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【続き】幸せの本質を求めて

数日が過ぎ、慧は毎日心の中で問い続けていた。「自我とは何か?どうすればそれをコントロールし、本当の自分とのズレを埋められるのか?」外世と内世の間で揺れ動く自分に気づいたものの、その揺らぎをどう収めるべきか、その答えはまだ見えていなかった。

ある日、慧は再び老師の部屋を訪れることを決めた。すでに夜が更け、寺の庭は月の光に静かに照らされていた。老師の部屋の前に立ち、慧は深く息を吸い、心を落ち着かせてから扉をノックした。

「老師、お時間をいただけますか?」

静かに扉を開けた老師は、慧を部屋に招き入れた。部屋の中央には小さな灯りが揺らめいており、柔らかな明かりが二人の間を照らしていた。

「慧、今日は何を考えているのだ?」

老師のその言葉に、慧は真剣な眼差しで答えた。

「老師、私は『自我』というものが何なのか、そしてどうすればそれを正しく扱えるのかを考えています。私たちはこの世において自我を持ち、その自我が私たちを苦しめることもあると学びました。でも、どうすればその自我をコントロールし、本当の自分とのズレをなくせるのでしょうか?」

老師は静かに頷き、窓の外を見つめた。

「慧、あなたは今、非常に重要な問いに辿り着いた。自我というのは、私たちがこの世界で生きていくためのツールだ。それを否定することはできないし、また完全に消し去ることもできない。だが、自我に振り回されてしまうと、苦しみが生まれる。多くの人はそのことに気づかず、自分の自我と本当の自分を同一視してしまう。それが苦しみの原因となるのだ。」

慧は耳を傾けながらも、まだ疑念が残っていた。

「でも、老師。自我を完全に消し去ることができないなら、私たちは常にその苦しみと向き合わなければならないのでしょうか?それでは、私たちはずっと苦しむ運命なのでしょうか?」

老師は一瞬、慧の目を深く見つめた。

「いいえ、慧。そのように感じるのは、あなたが自我をただの敵と見ているからだ。自我は敵ではなく、道具なのだ。私たちはそれを正しく扱うことで、幸せを感じることができる。自我を意識的に使い、本当の自分との調和を保つことができれば、苦しみを超える道が見えてくる。」

その晩、慧は老師の言葉を胸に刻み、寝床に戻った。しかし、眠りにつくことはできなかった。自我をどうコントロールするかについて考え続けていたからだ。翌朝、瞑想の時間中もその思いは頭から離れなかった。

「自我をコントロールする…。それができれば、ストレスも減り、幸せに近づくのだろうか?」

慧は一人、庭の片隅で石に腰掛け、深く呼吸をしながら心を落ち着かせていた。すると、老師がゆっくりと近づいてきた。

「慧、何かに悩んでいるのか?」

慧は驚きながらも正直に答えた。

「はい、老師。自我をどうコントロールすれば良いのか、そしてストレスをどうやって減らせば良いのか、そればかり考えてしまっています。」

老師は慧の横に座り、少し間を置いてから口を開いた。

「慧、ストレスとは何だと思う?」

「ストレス…それは、外からの圧力や、何かに対する恐怖や不安のことだと思います。」

老師は静かに微笑んだ。

「確かに、それもストレスの一面だ。しかし、ストレスの本質はもっと深いところにある。ストレスは、外世と内世の間にズレが生じたときに生まれるものだ。外世における期待や欲望が、内世の静寂と調和しないときに、そのズレがストレスとして現れるのだ。」

慧はその言葉に少し戸惑った。

「つまり、私が外世で何かを求めて、それが思い通りにならなかったり、内世とズレが生じたときにストレスを感じる、ということですか?」

老師は静かに頷いた。

「そうだ。そして、そのズレを無くすためには、内世と外世のバランスを取ることが必要だ。外世の期待に振り回されず、自分の内なる声に耳を傾けることが重要だ。」

「でも、どうやってそのズレをなくせば良いのでしょうか?」

慧は真剣な顔で問いかけた。

「それは、自分を知ることから始まる。自分の内なる声、本当の自分を知ることだ。瞑想や静かな時間を持つことで、少しずつ自我と本当の自分とのズレが小さくなっていく。そのズレが小さくなるほど、ストレスも自然と減っていくのだ。」

日が昇り、寺の庭は美しい朝の光に包まれていた。慧は老師の言葉を胸に刻み、さらに深く考えるようになった。外世の幸せと内世の幸せ、その違いが少しずつ理解できるようになってきた。

ある日、慧は再び老師のもとを訪れ、外世と内世について質問した。

「老師、外世と内世の幸せについてさらに教えてください。私はまだ、その違いを完全には理解できていないように感じます。」

老師は再び、庭の草木を見つめながら話し始めた。

「外世の幸せとは、物質的な成功や他者からの評価、称賛、富など、この現実世界で手に入れることができるものだ。これらは確かに一時的に私たちを満足させるが、それは永続するものではない。追い求めれば追い求めるほど、やがてその幸せは消え去り、代わりに苦しみが訪れる。」

慧はその言葉に重みを感じた。

「では、私たちは外世の幸せを追い求めてはいけないのですか?」

「いや、そうではない。外世の幸せは私たちにとって重要なものでもある。だが、それを過度に求め、そこに執着してしまうと、やがて苦しみが生まれる。それゆえに、外世の幸せを手に入れることができたとしても、それに依存することなく、内世の幸せを見つけることが重要なのだ。」

慧は静かに頷き、次の問いを投げかけた。

「内世の幸せとは、具体的にどういったものなのでしょうか?」

老師は少し目を閉じ、深く息を吸った。

「内世の幸せとは、心の内側で感じる静かな充実感、安らぎ、満たされている感覚だ。それは外の世界の出来事に左右されることなく、常に私たちの中に存在しているものだ。しかし、多くの人々はそれに気づかず、外世の刺激的な幸せにばかり目を向けてしまう。それが内世の幸せを見過ごす原因となるのだ。」

慧はその言葉に深い感銘を受けた。

「では、どうすればその内世の幸せに気づくことができるのでしょうか?」

「それは、自己との対話、瞑想、静かな時間を持つことによって可能になる。内世の幸せは目に見える形で現れるものではなく、感じるものだ。静かに

心を落ち着け、自分の内側に目を向けることで、少しずつその存在に気づくことができる。」

慧は老師の教えに従い、毎日少しずつ自分自身と向き合う時間を増やしていった。外世の成功や評価に振り回されることなく、自分の内側で感じる小さな幸せを大切にするようになっていった。


ある日、慧は瞑想の最中にふと気づいた。

「私がずっと探し求めていた幸せは、外の世界にあったのではなく、内側にずっと存在していたのだ。私はそれを見落としていただけだ。」

その瞬間、慧は深い安堵と満足感に包まれた。外世の成功や失敗に関わらず、内世の幸せは常に自分の中にあるという確信が得られたのだ。

「これが本当の幸せなんだ…。」

慧はその感覚を胸に刻み、老師の言葉を思い返した。

「自我をコントロールし、本当の自分との調和を保つこと。それこそが、私たちがこの世界で幸せに生きるための鍵なのだ。」

その日以降、慧は自分自身をさらに深く知るための旅を続けていった。外世における成功や評価に囚われることなく、内側の静かな幸せを大切にしながら・・・・


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