応援する人になりたい

旅立ち当日。
父から実家にある私の私物をあれやこれやと持っていくよう促された。

忘れ物がないか心配してくれているのか、
それとも関係ないものは置いておきたくないのか、分からなかったが、なんとなく寂しい表情を浮かべているように見えた。

父は30年勤め上げた会社を退職し、家の家事をしながらセカンドライフを楽しんでいる。
私が旅立つ直前、二人分の最後の洗濯を回していた。
私は新たな挑戦として家を出るのと同時に、家族は一人息子の本当の子育てが終わった節目になるのだろうか。

今までの出来事が思い起こされ込み上げるものを感じる。

近くに住む祖母や叔母からも励ましの電話やメールが届いた。「頑張って!身体に気をつけて」と連絡をくれた。

前夜の仕事場でも上司や同僚が温かく見送ってくれ、ご飯までご馳走になり励ましと応援の言葉をいただいた。

私自身、友人は少ないけれどたくさんの人に支えられてるなと感じた瞬間であり、みんなの応援があって私がいること、今日を迎えていることを忘れてはならないと心に誓った。

スポーツではよく「声援が力になりました」というインタビューをきくが、応援は本当に励みになり強い力になることを実感した。

一見、応援される人が目立つが陰で支えている立役者があってこそで、みんなで乗り切るんだと思ったし、期待に応えるのは一人でなく私たちのほうが気持ちがいい。

自分の人生は自分が主役で当たり前。
しかし一人ひとりにサポーターがついており、その人あって自分がいることを忘れないでほしい。
そして、自分は関わった多くの人に還元できるよう全力で駆け抜け、応援する側に回っていきたい。

新たな門出とともに、私の一番のサポーターである母親の仏壇に手を合わせ「いってきます」と声をかけた。

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