『滅私』
自分の肩書きを述べるときにいつも迷ってしまう。写真家ではないしフォトグラファーって言うのも気がひける。カメラマンってそもそもは動画カメラのオペレーターを指す用語だし『写真屋さん』これが一番しっくりくる。長いこと商業写真の撮影を生業にしてきた。こんな写真を撮ってください!とオーダーが入りその要望に応えて映像化する仕事。そこに自分の意思や表現などは極力加えず編集者やアートディレクターの言う通りに坦々と撮る。滅私の心で。
そんなふうに話していたら同業者から一斉に非難の声があがった。『えー気持ち悪い!』『自分の撮りたいように撮れば良いじゃん!』
とある映画監督さんが自身のインタビューでの際、カメラとコンピュータを繋いで撮影していたカメラマンに向かって『ケーブルなんて外せ!自分の撮りたい写真を撮れ!』とおっしゃったそうだ。カメラとコンピュータを繋いで撮るシステムをおそらく多分日本に持ち込んだのがその映画監督さんだと記憶してたのだけれど勘違いだったかな。
僕の主な撮影ジャンルはビューティーと呼ばれる分野でモデルさんに施したヘアメイクを綺麗に見せるのが目的である。僕自身メイクをすることもなく知識ゼロである。主なターゲットは女性なので女性の嗜好に合わせなければならない。わからない事だらけなのである。現場は自分を除きほぼ女性スタッフばかり。意見の相違があっても孤立無縁。こんな環境で自分の撮りたいように撮れる訳がない。誰だって自ずと滅私の心で撮影することになるだろう。
ある撮影現場での事、アシスタントに自虐を込めて言った。『こんなにも素直に編集者のいいなりになってシャッター切ってるの自分くらいじゃない?白バックで撮れ!って言われたら白バックで撮るし寄れって言われたら寄るし…』それを聞いたアシスタントが呆れ果てた表情を見せながら答えた。『わたし高橋さんくらいワガママで編集者の言う事聞かないカメラマンって他に知りませんよ!白バックって言ってもなんだか微妙にグリーン被ってるしヘアスタイル全部きちんと見せたいって言われてるのに勝手に頭頂部切ってフレーミングするし縦位置で!って言われてるのに無視して横位置で撮り続けるし一番びっくりしたのは化粧品メーカーのタイアップ撮影でモノクロにしよ!って言って現場凍らせたじゃないですか。表紙の撮影でロゴ入れるスペース欲しいから引いてくださいって言われて『引いたら迫力なくなるじゃん!』って言って不機嫌そうにわざと必要以上に引いて撮ってましたよね。こんなカメラマンにはなりたくない!って思いました』
え、滅私は?滅私の心は…どこへ。
件のタイアップ撮影はその後評判が良く毎月連載となり18ヶ月続いた。その間3回ほどモノクロで撮影した。
寄り過ぎた表紙はビルの屋上から『完売御礼』の垂れ幕がかけられるほど売れた。
滅私の気持ち、大事。
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