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【怪異譚】河原の石

 夜、駅のホームで電車を待っています。
 駅の構内は明かりが煌々と付いていますが、この駅は、谷底を流れる川にかかった橋の上にあります。周囲に街灯などあるはずもありません。ホームの明かりに慣れた目では、月明かりに浮かぶ山の稜線も捉えることはできません。

 電車が来るまではあと5分程度。リュックにしまったスマホを出すのも億劫で、ただただ宙を見つめます。目に映るのは、電車のレールと反対側のホームだけ。こんな時間にこんなところから電車に乗ろうとする者は他にいないようです。

 ふと、川の流れる音に気づきました。この駅の数十メートル下には川が流れています。船を浮かべられるほどの深さと幅があり、谷底を流れていることもあって夜は特に音が遠くまで届きます。

 一度音に気付いてしまうと無視することは難しく、川の流れる音に耳をすませます。

 さらさら、さらさら。ぱしゃ、ごろろ。
 さらさら、さらさら。さらさら、さらさら。
 さらさら、さらさら。ぱしゃ、ごろろ。

 川底の石を踏み、川面を蹴立てているような音が聞こえます。徐々に近づいてきて、か細い声の子守歌も聞こえだしました。

 ねんねん ころりよ
 さらさら、さらさら。ぱしゃ、ごろろ。
 おころりよ
 さらさら、さらさら。ぱしゃ、ごろろ。

 幼い子どもを背負って歩く母親が脳裏に浮かびました。
 伏せた顔にかかる髪は乱れ、破れて不揃いになった裾から裸足を覗かせて重たげな足取りでゆっくりと川を遡ります。

 ぼうやは よい子だ
 さらさら、さらさら。ぱしゃ、ごろろ。
 ねんね しな
 さらさら、さらさら。ぱしゃ、ごろろ。

 ホームの真下にやってきました。

 ぼうやのおもりは 
 さらさら、さらさら。ぱしゃ、ごろろ。
 どこへいった
 さらさら、さらさら。ぱしゃ、ごろろ。

 あの山こえて 里へ行った
 さらさら、さらさら。さらさら、さらさら。

 もう何百年も、おんぶ紐の中には細く白い骨があるだけです。
 母は歩き続けます。
 その子は三途の川で石を積んでいるでしょうに。

 里のみやげに 
 さらさら、さらさら。ぱしゃ、ごろろ。
 何もろうた
 さらさら、さらさら。ぱしゃ、ごろろ。

 足音は背後へ遠のくのに、か細い声ははっきり聞こえます。

 でんでん太鼓に
 さらさら、さらさら。ぱしゃ、ごろろ。
 しょうのふえ
 さらさら、さらさら。ぱしゃ、ごろろ。

 目の前のレールが鳴りだして、はっとしました。電車がこのレールに乗ったのです。トンネルを抜けてくる光も見えました。到着した電車に急いで乗り込み、空いていた席に座りました。

 電車は、動き出してすぐトンネルに入ります。窓の外は真っ暗で、子守歌も水を蹴立てて石を踏む音も聞こえません。空耳ではなかったのです。

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