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『時間』

 アシスタント時代からお世話になっているモデルクラブの女性社長から電話が来た。「高橋さん、言いにくいんだけど、、、うちのモデル達から高橋さんにクレームが来ているの』

『高橋さんの撮影はとにかく時間がかかってライティングの変更も多いし何度もポラ切ってフィルムの量も他のカメラマンさんの何倍も多いらしいじゃないですか。モデル達はそれで自信を無くしたり疲弊したり大変なんです!』

人は楽しいことをしてる時には時間が一瞬で過ぎてしまうそうなのだがその逆だと相当な苦痛になる。

『高橋さんの撮影現場にうちのモデルは今後、出す事はできません』

そんな出来事をスタッフに愚痴っていたら

『カメラマンの〇〇さんは撮影が速くて上手くて経費も安いから売れっ子なんです。高橋さんも見習ったほうがいいですよ』とある雑誌の副編集長からそう言われた。クライアントのニーズに正しく答えている素晴らしいカメラマンさんだ。嫌味ではなく心から本当にそうだなと思った。しかしながら自分にはそんなバランスの取れたスキルが無い。諦めた。『速い安い上手い』なんて某飲食チェーン店みたいな撮影は無理だ。時間がかかってもとにかく素敵な写真を撮ろうと心に決めた。

最近になって『タイパ』という言葉を知った。かかった時間に対する満足度や効果のことらしい。映画やYoutubeを倍速再生して観ることが『タイパが良い』のだそう。ここである疑問が浮かぶ。このタイパの良さで節約できた時間を何に使っているのだろう。葉巻をくわえた灰色の男にそそのかされてないかとても心配だ。

子供の頃、高熱で寝込んでいる時『2時間くらい寝ていたのかな?』と時計を確認したらたった20分しか経っていなかったとか友人達とお酒を飲みながら楽しい時間を過ごしていたらあっという間に4、5時間過ぎているとか案外時間の感覚って曖昧なものだと思う。とある実験では赤色の空間にいると時間の流れを速く感じるということがわかったそうだ。その逆に青色の空間では時間の流れがゆっくりと感じるそう。浦島太郎が連れて行かれた竜宮城は海の中で多分、青一色だったのだろう。3年くらい経ったと思っていたら実際は700年過ぎていたという。迎えに来た亀は実は宇宙船で地球から何光年も離れたどこか遠い星だったのかもしれない。

タイパもコスパも悪い自分は本当にプロカメラマン失格だなと思っていた矢先、件の女性社長からまた電話が来た。何かしらの抗議かと身構えていたら

『今出ている雑誌〇〇4月号のあのページ、本当に素敵で評判がとても良いの!でね、相談なんだけどあの写真をモデルのコンポジット用に使わせてもらえないかしら?』

反省したり悲観した時間を返してほしい。そう思った。









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