわゆる「生存者バイアス」というもので、もし私が大学に行けなかったり、いまもお金に困っていたり、愉快な友達に囲まれていなければ、まだ当時の気持ちを引きずっていたかもしれない。
金持ち自慢をされたときに、「自称金持ち」「セレ部(セレブ)という部活動の一環で金持ち自慢してるのかな」と心の中でネタにすることもできなかったことであろう。
とはいえ、私も他人のことを言えないくらい無神経な人間だった。意地悪をするつもりはないのだが、その言葉が相手にどんな印象を与えるか、どんな結果につながるか、またそんな言葉を吐いた自分が将来どんな道を辿り、その言葉をどれだけ後悔することになるか、まったく考えもせずに、軽い気持ちでNGワードを吐いていたに違いない。
山田さんだって、私がどう思うか、深く考えはしなかったのだろう。軽い気持ちで親との約束を話したが、私の反応が良くなかった。だから、自分のことばかり話すのも良くないと思ってこちらに矛先を向けただけかもしれない。
彼女も私も、想像力に欠けていた。ふたりとも、いまのような生活は、良くも悪くもそう長くは続かないことを知らなかった。
私も彼女と同じくらいの時期に父親が亡くなった。
彼女は父親の不在をとても悲しんでいたし、共通の友達や、友達の母親とも、何度も
「山田さんはお父さんが亡くなって大変だったね」
という話をしたことがある。
司法試験の不合格は父親とは関係ないかもしれないが、父親が健在で、精神的に安心した状況で勉強できれば、結果は違ったかもしれないと思う。もっと早くに別の道に進むための助言もしてもらえたかもしれない。
一方、私の父親の死を嘆いていたのは姉だけだが、彼女の嘆きも長くは続かなかった。正直なところ、私はほっとした。これ以上長生きしても、金銭的な負担は増える一方だし、親戚にも迷惑をかけている。何より父親が生きる気力を失いつつあるのがわかったから、そろそろ母親や妻、仲の良かった義兄のいる世界へ行った方がいいのではないかと思っていた。父親の死は、私を、父親の関係者をさまざまなものから解放してくれた。
そういうことを、高校生の私たちは想像もできなかったのだ。
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